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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

染まる紅葉

作者: MOMO

 遠くの方を見れば二つに連なる山が見える。その頂には薄い霧のような靄もかかり、上の方の様子は見えにくい。


 あの山は「赤紫山(せきしざん)」。秋になると、黄色や橙色、赤色の葉をつけ枯れ果てていく。近づけば、枯れ果てた葉っぱ達の様子を観察することができた。落ちる様子は虚しいながらも、何処か風情があって趣深い。


 今日はわたあめの雲が少しある晴れ。昨日からずっと雨が降り続けたせいか、コンクリートの地面は水浸し。所々に水溜まりができている。それをスニーカーで踏みつけながら、私は赤紫山へ向かう。この場所を知ったのはつい最近だ。


「ねえ、秋ちゃん。実はね……」


 一週間前。雨が余り降らなかった頃。私の高校の同級生であり友達の葵と他二人が、同級生の女の子と逸れたのがこの山の中だったと聞いた。


 彼女を探すために他の三人はその山へ侵入。がその後、学校に帰ってくる気配は全くと言っていいほどなかった。家にも帰っていないし、彼らが行きそうな場所も探したが見当たらず。仕方なく私がこの村へ来た。来たくはなかったけど、友達を探すためだ。怖いのは我慢しなきゃ。


 この赤紫山に行くには今住んでいる街から電車を何本も乗り換え、二時間に一回しか来ない列車に乗って向かうことができる。つまり一度乗り遅れると時間待ち地獄にハマるので、間に合うように行動する。


 ほとんどの人が知らないし、近づかない場所。人口100人程度しかいない小さな村だ。山の根元近くに住む村の住民に話を聞こうとすれば、皆知らん顔して話を逸らしてしまう。何か隠したいものでもあるのだろうか?


 田んぼで稲刈りをしている背の低いおじさんに話しかけても、他の住民と同じ態度をとるだろう。そう思っていた。


「お嬢ちゃん。本当にあそこへいくつもりかい?」


 被っていた藁の帽子を深く被りながら、怪訝そうに稲刈り機のコックピットから見下ろしてくる。私はモゴモゴと口を動かしながら、なぜここに来たのかを説明した。


「はい、そうです。友達が失踪してしまって、探しに来たんです」

「やめたほうがいい。殺されるぞ、祟りの神に」

「祟りの神……ですか?」

「あっ……口が滑ってしまったわい。わしとしたことが……」

「その神というのは何なのですか?それとも髪なんですか?」

「なぜ禿げてることを知っておるんだ……ってそういう話じゃない。祟りの神は人間の形をしているらしくてな。そいつに見つかると、殺される!それしか分からん」

「はあ……」


 そんなことを言われればため息しか出てこない。神と言いながら人間の形をしているとは、あまりにも矛盾している。


 神というのは人間が考えた想像の塊であり、そもそも実在することはない。例え具現化したとしても、人間の前には現れないはずだ。それを知らないのか、このおじさんは平気でこのようなことを言っている。頭が痛くなってきた。


 こんなところにいても何も始まらないので、おじさんに礼を述べ赤紫山の入口へ向かう。


 入り口付近の地面には大小の石のようなものがコンクリートで固められ、舗装されている。しかし入り口付近だけであり、その奥に進むと道がなくなって高い木の生えた楓の森が広がる。噂によれば頂上付近に以前家があったけど、住んでいた人全員姿を消したらしい。未だにその小屋は残っている。住むにはボロボロで、適さないが。


 私はやっと舗装が止まっているところまで来てみたら、誰かとぶつかってしまった。尻餅をついて、履いていた白のワンピースが汚れる。


「イタタ……」

「あ、お姉さん。大丈夫?」

「平気……」


 見上げてぶつかってきた人を眺めると、一人の少年だった。見たこともない顔だし、この村には少子高齢化のせいで子供は一人もいないはず。来るとすれば、面白半分で紅葉巡りに来る少年・少女くらいだ。


