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不本意な初恋  作者: ぐら
3/18

ビスケット

「んー、何度やっても上手くいかないわね。」

香織は朝から慣れない洋菓子作りに励んでいた。

明治時代で初めに作られた洋菓子はビスケットである。京橋にある風月堂が初めに売り出し、香織はそこのビスケットが大好きだった。今日は姉家族がうちに遊びにくるという予定があるので、ビスケットを自分で焼いておもてなししようと考えていたのである。

「どうしてうまくいかないのかしら?生地がパサパサだわ。」

「お嬢様、私がお手伝いいたしましょうか?」

目に余ったのか絢が助け舟を出してくれた。

「そうしてもらいたいのだけど、今後の為に私1人で作りたいの。」

「ではそのように。ゆっくりやればできますよ、香織さま。」

絢はそう言って励まし、台所を出て行った。

しばらくの間頑張っていたのだが、時間も少なくなってきて香織は心が折れそうになってきた。

「・・・やっぱり絢に手伝ってもらうべきだったかしら。」

「・・何を作っているのですか?」

突然かけられた声に香織はひどく驚いた。顔を上げるとそこにいたのは黒川だった。

「黒川さま!驚かさないでください。」

「失礼。それで、、何を作っているのですか?」

黒川が隣人となってから約一ヶ月が経った。彼は香織の父と非常に相性が良いようで、よく香織のうちに遊びにくる仲になっていた。今日の夕食会に彼も招かれている。

香織は恥ずかしくなりながらもビスケットを作っているのだと答えた。

「ビスケット!それはまた凝ったものを作っていますね。」

「今日は姉家族が遊びにくるのです。それでビスケットをお茶菓子にしようと思って。」

「それなら、買った方が早いのでは?」

「自分で作ったものの方が心もこもっていますし、何より作れるようになりたいのです。」

香織は分かっていないなあという表情をしながらいった。

「・・・おそらく原因は牛乳が少ないのと、一気に小麦粉を入れてしまったことではないでしょうか?分けながら入れるといいですよ。」

なぜ黒川に原因が分かるのか不思議に思ったが、藁にもすがる思いで香織は黒川の指示に従った。


それから1時間ほど経って、台所には甘いいい匂いが立ち込めていた。

「これは成功ですわ。黒川さま、ありがとうございます。」

ビスケットは上手に焼き上がり、一枚味見に食べてみるととてもおいしかった。

「いえいえ、完成してよかったです。お姉さまも喜びますね。」

「ええ。これで作るコツがわかったので、麻里の結婚式に作って持っていけます。」

香織がここまで作れるようになりたかったのは、二週間後に控えている麻里の結婚式に作って持っていきたかったのである。

黒川も納得したようで

「エリックも喜ぶでしょうね。」

と言って微笑んだ。

香織はたくさんの焼き立てのビスケットの中から形のいいものを選んで黒川に一枚渡した。

「今日私の料理に付き合ってくださったお礼です。残りは夕食後に出しますけれど、1番初めは黒川さまに食べていただきたいのでどうぞ。」

黒川は少し驚いたような顔をしたが、それもすぐにいつもの表情に戻り

「毒味係ですか・・ありがたくいただきます。」

と言った。どうしてこの人は素直にお礼が言えないのだろうか。香織は黒川の表情をじっくり見ていた。

フッと黒川が笑っていった。

「美味しいですよ。とても。」

香織は満足げに頷いて笑った。


夕食会は非常に楽しかった。

香織は姪の和葉とのおしゃべりを楽しんだ。彼女は今年4歳になったばかりの子供だが、話が上手で大人のような話し方をするのだ。

姉の沙耶香は2人目の子供を孕っていた。

「お姉さま体調はいかがなんですか?」

「全然大丈夫よ。和葉がお姉さまになれると言ってとっても楽しみにしてるのよ。」

「私、妹でももちろんいいのですができれば弟がいいですわ。」

和葉はそう言った。

「こらこら、和葉。」

義兄である吉郎が和葉を嗜めた。彼は昔の考えに囚われない男で、次に生まれてくる子供の性別をあまり気にしている様子はなかった。

「吉郎お兄様も楽しみですわね。」

香織がそう言って話をふると

「そうなんだよ。家族が賑やかになるのは幸せなことだ。」

吉郎は楽しみだといったように笑った。

「香織ちゃんはお料理が上手なんだね。ビスケットとてもおいしかったよ。」

「それは嬉しいお言葉ですわ。」

香織は頑張った甲斐があったと思い非常に喜んだ。吉郎の声が聞こえたのか、黒川がこちらに視線をついっと動かした。目が合うと、軽く微笑んだ。

「それはそうと、香織ちゃんはもう19になったんだってね。」

「はい。吉郎さんに初めてあったのは6の時ですから、それからだいぶ経つんですね。」

「大きくなったなあ。」

身内に成長を感じさせているのは、嬉しくもあり気恥ずかしくもあった。

「そろそろお嫁さんに行ってしまうのかい?」

「え!そんなまだまだですよ。」

「ちょっと吉郎さん、香織はまだまだ幼いですわ。」

吉郎の唐突な質問に香織は焦った。やはり世間は香織の年を知ると結婚の話題をするのだ。

「香織ちゃんがお嫁さんになってしまったら寂しいなあ。」

吉郎はどちらかというと寂しくなってしまう心配をしているようだった。

姉は香織が結婚の話題をしたくないのを察したようで、話題を変えてくれた。

「そういえば義弟の秋が香織に会いたがってたわ。今度うちに遊びにおいで。」

「ええ。秋さんとは数年会ってないですわ。」

そう言いながら、香織は幼馴染であった色白に黒髪の少年を思い出していた。

秋とは小さい頃よく遊んだ。彼の方が香織よりも二つ上だったが、そんなこと感じさせない気さくさが彼にはあった。

「香織ねえさま、和葉にご本読んでくださる?」

吉郎と姉との会話は和葉によってここで途切れてしまった。結婚の話題が上って少し焦っていた香織にとっては、良い助け舟であった。


夜も深くなってきたので、楽しい夕食会はお開きとなった。

香織のビスケットもみんなからの評価はよく一枚残さずに売れた。

「ビスケットごちそうさまでした。」

帰り際に黒川が香織のところへやってきてそう言った。

「黒川さまのおかげですけれど、今日のところは皆様にそのことを伏せておきましたわ。」

香織はそう言って笑った。

「そう言えば黒川さま、明日お時間ありますか?」

大事なことを忘れるところだった。黒川は眉をついっと上げた。

「ありますが、、何かお願い事ですか?」

察しが良いようである。実はと香織は続けた。

「明日街に軽井沢彫りの職人が売り物を持ってくるそうなのです。父にお願いしましたら、買ってもいいということなのでいきたいのですけれども、黒川さま連れていってくださいますか?」

「僕でよければもちろん連れていきますよ。」

嫌味の一つでも言われるかと思っていたが、彼は快諾してくれた。

香織は喜んでお礼を言い、彼を見送った。

(明日が楽しみだわ)

父と出かけたかったが、父は明日仕事があるのだ。

しかし初めて黒川と2人で出かけることも楽しみであった。

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