第十一話 粘体生物の話と新人さん
森を出た二人は少し離れた草原に座り込み、フリードの鞄から昼食を取り出した。
「はぁ〜。黒パンと干し肉だけじゃ味気ねぇな」
「後何日か依頼をこなせば金が貯まるからそれまで我慢してくれ」
節約の為、最低限の食事内容にバラックは落ち込むのをフリードは慰めた。
「ふぅ、まぁしょうがないか。それで、飯食ったら北側か西側どっちに行くんだ?」
「そうだな…小鬼の動きも気になるので西側に行こうか」
「あいよ」
そんな話をしながら森の方を眺めて昼食を食べているとバラックの近くにある茂みからガサガサと音がする。バラックが音のする方を振り向くと茂みの中からピョンと手の平サイズの粘体生物が出てきた。
「なんだ粘体生物か」
この粘体生物という生き物は大陸の全土に生息している。分類上は魔物とされているが一部の種類を除き人を襲うことはまずない。主に石や草、又は死骸等生物を除き何でも食べることから別名“掃除屋”と呼ばれ、その雑食を利用して町の下水処理や道の掃除等、人々の生活に役立つ存在でもある。
そんな粘体生物はバラックの手が触れる距離まで近付いてきた。
「あ〜、ちょっと待ってろよ」
そう言うとバラックは食べていた干し肉を千切り粘体生物に与えた。粘体生物は触手の様なものを出すと干し肉を受け取りそのまま体内へと取り込む。すると干し肉がじわじわと溶けるのが見えた。
干し肉を与えていたバラックを見てフリードは話しかける。
「食いしん坊の君が食べ物を分け与えるなんて珍しいな」
「まぁな。俺の国もある西側の地方の風習で“粘体生物には施しを”ってなのがあってな」
そう言いながらバラックは粘体生物が干し肉を溶かしきったのを見て黒パンも分け与える。
「それは面白い風習だな」
「なんでもかなり昔、俺の国の北側にある小国が粘体生物に滅ぼされかけたって話があるんだよ」
「なんだその話は?興味深いな」
バラックの話に興味を持ったフリードは続きを促す。
「たしかその小国の王様が大層粘体生物がお嫌いだったらしくてな。兵士に殲滅命令が下ったそうだ。で、兵士達は命令通りに粘体生物達を駆逐して行ったわけだ」
バラックはそう話しながら食事を終えた粘体生物を両手で持つ。
「最初は逃げてばかりいた粘体生物達だったんだがある日、その小国のとある村に突然家のデカさ程ある粘体生物が現れたそうだ。その強さといったら凄かったらしくてよ。剣も効かなきゃ魔法も効かねぇ。村にいた四十〜五十の兵士達は粘体生物に皆殺られちまったそうだ」
「ほうほう。そいつはすごい。それでその巨大粘体生物はどうしたんだ?」
フリードは話を聞きながらなんとなく粘体生物に自分の黒パンを分け与え話の続きを聞く。
「そのまま王都に突き進み、兵士達の攻撃を物ともせず暴れ回り最後は王城にいる王様を飲み込んで何処かに消えたんだとさ。まっ、御伽話みてぇなもんだがそれ以来周りの国の奴らは粘体生物に優しくなったって話だ」
「なるほど。粘体生物にそんな能力があるとは初耳だったな」
話を聞いたフリードはバラックが両手で持っている粘体生物を指で軽く突くとぷるぷると揺れる。
バラックはそんな粘体生物と暫く戯れると地面に置く。粘体生物はその場で一度跳ね、少しの間プルプルと揺れると茂みに戻って行った。
「さてと、行きますかね」
「そうだな」
二人は立ち上がり再び森に入ることにした。
フリードが言った通りに先程の場所より西側に薬草を探しながら進む。
暫く歩くと先程より狭いがリリ草が群生している場所を見つけ、早速フリードは選別にかかり、バラックは周りの警戒を始める。
フリードが順調にリリ草を摘んでいるとバラックが声を掛ける。
「リード、北西側から何か音がするから少し見てくる」
「待て。私も一緒に行こう」
フリードは採取を中断して二人で音のした方へ警戒しながら進む。五十mぐらい進むと再びバラックはフリードに声を掛ける。
「リード、こっちだ。こりゃあ…剣戟の音だ」
バラックが音のする方を指差す。
「ラック、よく聞こえるな。君の耳は一体どうなっているんだ」
フリードは呆れながらバラックが指差した方へ魔力感知の魔法をかける。
「…距離は大体四百m、反応した数は八つだな」
「よっしゃ。取り敢えず急ごう」
二人は音を出さないように気をつけながら進む。
そして残り五十m程ぐらいまで近づくと闘いをしている場所が見えてきた。するとそこから小鬼のギャァという断末魔が一つ聞こえた。どうやら少し開けている所らしく、二人はギリギリまで近付き近くの茂みに隠れる。するとその茂みに先客がいた。
「(おっと、悪ぃな。ちょっと借りるぜ)」
そこには先程とは別個体の粘体生物がいた。バラックは小声で詫びを入れると闘いを見る。すると戦闘中の人物達の横顔が見えた。