 自転車に乗っているところを見れば、遠くまで行ってきたに違いない。こんな土壌の上を運転するとは、根性が据わっている。


「あなたも紅葉巡りに来たの?」


 ワンピースについた土をはらって立ち上がると、少年は首を傾げて唸り始めた。少し考えている様を表現し、考えが纏まったのかポンと手を叩く。


「紅葉巡りはしてないよ。だって綺麗じゃないもん。僕は奥の場所にある小屋に行ってたんだ」

「綺麗じゃないってどういうこと?とても美しくて幻想的に見えるわ。特に赤色の楓は魅力的よ」

「お姉さんには赤色に見えるの?僕は紫色に見えるもん。空の方が赤いね」

「え……」


 少年が余りにも爽やかに微笑んでくるので、背中に冷や汗が流れる。確かに人それぞれで見方は違うとネットで見たことがあるけど、これはいくらなんでも恐怖でしかない。だからといって、それを否定すると人権侵害になるのでしないでおく。


「どういうことかしら?」

「……?よくわかんないな。ちょっと忘れ物したから取りに行こうと思ってね。絶対小屋には行かないでね。部屋に入ったら……」


 最初の時は爽やかな表情だったのに、最後の注意事項を喋った時は険しい顔つきになった。中学生とは思えない人相で、まるで怪物を見ているようだ。


 少し沈黙という名の間を置き、ごまかすように微笑んでどこかに行ってしまった。どうやら村の方へ行くらしい。


 ただ「行かないで」と言われるとどうしても行きたくなるのは、人間の(さが)。私は迷うことなく小屋の方へ向かってしまった。気になってしかたないという欲のせいだ。


 捨てられた小屋は、木々が切られている広い場所に聳え立っていた。小屋は大小様々で、中には倉庫のような古びた鉄板で扉を追われた建物もある。


 どうやら昔はここに人が住んでいたらしい。祟りの神が現れてからパタリと姿を消し、今はもぬけの殻。人の気配は確かにない。だがおかしなことに苔で覆われた薄汚い壁の小屋から、悪臭が漂っている。鉄臭いというか、動物の死骸のような気味悪い臭いに思わず鼻を手で摘んでしまった。


 このままではまずい。そう思った私はすかさずにワンピースのポケットに入っていた白の花柄ハンカチで、鼻と口を押さえる。これで臭いは気にならない。


 恐る恐る壊れた玄関の扉を開けて中に侵入。壊れた瓦礫を跨いだり、しゃがんだりして奥にあるリビングへ向かう。一番臭いがきついからだ。


 好奇心旺盛な私はワクワクしながら進んだのだが、動物の様子を軽視していた自分をぶん殴りたいほどひどい有様だった。リビングの机の上に、人間のような形をしたドロドロとした液体が乗っている。頬と目がどこにあるのかもわからないほど、腐食していた。気持ち悪くて吐きそうだ。死んでから数週間が経っていると思われる。


「これ人の死骸よね。まさかあの男の子が……?」


 行ってはいけないと言っていた男の子が犯人だろうか?それとも他にいるのだろうか?それは分からないけど、警察に連絡しなきゃ。


 ずっと持っていた黒の手提げ鞄から携帯を取り出し、電波を見たら圏外だった。ホラーあるあるじゃないの!ってそんなこと思ってる場合じゃない。ここから逃げないと……。


 後ろを振り返れば、壊れたリビングの扉の近くにあの少年が立っていた。右手に包丁を握りしめ、切羽詰まった表情をしている。見つかって焦っているのだろうか。私も殺されるのだろうな。だって死体見ちゃったんだから。


 しかし彼は私が思っていた真逆の行動を取った。


「あいつが来る!逃げろ!ここは僕が守る!」

「え?」


 意味が分からず聞き返すと、包丁を持っていない手で右腕を握りしめ近くにあった戸棚に押し込められる。多少壊れているけど、ちょっとだけ居座るには最適な場所だ。外から見えないし。


