第5話 お風呂
夕食を済ませると、私は脱衣場で患者着を脱いでお風呂へ入ろうとしていた。
(マジかよ……)
そこには本来ある筈のモノがなく、ない筈のモノがあった。
香苗ちゃんは夕食の後片付けをしており、先にお風呂をどうぞと沸かしてくれていた。
目の前いる少女の裸を前にして、色々と思うところはある。
いつもと勝手が違う身体に、私は戸惑いを覚えていた。
こんな光景を思うがままにできるとは昨日までの私なら信じられなかっただろう。
私には愛した妻の香苗ちゃんがいるんだ。
心の奥底から湧き出る自制心が働き、自身の裸で欲情したりしたら香苗ちゃんに申し訳が立たないし、浮気もいいところだ。
慣れない身体で熱いシャワーを浴び始めると、浴室の鏡に映る自身の姿はどこか色っぽく見えてしまう。
(何やってるんだ、私は……)
首を横に振って、私は顔を赤く染めながら無造作に身体を洗って湯船に浸かる。
このままで風呂に上がる頃にはどうなっていることやら。
そんなことを考えているうちに、脱衣場の扉が開いて思わぬ来訪者に度肝を抜かれた。
「圭吾君、湯加減はどうですか?」
それは一糸纏わぬ香苗ちゃんだった。
私は驚きのあまり、この状況に一種の危機感を抱いていた。
「大丈夫だけど、大丈夫じゃないかも……」
曖昧な返事をする私に対して、香苗ちゃんは何かを察した。
「女の子は男の子に比べて肌が弱いですからね。私が背中を流してあげますから、こちらへどうぞ」
香苗ちゃんに促されるがまま、私は恥ずかしそうな仕草で彼女に背中を預ける。
「ゴシゴシ洗うと肌を痛め易いですから、こんな風に優しく洗うのがポイントですよ」
香苗ちゃんのアドバイスは的確で、自分で洗った時よりも気持ちいい。
「なんか……ごめんね」
「急にどうしたの?」
「いや、香苗ちゃんの手を煩わせてしまって」
本当は入浴する過程について謝りたかったが、それっぽい理由を見つけて本音は言えなかった。
そんな私の気持ちを揺さぶるかのように、香苗ちゃんは私の背中越しにそっと抱き付いた。
「一つお願いがあるの。私の背中を圭吾君が流して欲しいな」
甘えた声で香苗ちゃんは畳み掛けると、私の心臓は一気に跳ね上がりそうな勢いだ。
「さっき私が言ったことを守れるかどうか、この身を以って確かめておかないとね」
香苗ちゃんの胸が私の背中に押し当てられると、彼女の奥底にある激しい感情が私に何かを主張する。
「そうだね……手を煩わせたんだから、私はそれに応えないといけないね」
自身を納得させるように、私は立ち上がって香苗ちゃんとポジションを変える。
今度は私が香苗ちゃんの背中を流す番となったが、改めて彼女の背中を眺めると緊張のあまり手が震えてしまう。
どうにか、アドバイス通りに背中を洗い始めると、香苗ちゃんは気持ちよさそうに声を上げる。
「ふぅ、その調子だよ。その感じを忘れずに身体を洗うんだよ」
「わ……わかったよ。絶対に忘れない」
香苗ちゃんから及第点をもらった私は安堵しながら仕上げに入る。
これでもう風呂から上がろうとした時、香苗ちゃんは正面から抱き付いてみせた。
「まだダメだよ。女の子について私が色々レクチャーしてあげるからね」
「別にそんなのは……いいよ」
「ダーメ。今、圭吾君は可愛い女の子なんだよ。女の子のことをもっと知っておくべきだし、私も圭吾君のことをもっと知りたいな」
香苗ちゃんは私を求めるようにさらに強く抱き締めると、嘘偽りない彼女の想いに嬉しく思う。
主導権を香苗ちゃんに握られたままなのは癪だったので、私は少々意地悪な抵抗を試みた。
「さっき、お願いを一つ聞いてあげたよ」
「それじゃあ、追加でもう一回お願いします」
「どうしようかな……私ばかりは不公平だし、私も香苗ちゃんについて教えてくれたらお願いを聞いてあげる」
「もう、圭吾君の意地悪なんだから。しょうがない、優しく教えてくれないとダメだぞ」
今度は私が壁際に香苗ちゃんを追いやると、壁ドンする構図で彼女の想いに応えようとする。
二人はしばらく見つめ合い、シャワーの流れる音だけが響き渡る。
お互いの愛を再確認するかのように、絡み合う二人。
精一杯に彼女へ尽くそうと、私は女の子のように甘い言葉を漏らしてしまう。
それが香苗ちゃんの心を射止めたのか、目をトロンとさせて小さく頷く。
結局、二人がお風呂から出てきた頃には、お互いに顔を真っ赤にさせてのぼせ上がっていた。