闘っていたのはどうやら四人組のパーティーらしくまだ全員が若そうである。前衛が二人いて一人はロングソードを持った少年で彼の近くには小鬼の死体があり、更に一匹の小鬼を牽制している。もう一人は丸盾を片手に持つ少年で剣を構えながら違う小鬼と睨み合っている。後衛にはフード付きのローブを被った魔法使いが長杖を構え、その前にダガーを構えた少年が最後の一匹と対峙していた。
「どうする、助けるか?」
「いや、周りを感知したが他にはいなそうだ。小鬼三匹程度なら多分大丈夫だろう。危なくなるまでは見守ることにしよう」
バラックが救助の提案をしたがフリードはそれを断り見守ることを提案する。
「…まぁそうだな。冒険者ならこれぐらいの敵は簡単に倒してもらわなきゃ困るしな」
そう言ってバラックも静観することにし、フリードに鞄から干し肉を取り出してもらい粘体生物に与えながら闘いを見守った。
小鬼達の武器は剣が一匹で後は棍棒を持っており、剣持ちは長剣の少年と対峙していた。そんな小鬼達が先に動き出す。
「グギャッ!」
「グギッ!」
三匹の小鬼はそれぞれ目の前の敵を倒そうと武器を振り上げ襲いかかる。
前衛の二人はそれぞれ盾や剣で攻撃を受け止め、ダガーの少年は小鬼の攻撃を躱す。
長剣の少年は剣を両手で持ち攻撃を受け止めた後、上に押し上げて弾き無防備となった胴体を横薙ぎに斬り小鬼を斃した。
「おっ!中々いい踏み込みだ」
バラックは小鬼を斃した少年の動きを褒めた。
他の闘いを見ると盾で攻撃を受け止めた少年も小鬼に向かい剣を振り下ろしたが小鬼は攻撃をバックステップをして剣を躱し再び棍棒を構えた。
小鬼の攻撃を躱したダガーの少年は小鬼を牽制しながら近くにいる魔法使いに手で合図を送る。
合図を見た魔法使いは魔法を唱えるようとしたが今までダガーの少年を睨んでいた小鬼が急に魔法使いの方を振り向き襲い掛かった。
魔法使いは小鬼の奇襲に驚き身構えたまま硬直してしまう。慌てたダガーの少年は咄嗟に手に持っているダガーを小鬼に投げ、運良く小鬼の腕に刺さった。
「グゲッ!?」
小鬼は痛みに驚き少年の方を振り向き睨み付ける。魔法使いはそんな小鬼の隙をついて魔法を唱える。
「風よ、刃となりて敵を切り裂け。《風刃》!」
詠唱の声からして魔法使いはどうやら女の子であるらしかった。詠唱の声に小鬼は再び魔法使いの方を振り向くと既に放たれた風の魔法で小鬼の体は三m程吹き飛ばされ体に幾つもの傷を作り、仰向けに倒れ瀕死の状態となった。ダガーの少年は太ももにつけたホルダーからナイフを取り出すと小鬼の首を突き刺し止めを刺した。
盾の少年と対峙していた小鬼は形勢が不利とわかり、後ろを振り向き逃げ出した。しかし、長剣の少年がすでに回り込んでいた為逃げ出せず声を出し威嚇をし始める。
長剣の少年に注意が向き後ろを見ない小鬼対してこれ幸いと盾の少年は静かに近付き小鬼の背中を斬った。
背中を斬られた小鬼はそのままうつ伏せに倒れ恨めしそうに長剣の少年を睨む。長剣の少年は倒れた小鬼に近付き首を突き刺し戦闘は終了した。
彼等の闘いを見たフリードはバラックに感想を求める。
「(どう思う?)」
「(あのロングソードの坊主はいい動きしてたな。他の三人はまぁ及第点って所だろ。まだ若ぇしこれから経験を積めば一端の冒険者になるだろ)」
と自分なりに採点するバラックであった。
「終わった〜」
「なんとかなったね」
「ね〜」
小鬼に勝利した事に喜び長剣の少年の元へ向かう三人。その三人をよそに長剣の少年は未だに警戒を緩めず二人のいる方向を睨んでいた。
「(あの坊主は将来有望かもな)」
「(確かにな。まだ若いのに修羅場をくぐっていそうな雰囲気があるな)」
小声で称賛した二人は茂みから出ていく。その音に気付いた三人も振り向き身構える。
「悪ぃ悪ぃ。警戒させちまったな。近くにいたら争う音がしたから様子を伺いに来たんだ」
バラックは明るく振る舞いながら四人に話す。長剣の少年以外の三人はいたのが人であった事に安堵をし武器を下ろしたが長剣の少年は武器を下ろしながらも警戒を緩めず二人を睨んでいた。
長剣の少年の気を緩ませるにはさっさと退散した方がいいと思ったバラックは四人に話す。
「取り敢えず怪我はなさそうで良かった。いつまでいるか分からんがまた小鬼が出るかもしれないから気を付けろよ。後そこの坊主、お前は気を張りすぎだ。疲れるからちったぁ緩めろや」
そう注意するとバラックはフリードと共に西へと歩き出す。そこでふと言い忘れた事を思い出し振り返る。
「それと近くに粘体生物がいるから食べられる前に魔石と耳を取っておいた方がいいぞ」
その言葉に三人は慌てて小鬼の死体へと移動した。
バラックは再び歩き出すと長剣の少年に未だ睨まれている気配がした。暫く歩き四人が見えなくなるとバラックは長剣の少年について話す。
「警戒するのは悪かねぇがありゃ人を信じなさ過ぎるな」
「そういう輩は孤児か貧民街の住民の場合が多い。彼ももしかするとそういう生活を送っていたのかもしれないな」
フリードは少年の生い立ちをそう推測しながら次の薬草の群生地を探し始める。
そして二人は夕方近くまで薬草採取に勤しむのであった。