目撃
驚いてみると、ひったくりに自分の鞄を奪われたようだ。
人混みの中をひったくりが走って逃げていくのを香織は見た。
「待ちなさい!」
香織は大声をあげて後を追った。周りの人が驚いて自分を見ている視線を感じる。
はしたないと思われても、どうしても自分の荷物を取り戻したかった。
「誰かその方を捕まえて!」
香織は叫んだ。必死に追いかけて追いつかないと思われたひったくりの背中が、立ち止まったように見えた。
その瞬間ひったくりは床に放り投げられていた。
周りからどよめきとパチパチという拍手が湧きあがった。
香織はお礼を言おうと近づいて行って驚いた。なんとひったくりを捕まえてくれたのは黒川だったのだ。
「黒川さま!」
彼は怒ったような顔をして香織に取り戻した荷物を渡しながら言った。
「何を考えているのです。ひったくりを自分で捕まえようと追っかけるなんて!」
彼に久しぶりに会えた喜びは消え、泣きたい気分になった。
「荷物などどうでも良いのです。自分の身の方が大事でしょう。」
しかし香織にとって荷物が大事だったのだ。実は黒川に前もらった軽井沢彫の首飾りを持ってきていたのだ。
今日は洋装だからつけようと思ったのだが、勇気がなくてつけれなかったので荷物の中に入れておいたのである。
「黒川さまにはわかりませんでしょうけれど、私は荷物の方が大事でした。」
香織は言い返した。黒川はさらにムッとした顔になって言った。
「・・・もう家に帰りなさい。香織さん、貴方にはガッカリです。」
香織はあまりにも悲しくなって、とうとうポロリと涙を落とした。なぜそこまで言われなければいけないのだろうか。
黒川はギョッとして何かを言いかけようとしたが、やめた。
「黒川さま、女の子を泣かせるもんじゃありませんよ。」
綺麗な女の人が近づいてきて言った。
「薫子、、」
その時香織は察した。前に軽井沢彫のお店で聞いた幼馴染の薫子さんが婚約者であったのだと。そしておそらく今日は2人で出かけていたのだと。
「彼女を送ってあげてください、黒川さま」
薫子は優しさからなのかそう言った。
「大丈夫です。使いの者を呼びますから。」
香織は黒川と2人になりたくない一心でそう言った。
「いいえ、送っていただきなさい。」
薫子は譲らなかった。香織が困って黒川を見ると
「・・・送ろう。」
と彼は言った。