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第6話 小さなプライド

 香苗ちゃんが用意してくれた下着と寝巻きに着替えると、二人は一緒の布団に潜っていた。


「下着は恥ずかしがらずに、きちんと身に付けてね」


 初めて女性用の下着を前にして、私は香苗ちゃんの前で複雑そうな表情を浮かべながら渋々と彼女の言う通りに身に付けた。

 まさか、妻の香苗ちゃんの前で女性用の下着を身に付ける日が来るとは思ってもいなかった。


「旅行へ行く前に、圭吾君に似合うお洋服や下着も買っておきたいな」


 いつもの私服でと言いたいところだったが、今の私は小柄な女の子。

 サイズがブカブカで合わないだろうし、しばらくこの姿で暮らすのなら自身の下着も揃えておく必要があるだろう。

 それに女性用の洋服や下着について、私はその知識が殆どないので香苗ちゃんの手助けがいる。


「OK、わかったよ。旅行の準備も兼ねて、香苗ちゃんにお願いするよ」


「ふふっ、とびっきり可愛くしてあげるからお任せあれ」


「お手柔らかにね……」


 一抹の不安を抱えながら、私は苦笑いをする。

 夫婦揃って買い物に出かけるのは久しぶりだ。

 目的は私の洋服や下着を揃えることだが、この和やかな雰囲気は昔の結婚前に戻ったみたいだ。


「さあ、そろそろ寝ようか」


「うん、お休みなさい」


 部屋の照明を消すと、しばらくして香苗ちゃんは静かに寝息を立てる。


(可愛い寝顔だ)


 私は窓辺の月明かりから照らされる香苗ちゃんの寝顔を覗き込みながら、彼女を起こさないように布団から起き上がる。

 夜風に当たりたい気分でベランダへ出ると、少々肌寒いので上着を羽織る。

 明るい街並みが広がり、雲一つない夜空を眺めながら部屋にあった煙草で一服しようとした時だ。


「おい、そこの非行少女。未成年の喫煙はご法度だぞ」


 隣のベランダから誰かの声がする。

 振り返ると、そこにはラフなショートパンツに白シャツを着こなしたキャスティルが煙草を吹かしながらこちらを睨んでいた。

 相変わらず、美人でスタイルは文句ないのだが女神とは程遠い獲物を狩るような鋭い目付きだ。


「そう思うのなら、元の姿に戻してくれると有り難いんだがな」


 私は煙草を引っ込めると、彼女の圧に動じず嫌味っぽく愚痴を述べる。

 頭を少し冷やしたいために夜風に当たるつもりだったが、気分は最悪だ。


「……わからんものだな。どうして、お前さんのような人間に拘るのか」


「どういう意味だ?」


「そのまんまの意味さ。仕事に振り回されて、家庭を疎かにするお前さんを懸命に支える彼女がな」


「それは……あんたには関係ないことだろ!」


 一番踏み入れてほしくない部分を他人に指摘され、私は顔を真っ赤にしてキャスティルの言葉に噛み付く。

 彼女を肯定してしまったら、私がしがみついてきた人生を否定されたような気がしてならなかったのだ。


「まるで、子供だな」


「何だと!」


「ムキになるところが尚更だ。その姿で今一度、胸に手を当てて考えることだな」


 これ以上、話はないと言わんばかりにキャスティルは煙草を携帯用の灰皿に捨ててベランダを後にして部屋の中へ消える。


(言いたいことだけ言って、何なんだよ)


 このモヤモヤした気分を払拭させたい。

 持っていた煙草に火を付けようとしたが、小さく舌打ちして握り潰す。

 私だって、不甲斐ないにしろ一生懸命に家庭を支えてきたんだ。

 それを香苗ちゃんは理解してくれている。


「くそ!」


 都合のいい御託を並べたところで、キャスティルの言葉が深く己に刺さる。

 結局は香苗ちゃんに支えられて甘えていたんだ。

 今度は私がちゃんと香苗ちゃんを支えなければ、きっと取り返しのつかない運命が待ち受けている。

 それを再確認させるために、キャスティルは発破をかけてくれたのかもしれない。

 少し夜風に当たるだけのつもりが、色々と感情を揺さぶられてしまった。

 握り潰した煙草はそのままゴミ箱へ捨てると、私の小さなブライトは捨てられなかった。

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