第十三話 食事は腹八分目が健康的
結局二人がギルドを出たのは日が沈んで暫くした後であった。
「…おい」
「いや、すまないな。まさかこんな所で同好の士に会えるとは思わなかったのでな」
査定を早く終わらせてさっさと宿に帰りたかった腹ペコののバラックであったがフリードと老人の長話に付き合わされて遅くなった事で不機嫌になっていた。
フリードはそんなバラックに謝っているが久しぶりに同じ趣味の人と話せたのが嬉しかったのか満面の笑みである。
その顔を見て更に腹を立てるバラックは荒い足取りで宿屋に向かう。
フリードは明らかに怒っているバラックを鎮めようと話し掛けるがバラックは見向きもしなかった。そこでフリードは最終手段を使う事にした。
「はぁ〜。分かった。今度まとまった金が入ったら奢ってやるからそれで許してくれ」
「…絶対だぞ」
「ああ。二言は無い」
フリードの発言で機嫌を戻したバラックは先程とは違い足取り軽く歩いた。そこでふと疑問に思ったことをフリードに書いた。
「そういえばこの町に着いた時、お前は初めて来た訳じゃなさそうだったけどあの爺さんには会ってなかったのか?」
「その時はまだ冒険者ではなかったのでな。冒険者ギルドに寄ってなかったのだよ。いや、もっと早く出会いたかったものだ」
「今度あの爺さんと喋る時は爺さんが休みの日の時にしとけよ。受付で長話なんかされちゃあ他の冒険者に迷惑がかかるわ」
二人でそんな話をしているとようやく宿屋に辿り着いた。
「戻りました」
フリードが宿の扉を開けて声を掛けたが受付に誰もいなかったので二人はそのまま食堂に足を運んだ。
食堂に着くとゴルド達蒼玉の双剣の五人とニックス達深森の盾の四人が食事をしながら談笑をしていた。
「おっ、随分と戻るのが遅かったな」
すると二人に気付いたゴルドが話しかけてきた。
「ああ。リードが受付にいる爺さんと仲良く話し込でよ」
「あの植物爺さんが仲良く?そいつは珍しい」
バラックの話に少し驚いた表情をするゴルド。そんなゴルドにバラックは尋ねる。
「珍しい?それに植物爺さんってのは?」
「あの受付の爺さんの渾名だよ。この辺りの植物に詳しくてよ。初めて爺さんに採取物を渡す奴は大体ダメ出しをされるわ文句を言われるわ散々な目に遭うんだよ。なぁニックス!」
「えっ!?いきなりなんですか?」
仲間達と話していたニックスはゴルドに急に呼ばれた事に驚く。そんなニックスにゴルドは話を続ける。
「お前も植物爺さんに散々ダメ出しされた口だよな?」
「あぁ〜。そうですね。僕達は今も文句を言われることがありますね」
そう言うとその時のことを思い出したのか遠い目をするニックスであった。その話を聞いたバラックはフリードに話しかける。
「ふ〜ん。良かったなリード。お前は文句を言われなくて」
「そうなのか?私にとっては話し易く、良い趣味をしている御老人なのだが…」
フリードはゴルドの話を聞いて首を傾げた。そんなフリードにゴルドは話を続ける。
「だから親しく話せるってのが珍しいって話だったんだよ。あの爺さんが冒険者と仲良くお喋りをすることなんてほとんどないんだからさ。まぁそんな気難しい爺さんだが俺も昔から世話になってるからなぁ。おかげで採取も上手くなったもんよ。昔から此処を拠点にしている奴らはあの爺さんには頭が上がらないんだわ」
ゴルドは腕を組み、うんうんと頷きながら自分が新人の頃を思い出したのか懐かしそうに語っていた。
そこに調理場から看板娘のリリーナが顔を出すとバラックとフリードの二人に話しかけてきた。
「あっ、戻ってきてたんですね。遅かったですけど外で夕食を食べに行ってたのですか?」
「いや、ギルドに寄ったら遅れただけだ。夕食はまだ此処で食べれるかい?」
バラックがリリーナに尋ねるとリリーナは申し訳なさそうな顔になった。
「食べれますけど…すみません。父が仕入れの量を間違えて豪華な物は出せないです。その代わり量だけは出せますけどどうしますか?」
「なんだそんな事か。俺はそれで大丈夫だ。それと今日はエールを頼むわ」
「私も全く問題ない。それと私にもエールを頼む」
リリーナの話を聞いてむしろ笑顔になるバラックと特に気にしないフリードであった。
「はい。それじゃ座って少し待っていてください。それと此処は飲み屋じゃないのでエールは一杯だけですよ」
リリーナは二人にウィンクをすると再び調理場へと戻って行った。
昨日と同じ場所に座った二人は一息つく。料理をまっている間にバラックはふと思った疑問をゴルドに投げかけた。
「そういえばリリーナちゃんの父親ってのを見た事ないんだがゴルドは知ってるのか?」
「ムンロさんのことか?あの人はこの宿の料理人でな。ここの料理は全部ムンロさんが作ってるんだ。それにあんたらは知らないと思うけど此処は昼になると飯屋を営んでて繁盛してるんだよ。だけどシャイな人だから滅多に顔を出さねぇんだ。それと今日みたいなドジもやらかすけど家族想いの良い人なんだわ」
