第1話 見知らぬ光景
TS百合作品です。
よろしくお願いします<(_ _)>
私が次に目覚めた時は、いつもと違う天井だった。
窓辺から差し込む陽日がとても眩しい。
周囲を見渡して見ると、枕元にブザーのような物があり、その近くにある床頭台にはスマホが置かれている。
私は患者着らしき物を纏って視界に入った断片的な情報を頼りに考えると、ここは病院の個室といったところか。
(ん?)
私はゆっくり起き上がって、ある違和感を覚える。
視界を黒い物体らしき物が遮断するかのように邪魔をしたのだ。
「何だよ! これは……」
手を伸ばして遮っている黒い物体の正体を触ると、それはサラサラな髪の毛であった。
短髪だった私にはあり得ない状況に、困惑するしかなかった。
「お目覚めかい」
病室の扉から、白衣を纏った若い外国人の女性が入室して来た。
長髪の赤髪を後ろに束ねて、鋭い目付きでこちらを凝視する。
カルテらしき物を携えており、傍にあるパイプ椅子へ腰を下ろす。
「自分の名前は言えるか?」
「私は飯島……」
自身の名前を告げようとした時、新たな違和感を覚えた。
いつもの声ではないのだ。
まるで、女の子が喋っているかのような甲高い声なのだ。
狼狽えている私を横に、女性は胸ポケットから煙草を出して一服を始める。
「問題はなさそうだな。これで自分の姿を確認して見ろ」
女性は、だるそうな声でカルテらしき物に何かを書き込みながら、私に手鏡を渡してくれた。
私は慌てて手鏡で自身の顔を覗き込むと、知らない少女の顔がそこにあった。
「何だよ……これ」
いつもの顔はどこにもなく、自身と同調するように絶句した少女の姿がある。
状況がうまく飲み込めない私を他所に、女性は煙草を咥えながら手鏡を取り上げる。
「飯島圭吾、年齢は三十のサラリーマンだろ」
そのとおりだ。
先程まで、公園のベンチで仮眠を取っていた筈なのだ。
いつものように目覚めて、営業の仕事に精を出すつもりだったのだが、今はご覧の有り様だ。
「これは一体、どういうことなんだ!」
私は女性に詰め寄りながら、問い質そうとする。
仮眠してから今に至るまでの間、この女性は私が求めている答えを知っているのではないか。
「ちゃんと説明してやるから、少し落ち着け」
興奮する私を女性が私を宥めるように諭すと、眠っていたベッドに座らせる。
何度も自身の頭や顔を手で探るような仕草で確認するが、顎髭はなくなっており、黒髪の長髪が視界を遮る。
(本当にどうなっているんだ……)
気が動転している私に、女性は冷たい飲料水をそっと顔に当てる。
「起きたばかりなんだから、水分を補給しろ」
たしかに喉は渇いていた。
遠慮なく両手で飲料水を受け取ると、喉を潤して幾らか冷静さを取り戻せることができた。
欲を言えば、彼女の胸ポケットにある煙草で一服もしたいところだ。
いつも吸っている銘柄の煙草がどこにも見当たらず、それどころか身に着けていたスーツ一式と貴重品がどこにも見当たらない。
冷静さを取り戻した反動で、私は重要なことを思い出した。
「あんた! 今何時だ?」
「19時を過ぎたところだよ」
女性が腕時計を見ながら現在の時刻を告げると、私は顔が真っ青になってしまう。
営業中に削られた精神を癒すための仮眠が、とんでもない事件へ発展してしまっていた。
今から本社に戻って、上司に謝罪の言い訳を考えないといけない。
自慢ではないが、営業成績は下から数えた方が早い。
加えて、上司からは叱責される典型的なダメな社会人だ。
「早く戻らないと!」
私は一心不乱で病室から抜け出そうとする。
昨年、こんな私と結婚してくれた甲斐性の妻も帰りを待っている。
クビにでもなったら、妻に合わせる顔がない。
「おい、どこに行くつもりだ?」
「どこって……会社に戻るんだよ!」
「アホ、そんな姿でどうするってんだ」
女性は私の細い腕を掴んで引き止める。
今の私は三十のサラリーマンではなく、患者着の少女。
帰社したところで、門前払いされるのがオチだ。
「会社のことなら心配ない。一から話してやるから、まずは落ち着け」
女性は無理矢理、私を再度ベッドの上に座らせて事の顛末を語り出した。
「たしかに、お前さんはいつもの公園で仮眠していた。ところが、毎日の不規則な生活が積み重なって、お前さんと奥さんは同時刻に心不全で死亡した」
「……すまん、色々とわからないところがあるんだが? 私はこうして生きているし、香苗ちゃんが死んだなんて信じられる訳ないだろ!」
「飯島圭吾の肉体は死んだが、お前さんと奥さんの魂は別の肉体に入れたからな」
「おいおい、答えになってないぞ。何だよ、魂は別の肉体に入れたって正気で言っているのか?」
「当たり前だろ。私は運命の女神だからな」
運命の女神と称する女性は咥えていた煙草を携帯用の灰皿に捨てる。
頭のネジがイカレているのだろうか。
(そうか、まだ夢を見ているのか)
おかしな言動を吐く女性と置かれた状況は全て夢なんだ。
そうと分かれば、早く夢から覚めて午後の営業を頑張らないと――。
「現実逃避したくなる気持ちは分からんでもないが、これは現実だ」
私は自身の頬をつねって夢から覚めようと試みるが、覚めるどころか痛みだけが残る。
やれやれと言わんばかりに、女性は呆れた顔をしている。
そんな二人の前に、病室の入り口をノックして、誰かが入室して来た。
今度は女子高生らしき人物が制服姿で現れて、恥ずかしそうにこちらを窺っている。
(運命の女神の次は女子高生か)
怪訝そうな顔で、私は二人の顔を覗き込む。
すると、女子高生が私に抱き付いて来て、私の名前を嬉しそうに呟く。
「本当に圭吾君だ……会いたかったよ」
私のことを身近で圭吾君と呼ぶのは妻の香苗ちゃんしかいない。
(こんなの……嘘だろ)
彼女から伝わる感情の温かさは忘れる筈もない。
くたびれて帰って来る私を玄関先で香苗ちゃんはいつも抱き締めて出迎えてくれる。
この子はそんな香苗ちゃんと同調しているのだ。
「後は私から説明をします。どうか二人っきりにしてください」
「ああ、わかったよ」
バツが悪そうに私と女子高生の子を残して、白衣を着た女性はその場を後にする。