竜使いの少年
広場に笛の音が響く。それは軽やかに空気を踊り、それを鳴らす少年の前で、緑色の鱗を持った竜が身をくねらせた。細い身体は少年の腰辺りまで体長があり、その珍しい姿に注目が集まる。
リズムに合わせて竜が楽しげに身体を揺らすのを見て、観客は拍手と歓声を贈った。子ども達は喜びに声を上げ、大人達は感心したように見入る。
やがて笛が止むと、竜と少年は揃ってお辞儀をした。一際大きな拍手と声、そしてお捻りが前に置かれた箱に放り込まれる。
客達が帰ってしまうと、少年も片づけを済ませて広場を後にした。暗くなった道を歩き、安宿の部屋に帰る。
少年がベッドに腰かけると、彼の腕に巻かっていた竜がするりと柔らかな生地の上に下りた。少年の細い指先で顎を撫でられて、気持ち良さそうに目を細める。
そうしていると、階下から賑やかな声が聞こえてきた。
「ああ、そうか。今日は大晦日だったね」
少年は呟いて立ち上がる。部屋の窓を大きく開くと冷たい夜気が部屋に入り込み、仰いだ先に大きく丸い月が夜空に浮かんでいた。
窓枠に肘をついて月を眺める少年の肩に竜が上って寄り添う。頬に擦り寄る竜に思わず微笑んで、少年はほうっと息を吐き出した。
息は白く染まって夜に消え、視覚的にも寒さを感じる。しかし、少年は月を眺めていたくてその場に留まった。
夜が更けていくにつれて、賑やかな空気が増していく。普段ならもう人気も少なくなるはずの大通りも、今夜だけは笑い声が絶えない。窓から通りを見下ろすと、簡易的に作られた天幕で酒を売り、客が列を成していた。
新しい年がやってくる。何かが劇的に変わるわけでもないのに、たったそれだけの理由で人々は騒ぎ、踊り、希望を見出す。
ただ単に、そうする理由をつけて楽しみたいだけなのかもしれない。そうだとしても、少年はこの空気が嫌いではなかった。
「ねえ」
声を漏らすと、竜が返事をするように少年の顔を見る。
少年と竜は、出会って長いこと経つ。二人きりの時間が長い旅を経て、互いに理解し、許容してきた仲である。意思疎通も呼吸をするように容易かった。
「年が明けて少ししたら、今度は南の方へ行ってみようか。暖かな国に咲く、鮮やかな花が見てみたいな」
少年が言うと、竜は「きゅう」と小さく鳴いた。
少年はふふっと笑って、再び輝く月を瞳に映した。
下は笑い声で賑やかなのに、空は澄んだ空気に満ちて静かだ。その差が心地良くて、少年は月に似た銀の瞳を細める。
もうすぐ年が明ける。
たったそれだけのことだけれど、それはとても喜ばしいことに思えた。