「へぇ、そうなのか」
そんな会話をしているとリリーナがジョッキとおつまみの豆がが入ったお皿を持ってきて二人のテーブルの前に置いた。
「エールとおつまみです。お料理はもうちょっと待ってください」
二人は早速ジョッキのエールに手を出しゴクゴクと飲み始め、一気に半分ほどを飲み干した。
「っかぁ〜!久しぶりの酒は美味ぇな」
「そうだな。半月ぶりくらいか」
二人の飲みっぷりを物欲しそうに見ていたゴルドは再び調理場に戻ろうとしていたリリーナに声をかける。
「リリーナちゃん。俺にももう一杯エールをくれないかい?」
「ダメですよゴルドさん。昨日も夕食後に飲みに行って二日酔いで仕事ができなくなってフランさんに怒られてたじゃないですか。むしろ明日からお酒を出しませんよ?」
笑顔でリリーナはそう言うと調理場に戻って行った。
「とほほ。あのしっかりした性格はイリーナさんそっくりだぜ」
そんな事を言うゴルドにやり取りを見ていた食堂の皆が笑い合っていた。
その後二人はつまみの豆を食べながらゴルドやニックス達と雑談をしているとリリーナが大皿に山盛りに盛ったパスタを運んできた。
「お待たせしました。角兎の肉を使ったミートソースパスタです。取り皿は今持ってきますね」
テーブルに置かれたパスタは十人前はありそうな量である。その量を見たフリードは驚き、バラックの顔は輝いた。そしてリリーナが取り皿を持ってきて「ごゆっくりどうぞ」と言うと調理場に戻って行った。
「いやぁ〜。やっと飯にありつけたな」
「そうなんだが流石に量が多過ぎないか?」
「まぁこのぐらいだったら大丈夫だろ」
この量を食べれるか不安がるフリードに対してバラックは余裕がある顔をして大皿の盛ってあるパスタを自分の取り皿にごっそりと取り分け食べ始め、それを見たフリードも一人前を取り分けた。
「美味ぇ!美味ぇ!」
「うん。このソースは本当に美味い。レシピを教えて欲しいぐらいだ」
そんな事を言いながら二人は食べ続け、山盛りのパスタの殆どはバラックのおかげでみるみると無くなっていく。そんな光景をゴルドは呆れながら見ていた。
「バラックよぉ、よくそんなに食えるな」
ゴルドにそう言われたバラックは口の中のパスタを飲み込み話す。
「まぁ昼をあんまり食べてなかったからな。このぐらいは腹に入れとかないとすぐに腹が減っちまうんだよ」
「このぐらいって…この量のほとんどをあんたが食ってんだぞ。一体何人前食ってんだ?」
「さぁ?これでもまだ腹六分ってとこなんだがな」
バラックはそう言いながら大皿に残っていたパスタを全て自分の皿に移した。
「…持ってかれてるがフリードは食べなくていいのか?」
「私はリードのような大食漢ではない。普通に一人前を食べたから大丈夫だ」
ゴルドが心配そうに尋ねてきたがすでに食べ終えたフリードはハンカチで口を拭いながらそう応えた。
間をおかずバラックも食べ終え満足そうな顔をした。
「いや〜美味かった。まっこれで腹八分ってところだな」
腹をさすりながらそんな事を言うバラックに対しゴルドは恐ろしいものを見るような目をしていた。
大量にあったパスタを食べ終えた二人は食休みをしているとニックスが二人のテーブルに近付いてきた。
「お二人共、明日はお暇ですか?それとも何か依頼を受けてます?」
「いや、まだ何も決めていないが…?」
「そうですか。実は昔からお世話になっている大工の親方がいるのですが今請け負っている仕事が急ぎの仕事なんだそうです。だけど色々不運が重なって人手不足に陥って大変らしいんです。そこで親方に男手を探してきて欲しいと頼まれまして、すでに蒼玉の双剣の方々には話しを受けていただきまして、お二人も一緒にどうですか?ついでに報酬は一人頭銀貨二枚だそうです」
ニックスの頼み事に二人は相談をし始める。
「ラックどうする?私は一向に構わないが…」
「そうだな…ニックスには今日世話になったしな。報酬も悪くないし喜んでやらせてもらうわ」
「そうですか!良かったです。それじゃ明日の朝に案内しますのでよろしくお願いします」
ニックスは頭を下げてお礼を言うとそのまま深森の盾のメンバーと一緒に食堂から出て行った。
それを見送った二人と蒼玉の双剣の面々は顔を見合わせる。
「…律儀な子だな」
「全く、本当にいい子だわ」
「俺もあんな若い時分があったなぁ…」
初々しさが残るニックスに対しそれぞれがしみじみと呟くと面々は席を立ちそれぞれの部屋へ戻るのであった。
お久しぶりでございます。
夏バテ・夏風邪・台風による気象病を立て続けに喰らうなど色々ありまして身体がボロボロになりました。
皆様もまだまだ暑い日が続きますのでご自愛下さい。
それと相変わらずの亀更新となりますがこれからもよろしくお願いします。