第26話 甘い関係
「予定より遅れたが、そろそろ飯にするか」
時計を見ると、既に午後二時を過ぎている。
本来なら、観光地をゆっくり回って時間を過ごすつもりだったが、渋滞が予想以上に長引いてしまった。
「そこを左に曲がったら先に漁港がある。あそこで昼食にするぞ」
キャスティルは漁港の駐車場に車を止めて降りると、外は磯の香りがする。
他にも観光客らしき車が数台止められており、海を背景に記念撮影している人達も見受けられる。
「気持ちの良い風だね」
長時間、車内でじっと座っていたこともあって香苗ちゃんは両手を組んで背伸びをして、海風に当たりながら解放感に浸る。
「天気にも恵まれて良かったよ。折角だから、写真を一枚記念に撮ろうか」
私はスマホのカメラを香苗ちゃんに向けて、笑顔の彼女を撮って見せる。
「私も撮ってあげるね。その後に一緒の写真を撮ろう」
今度は香苗ちゃんも私にスマホのカメラを向けて撮ると、二人揃った写真を撮って旅の思い出を作っていく。
写真には二人の少女が写っており、これが今の自分と香苗ちゃんの姿なのかと改めて信じられない光景だとしみじみ思う。
「おーい、早く店に入るぞ」
キャスティルに呼ばれて私達は漁港で営んでいる定食屋に入店する。
店内は私達以外にも、観光客や漁港関係者の人達で賑わいを見せている。
空いている席へ案内されると、私はメニュー表を開いて、お勧めの海鮮丼にする。
「私もそれでいい。すまんが、少し席を外すから適当にやっててくれ」
腕時計に目を移しながら、キャスティルは私と同じ物を選ぶと、足早に店の外へ出て行ってしまった。
何か用事の電話でもあるのかと思いながら、ミュースは軽く手を振って見送ると、沢山あるメニュー表の海鮮料理に夢中になってどれにしようか悩んでいる。
「私はこのアジフライ定食にしようかな。楓ちゃんにも、アジフライを半分分けてあげるよ」
「ありがとう。それじゃあ、私も海鮮丼をお姉ちゃんに分けてあげる」
私と香苗ちゃんはそんなやり取りの話をしながら、ミュースもカキフライ定食に決まってまとめて注文する。
「羨ましいなぁ」
ミュースは突然、テーブルに両肘をつきながら私と香苗ちゃんを微笑ましい様子で呟く。
「なっ……急にどうしたんです?」
「私も二人のような甘い関係を作れる人がいればなぁって思ってね」
私は困惑しながら訊ねると、子供っぽいことを口にするミュースにさらに困惑してしまう。
ミュースの容姿は美人だし、修道服に身を包んでいるのもあって黙っていれば品格のある女性に見える。
何を考えているか分からない部分はあるが、私をからかうための暇潰しでそんなことを言っただけかもしれない。
「相方に素敵な女神がいるじゃありませんか」
「キャスティルのことですか? 色々と作ろうとはしましたけど、結果は罵倒や拳が飛んで来るだけでしたわ。まあ、そんな彼女と甘い関係を作るのは至難の業かもしれません」
確かに、今までのキャスティルを見ていたら誰かと甘い関係を築き上げるようなタイプではないだろう。
むしろ、仕事や煙草が私の恋人だと言いそうな雰囲気でもある。
「楓ちゃん、今晩は私と甘い関係を築きませんか?」
「あんた、夫婦でもある私達の前でそんなことをよく言えるなぁ」
私は呆れながら断りを入れると、「残念、フラれてしまいましたわ」と悔しそうにするミュース。
そんな二人を香苗ちゃんは可笑しくなって笑うと、注文した品々がテーブルに置かれ始めた。




