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第3話 夢?

 乱れた前髪が視界を遮り、鬱陶(うっとう)しかった髪の毛を香苗ちゃんは丁寧に整えてくれた。


「あ……ありがとう」


「ふふっ、どういたしまして」


 私は照れ臭そうに香苗ちゃんへ礼を言うと、少々いじわるな笑みを浮かべて返してくれた。

 こんなこと、普段なら絶対にないことだ。

 気を取り直して、私は現在置かれている立場を確認するために幾つか訊ねておきたいことがあった。


「香苗ちゃんはどうしてそんな姿に……それに私の身体がどうして女の子になっているんだ?」


「それは……さっき過労で私達が亡くなったって話は運命の女神様から聞いているよね」


 魂を別の肉体に入れたとか言う話か。

 百歩譲って、目の前にいる女子高生が香苗ちゃんであること、少女の姿をした私が現実として受け入れるとしても、あの煙草をふかしていた女性が運命の女神はどうも胡散臭い。

 聖書や宗教画に登場するような神は派手で神々しいイメージがある。

 一方で、あの白衣を纏った女性は夜勤明けでくたびれた水商売の女性ってところだ。


「あの人が本当にそんなことを?」


「疑いたく気持ちはわかるけど、現にこうして私達の魂は別の肉体に入って身体を動かして喋ったりしているよ」


「うーん……実は夢だったってオチなら全て納得いくけどね」


「夢だと思うなら、もう一回さっきの続きをやる?」


「うっ、それは勘弁してもらいたいかな」


 香苗ちゃんに主導権を握られ、私の無様な姿を晒されただけでも恥ずかしいのに、それを再開するとなったらどうにかなってしまいそうだ。


「ふふっ、冗談ですよ」


 香苗ちゃんは私の反応を楽しむかのように可笑しそうに笑う。

 バツが悪くなった私は視線を逸らしてしまうと、甘い雰囲気に水を差すようにして白衣の女性が戻ってきた。


「どうやら、話が纏まったようだな。家まで送ってやるから、私について来い」


「わかりました。圭吾君、そのスマホを持って行こう」


「ああ……うん」


 香苗ちゃんは私が床頭台にあるスマホを手に取るのを確認すると私の手を握って、白衣の女性の後を追って病室を抜け出す。

 廊下の照明は電気が通っておらず、床も埃が溜まっており、壁はひび割れをしている。

 その様子から、廃病院と言っても過言ではない。

 外の駐車場まで案内されると、辺りはもう暗くなっていた。


「さあ、早く乗れ」


 駐車場に停車していた乗用車の運転席に白衣の女性が乗り込むと、私と香苗ちゃんも続いて後部座席に乗り込んでいく。

 滞りなく車が発進すると、白衣の女性は自己紹介を始める。


「ちゃんとした挨拶はまだだったな。私は運命の女神を務めるキャスティルだ」


「それは……ご丁寧にどうも」


 運命の女神を自称するキャスティルに対して、私はその設定を守り通すのかと苦笑いを浮かべて応対する。

 それより、今は目先の問題点として今後の生活をどうするかだ。

 こんな少女の姿で会社へ出社したところで、誰も私が飯島圭吾だと信じる者はいないだろう。

 ローンの返済も残っているし、収入が安定しないとなると今後の生活に大きな問題を抱えることになる。


(これはまずいぞ……)


 打開策を色々と考えてみるが、窓辺に映る悲壮感漂う少女の姿が全てを物語っている。

 飯島圭吾だった頃の身分証は勿論使えないし、家に戻ったところで待ち受けているのは厳しい現実だけだ。


「圭吾君、具合が悪いの?」


「ああ……いや、大丈夫。何でもないよ」


 心配そうに私に声を掛ける香苗ちゃんだが、私は平静を装って気丈に振る舞う。

 彼女のためにも、優先的に解決しないといけない。


「大方、今後のことで悩んでいたんだろ。心配するな、お前が勤めていた会社には私が退職届を提出しておいた」


「えっ!? 何でそんな勝手なことをしてくれたんだ!」


「その姿ではどのみち出社はできんし、遅かれ早かれクビになるのは明白。それとも、お前さんはあの会社に愛着があったのか?」


「それは……」


 会社を辞めたいと思ったことは何度もあったが、それでも妻である香苗ちゃんの顔が脳裏を過ぎって今まで頑張ってこれた。

 それをこのキャスティルは私の積み重ねてきた苦労を簡単に壊してみせたのだが、私の心を見透かしたように、核心を突いていく。


「あんたは他人事だからいいが、こっちは死活問題だ。運命の女神って言うのなら、私達を元の姿に戻してくれよ」


「悪いが、それはできない相談だ。そのかわり、スマホを起動させてみろ」


 私はがっくりしながらも、そんなことだろうと思って言われた通りにスマホを起動してみる。

 どうやら、いつも使用していた機種のスマホとは違って顔認証で画面ロックを解除する。


(これが今の顔なんだよな……)


 三十のおっさんではなく、十代の少女の顔をした私は思うところはあるが、やはり不思議な気分だ。


「起動させてみたが、色々とアプリが入っているな」


「銀行アプリを開いて、預金残高を確認してみろ」


「そんなものを確認して、どうしろっていうんだ」


 怪訝そうな顔で私はキャスティルに訴えかけるが、彼女はそれ以上何も答えない。

 自慢じゃないが、貯金は殆どできていなかった。

 私の安月給では日々の生活費やローン返済で支出が大きかったからだ。

 そのおかげで、香苗ちゃんには苦労をかけて申し訳ない気持ちで一杯だった。

 預金残高を確認したところで、虚しい結果が待ち構えているのは必然だ。


「えっ、これってどういうことだ?」


 私は目を疑った。

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