赤色
新年も過ぎ去り、球根が芽吹き始める季節となってきていた。
香織は新年に気づいた思わぬ想いを忘れかけていた。というよりかは、黒川に会っていない日が続いていたので自分であれは気の迷いだと考え始めていたのだ。
今日は街に新しい喫茶店ができたというので、楓と一緒に出かける約束をしていた。喫茶店に行くので洋装に着替えて香織は家を出た。
楓は女学校を卒業した後に結婚をするので自由な学生時代を謳歌したい様子であった。
「楓!」
待ち合わせ場所に着くと香織より先に楓がついていた。
「香織ー!」
楓は嬉しそうに顔を綻ばせて声をあげた。
2人はまず御目当ての喫茶店に入った。ここの売りはショートケーキだそうだ。初めて食べるお菓子に2人はとてもワクワクしていた。
「ショートケーキってどんな食べ物かしら?」
「うちでも作れるようになるかしら?」
頼んだショートケーキが目の前に来て2人は驚いた。見た目も豪華に見え、本当に美味しそうであったからである。
「これってビスケットよね?」
ショートケーキはビスケットの間に生クリームと苺が挟まれていた。
「これなら、家でも頑張れば作れるかもしれないわ。」
「香織はなんでも作ろうとするわね。」
楓はそう言って笑った。
「だって好きな時に食べたいじゃない?」
楓は呆れたといったように何も言わなかった。
2人はその後、雑貨屋さんなどをみて回った。洋物が近頃は入ってきており、買わずに見るだけでも楽しいのだ。
「そういえばお正月は何してたの?」
楓に訊かれて香織は姉家族と過ごしていたと答えた。秋との話は敢えて言わなかった。
「それでか、私香織のうちにおせち持って遊びに行ったんだけど居なかったから。」
楓が訪れたとき香織たちは留守だったようだ。
「ごめんね、言っとおけばよかった。」
「いやいや、お陰でいいもの見れたから」
楓は笑いながら言った。2人はお店を出た。
「なになに?」
楓は存分にためてから言いたくて仕方なかったといったように
「黒川さまのご婚約者さまをみたのよ!」
と言った。香織は頭が真っ白になってしまった。
(黒川さまって婚約されていたの?)
「すごく綺麗な人で仲が良さそうだったわ。」
何も知らない楓は、黒川の相手について香織に細かく教えた。
「香織は知らなかったの?」
「・・・ええ。」
震える声を振り絞って香織は相槌を打った。胸が酷く痛く、気が緩めば涙が溢れそうだった。
なぜだろう。黒川への想いは気の迷いではなかったのか。まさか本当に自分は黒川に恋をしていたのだろうか。
彼は素敵な人だ。相手がいるなど当然のことだったのだ。
自分の気持ちに色をつけるとしたら、赤色である。嫉妬する資格もないのに、会ったこともない彼女を羨ましいと思っている。それに彼に恋をしていると自覚して恥ずかしい。今までに体験したことないほど胸が痛く熱く、香織は家に帰りたいと願った。
とりあえず香織は楓の方を向かずに
「今日は早く帰らなくちゃいけなくて、だからそのそろそろ帰るわ。」
と言った。楓は驚いたように香織の方を向いた。
とそのときであった。
香織は自分の荷物が腕から突然なくなったことに気づいた。