第17話 夢
女の子としての生活を数日間過ごしていると、私はある日のこと不思議な夢を見た。
いつも営業の休憩に立ち寄っている公園だ。
散歩に立ち寄っている人もいなければ、私のように営業の途中で休憩に訪れる人の姿がどこにも見当たらない。
こんな静かな公園は初めてだ。
とりあえず、いつも休憩で使っているベンチに座ろうかと思って移動しようとすると、私は足元の感覚に違和感を覚えて足元を見ると裸足だった。
いや、裸足どころか私は全裸だったことに気付いた。
(嘘だろ!)
しかも、その姿は飯島楓のものであったから反射的に両手で下半身を隠すような仕草を取って人目のつかない茂みに隠れてしまった。
「ここは私と楓ちゃん以外には誰もいないよ」
私の背後から女性の声が聞こえた。
私は慌てて振り返ると、そこにはこの前キャスティルと一緒にいたミュースと言う女性が立っていた。
「どうして、あんたも裸なんだよ……」
たしか修道服に身を包んでいた筈だったが、ここに立っている彼女は今の私と同じ全裸だ。
目のやり場に困る私はすぐに視線を前方に戻してしゃがみ込むと、こんなところを誰かに見られたらマズイと私の倫理観が警告している。
「ここは夢の世界だからねぇ。この方がお互いの気持ちを包み隠さず語り合えると思ったまでさ」
ミュースは私と視線を合わせるために中腰になって語り掛ける。
私は夢の世界だとか、お互いの気持ちだとか全然耳に入らず、一向に会話が進まない。
「君は純粋で恥ずかしがり屋だなぁ。しょうがない、少しモザイク入れようか」
見兼ねたミュースが指をパチンと鳴らすと同時に、お互いの身体の一部に白い霞のようなものが現れる。
全裸であることには変わらないが、彼女のモザイクのおかげで現状は少々マシになった。
「これでどうだい?」
ミュースは両手を腰に当てながら、どんなもんだいと言わんばかりに眩しい笑顔をこちらに向ける。
「あんたが変態なのはよく理解できたよ」
「うーん、否定はしないかな。まあ、こうして向き合って喋れるからOKとしよう」
私は怪訝そうな顔でミュースと向かい合うと、キャスティルとは全然タイプの違う女神であるのはわかった。
私の想像する女神はもっと優雅で上品な者だと思っていたが、キャスティルが述べていたとおり、それは私の妄想だったようだ。
「それで、変態の女神様が私に何の御用で?」
「そんなに警戒しなくてもいいよ。私は楓ちゃんと少しお話をしたいだけだからね。そうだなぁ、好きな食べ物とかは何かな?」
「キンキンに冷えたビールを、おつまみに枝豆と冷奴で胃袋を満たすのが好きだな」
好きな食べ物を聞かれて、私は正直に答えた。
上司の叱責と営業で体力を奪われた日はとくにこのセットが身体に染み渡るのだ。
まあ、我ながら意地悪な回答をしたと自覚はしている。
「ははっ、楓ちゃんは面白い子だねぇ。でも、未成年の女の子としては完全にアウトだ」
ミュースはどこから取り出したのか、×印が描かれたフリップボードと私が答えた好物が目の前に現れる。
そしてフリップボードはその場で投げ捨て、好物を惜しみなくあっという間に口へ流し込んでいく。
「うーん……不味い! 私はやっぱり甘いお菓子がいい」
私の好物を不味いと一蹴するミュースは顔を赤くしながら酔っぱらっているように窺える。
何もない彼女の両手から、まるで手品のように溢れるばかりの飴やクッキーが現れると今度はそれを私の口へ流し込もうとする。
「可愛い女の子は甘いお菓子と答えないとダメだぞ!」
ミュースの自論と言うより、暴論に近いそれは私にとってまるで悪夢のようだ。
お菓子で息が詰まりそうになり、口が埋まりそうになったところで私は目が覚める。
隣で天使のような寝顔の香苗ちゃんが見れて安堵すると、反対側を振り返って私は絶句する。
「やあ、おはよう」
そこには目覚めの挨拶をする全裸のミュースがいたのだ。
しかも、両手で溢れんばかりのお菓子を抱えながら夢と同じ状況。
私はあまりにも現実離れした空間に放り出されて気を失ってしまった。