 小さな穴がたまたまぽっかりと空いているのでそこから覗き込むと、さっきの少年が小柄の男性に強い口調で脅されている。顔はよく見えない。


「おい、慎司(しんじ)。ここに女は来てねえのかよ!」

「……来てないよ」

「ちっ、使えねぇ餓鬼だな。まずはこの死体を地面に埋めろ。その後は、あの女を殺せよ。しないとどうなるか分かっておるか?」

「わかった、するよ……」

「そう言えばいいんだよ。ほらさっさと行ってこい!」

「でもどうして遺棄するの?」

「んなこと聞いてどうする!とにかく行けよ!お前は人じゃないんだからな」


 男は怒鳴り声を立てる。慎司君は肩を震わせながら机の上にある死体を袋に詰めて外へ運ぶ。男の方はその様子を見ることもなく、一人煙草を蒸している。なんて無責任な大人なのだろう。子供にやらせるとは。


 しかも少年を「人ではない」と差別している。見た目が五十代ぐらいのおじさんだから、まだ昔の考えが残っているのかもしれない。空の見方が違うだけで、なぜ差別されるのか。未だによく理解できない。


「おい、そこにいるんだろ?」


 白いTシャツを羽織った男が煙草の灰殻をダイニングテーブルに押し付け、こちらの方を睨んできた。どうやら居場所は特定されたらしい。かと言って男は攻撃することもなく、ただこちらへ歩いてくるだけ。一歩、二歩と進みは速くなり、仕舞いには目の前に立っていた。


 心臓の心拍数が上がり、戸棚の入り口から遠ざかる。殺されるかもしれないから。


 男が扉を開けようとして、声がかかる。それは先ほどの少年の声。既に袋はなく、包丁だけを握りしめていた。声からでも人を殺すという非人道的なことをやらされ、怒りが表れている。


「おい!てめえふざけんな!僕ばっかりにさせやがって!潰してやる!」

「できるものならやってみろよ」


 男は近くに自分で持参したであろう鉈の柄を握りしめ、慎司君に刃を向けた。しかし彼はそれに屈服することなく、包丁を構えたまま前へ進む。慎司君の額には汗をかいていた。かなり緊張している。


 私は戦う様子を見ていられず、思わず大きな戸棚から出てしまった。次の瞬間、男が私の方を凝視して目を見開いた。そこにいたのは、稲刈り機のコックピットに座っていたおじさん。あの時とは別人の険しい表情に、人間が変貌した時の恐怖を感じ取った。


「やっと出たか。お嬢ちゃんも殺して地面に埋めてやるよ」


 そう言われて鉈を向けられれば、身動きが取れなくなってしまった。身体が硬直して身動きが取れない。殺される!武器も持ってない私には、不利ではないか。


「怖がることはないよ。君のお友達のように優しく殺してやるから。わしは声を聞いたんだ」

「声……?」

「そう。祟りの神さまがわしに教えてくださったのだ。人間を殺害して地面に埋めれば、分解されてその栄養で木がなると。ここに生えている紅葉の木は全て元人間だ。紅葉以外の銀杏は何千年もの昔からずっと生えている。綺麗だろ」

「でも私の友達は……」

「ああ、もうすっかり紅葉の木になるために芽を生やしているだろう。他に祟りの神さまはこう言っていた。人間はたくさんの環境を汚してきた。水を汚し、大気を汚し、木を何本も伐採したと。だから自然を綺麗にするために、葬って自然に返すのさ」


 考えは歪んでいるが、あながち間違いではない。工場から黒い煙を出す国があったり、利益のためだけに木を伐採する輩が増えてきている。水には生活汚水を垂れ流しているところもあるので、人間中心の考えは未だになくなっていない。余りにも人間が増えすぎた。でも……。


「一人一人が気をつけていれば改善するはずよ!」


 水を最低限以上は使わないとか、海に捨てられたゴミを拾ってリサイクルするとか一人一人にできることは必ずあるはずだ。彼はそれをわかっていない。


「ふざけるな!何が改善だよ。人間が生活するためにはな、犠牲がつきものなんだよ!」


 男は握りしめていた鉈をあげておろし、切りかかってくる。それを一瞬で避けると、不幸中の幸い肩が擦れるだけで済んだ。


「やめてよ。おじさん」


 尻もちをついた私の近くにやってきた慎司君は男を睨みつけ、威嚇した。中学生ということもあり、そんな様子も可愛いく見えてしまう。私頭おかしくなったのかな。笑いが込み上げてくるとは。


