交差
買い物に出かけてから数週間、黒川に会うことがなかった。故意にではない。彼は出張に出かけてしまったのである。
久しぶりに会ったのは麻里の結婚式であった。
「おめでとう、麻里。すごく綺麗ね。」
式の日はよく晴れた日であった。白無垢姿の麻里はとても美しかった。結婚に憧れがない香織ですら、結婚に憧れをつい持ってしまうほどだった。
麻里の両親は娘の晴れ姿を見て、おいおい泣いてしまっていた。それに負けじと、香織の父もわんわん泣いていた。
式には女学校の友人の他に、香織の兄・姉家族。香織の幼馴染である吉郎の弟、秋も来ていた。そして麻里の親族、親しくなった黒川も来ていた。
式は非常に楽しいものであった。久しぶりに会う人が多く、香織はその人たちとの会話を楽しんだ。
「香織、久しぶりだな。」
後ろから声をかけられ振り返ると、そこにいたのは秋だった。
「秋さん!」
自分が想像していたよりもずっと大きくなっていた彼に香織は驚いた。黒い髪や色白なところは変わらないが、顔立ちは少年の面影を少ししか残していなかった。
「あのビスケット、香織が作ったんだって?あんなにちっさかった香織が凝った料理もできるようになったなんてなあ。」
秋は笑いながらいった。彼の中で香織は何歳の設定だったのだろうか。
「もう私も18ですよ。大人の仲間入りですから!」
「へえー、大人の仲間入りね。」
この小馬鹿にした声は、、、
「兄様!」
久しぶりに会う兄・弘樹は元気そうだった。
「それじゃあ、香織には縁談を持ち込んでこなくてはならないな。」
「それとこれとは話が違います。」
どうやら兄は香織が結婚に焦っていないのを知ってからかっているようだ。
「父さまが何も言わないからってあぐらをかいていると、ほんとにいきおくれるぞ。」
「なぜ私の歳を聞いただけで結婚につなぐのですか?」
香織が怒って弘樹に言い返していると
「大丈夫だって弘樹さん、もしそうなったら俺が香織の面倒見るから。」
と秋が言ってきた。彼なりの助け舟なのだろうか。
「大変だぞ、香織は意外にじゃじゃ馬だからなあ。」
「それには同感ですね。」
また違う人が話に入ってきた。黒川である。
「あなたは・・?」
「初めまして、太郎さんと香織さんの隣人の黒川蓮です。」
黒川は兄に挨拶をした。黒川の容姿に兄と秋は驚いた。
「父から話は聞いています。話相手をしていただいているようで。」
兄は意外にも黒川の存在を知っていたようである。
「香織に迷惑をかけられていませんか。」
兄はそう言ってまた香織をからかい始めた。香織はだんだん腹が立ってきた。
「ええ、それなりに。」
黒川は笑いながらそう答えた。彼も香織をからかうつもりだろうか。しかし彼は、「でも」と付け加えた。
「でも、彼女は素敵なお嬢さんですよ。それに私は32になりますが、いまだ独り身です。一人の時間も楽しいものですよ。」
香織は黒川を見た。彼の表情は穏やかだったが、これ以上弘樹にからかいを続けさせるのを許す隙を与えない雰囲気があった。
黒川はその後少し話の輪に入っていたが、香織がお礼をいう隙もなくどこか違うところへ行ってしまった。香織は以前彼を見送ったときの感情をまた抱いた。
「香織、こっちにきてー」
麻里に呼ばれ、女学校の友人たちのところへと香織は向かった。友人と話している間も、あまり内容が入ってこなかった。
しばらくして会はお開きとなり、香織は父と一緒に家に戻った。兄・姉家族に泊まっていくよう進めたのだが、仕事があるようで二家族は帰ってしまった。
夜香織は物思いに耽っていた。麻里が結婚してしまった寂しさか、それとも急に父と2人になって寂しさを感じているのか。彼女はしばらく考えたのちにそのどちらも違うことを悟った。
(わからない、まだ知りたくない)
こうして慌ただしい1日は幕を閉じたのだった。