 いや、危機に面すると笑ってしまうとどっかのテレビが言っていた気がする。あながち、おかしなことではないのかもしれない。


「おい、何がおかしい。こいつめ、潰してや……」


 鉈を振り回していたおじさんの腹に包丁が刺さっていた。あの少年だ。彼は包丁を握りしめたまま、腹部に深く捻じ込んでいる。男は鉈を手から離し、その場に倒れた。腹部から包丁を抜き取り、血が噴水のように噴き出る。それでも怒りが収まらないのか、少年は何度も腹を包丁で刺している。


 よっぽどストレスが溜まっていたらしい。私がやめなさい。もう死んでいるよと言っても、獰猛の獣は聞く耳を持っていなかった。私は無理矢理押し行き、背後から止めようとした。そうして振り返った慎司君は私の腹を包丁で刺した。白いワンピースが赤く染まる。


 腹部を確認すると、血が流れ何が起きたのか一瞬分からなくなる。たくさんの血液が出るたび、私は意識が遠のきその場に倒れてしまった。そのうっすらと開かれた目で見えたのは、泣きながら「ごめんなさい」の言葉を繰り返す慎司君の姿だ。


「ごめんなさい。君の友達を殺してごめんなさい。僕はお姉さんのことが大好きなんだ。これで一緒にいられるね。僕のたった一人の秋お姉さん」


 なんて言っているのか意識が遠のいて分からない。ただその低くて心地の良い声で、小さい頃一緒に遊んでいた弟を思い出した。4歳くらいの時だったから、名前も顔も覚えていない。確か一歳違いの弟で、よく遊んでいた。彼は私のことが大好きで、6歳になった頃求愛してきた。私もそれに承諾して、ベタベタと触れ合っていた。


 ところが両親が喧嘩したあの時に、離婚が決定。私は父親に、弟は母親と暮らすことになった。いわば離れ離れになったのだ。それから時が流れ高校一年生になったわけで、彼はもう中学三年生だな。


 中学生……?慎司……?


 その言葉を考える前に、私はその場に倒れたまま意識を飛ばした。視界が黒一色に覆われていく。






「姉さん。僕が埋めてあげるから。一緒に土に還ろうよ。自然に循環させたら人々の役にも立つし、一緒にあの世へ行けるね」





 昔この山には祟りを抑える祟り神が存在していた。この神は山の頂上に存在する神社に祀られ、崇拝されている。しかし人口減少が加速し、少子高齢化していくにつれて神社の存在はがいつしか忘れ去られてしまった。


 誰も来ず、手入れもされていなかったことにより、この村では頻繁に洪水などの自然災害が起きていた。稲作ができないのもしょっちゅで、たとえ出来たとしても豊作の日は少ない。


 人々は困り果て、祟り神のせいだと思い神社の復興を目指した。しかし復興する過程で、何人もの人々は食料不足に陥って飢えで死んでしまった。これは祟りの一種かもしれない。そう考えた人々は神社を復興することもできなくなった。


 ただ人々が死んでからおかしなことが発生。なんと捨てられた死体から一本の芽を生やしたのだ。その芽は徐々に大きくなっていき、紅葉の木に成長していった。この木々は秋に赤い色の葉っぱとなって枯れていく。


 まるで人間の死のように、成長を終えた葉は地面に落ちてまた芽を生やす。それを繰り返して、自然を循環させていく。


「そうそう。これこれ」


 あの事件が起きてから六年が経過した。最近話題になっているのは、二本の幹に分かれた紅葉の木だ。二本に折り重なった様子は求愛しているようにも見える。


「おい!こんなものがあるぞ!」


 木の根元を一人の男が探ると、ボロボロに崩れた色褪せたワンピースと一枚の写真が出てきた。写真の方は原型をとどめていないのでわかりにくいものの、男女が写っているのはなんとなく理解できた。


 これは秋と慎司の写真なのか。どっちにしろ復元しないと分からないのは事実。



 「赤紫山」……この山には沢山の種類の木が植えられている。霊感の強い人には赤い空と紫色の木々にしか見えないと言われている。つまりこの山は人が木々になるという呪いが積み重なっていたのだった。だから、今後誰も近づくことはないだろう。もし近づけば……。


 怖くなるのでこれ以上言わないでおく。

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