出会い
客間に入ると父が黒川と談笑していた。
「ただいま帰りました、お父様。」
「おかえり、香織。こちらは新しいお隣さんの黒川くんだよ。」
紹介されて少し茶色い髪の毛の男性が振り返った。
「初めまして、黒川蓮です。」
確かに絢の言う通り綺麗な人だった。年は30歳くらいだろうか。落ち着いた雰囲気の人である。
「初めまして、宮野香織です。」
香織は挨拶をして微笑んだ。
「素敵なお嬢様ですね。」
社交辞令のような言葉を彼は述べた。しかし心には思っていないようだ。口の端が笑っている。
「そうだろう、香織は本当にいい子なんだ。」
父は彼の表情には気付きもしないで愛娘の自慢をし始めた。
(何だか失礼な方だわ)
香織は最初に素敵な人だという印象を受けたので、少し残念に思った。
しばらくして父の話が終わると、香織は彼に質問を投げかけた。
「外観は素敵な洋館ですけれども、内装はどうなっているのですか?」
「内装も外観と同じように洋風ですよ。お時間があったら、今度見学にいらしてください。」
この提案に香織は喜んだ。ずっと気になっていた洋館の中に入れるなんて。
やや下がり気味だった彼への評価が少し上がった。
「私の友人も一緒に連れてきてもよろしいですか?」
「ええ、もちろん。」
黒川は微笑んで了承してくれた。その後しばらく香織は父と黒川と話をしていたのだが、裁縫の課題があったので途中で部屋に帰ることになった。
「それでは、また。」
香織は席を立って挨拶をし、部屋を後にしようとした。が、1つ気になって振り返った。
「・・そういえば、黒川さまは父の知り合いだったのですか?」
この問いかけに2人は少し動揺したように見えた。ほんのわずかに間が開いた後、
「はい。もっとも僕というよりは、僕の父が香織さんのお父様と知り合いです。」
と黒川が答えた。
香織は納得して笑いながら言った。
「そうでしたか。これからもたまに家に遊びにいらしてくださいね。父も喜びますから。」
「ええ、ありがとうございます。」
香織は父の相手になってくれる人が増えたと内心喜びながら部屋を後にした。
次に黒川に会うことになったのは、意外にも次の日であった。
学校に行くともうすでに洋館に越してきた香織の隣人が話題になっていた。
「すごい大金持ちの御子息らしいですわ。」
「お一人でお住まいなのかしら?」
「洋館の中はどんな感じなのかしら?」
黒川に既にあっている香織は、少し誇らしく感じた。みんなの噂の輪から麻里と楓が抜けて香織の元にやってきた。
「おはよう、香織。あなたの隣人さんは人気者ね。」
「でも確かに洋館の中身は気になるわー。」
2人にとっても黒川は興味深い対象のようであった。
「あら、私はもう洋館にいく手筈を整えましたわ。友人も連れてきていいって言われたから、2人もいきましょう?」
香織がこういうと2人はさすがといったような顔で香織を見て、今日行きたいとせがんだ。
香織自身も早く洋館の中身を見たかったので、2人に言われるまま今日の帰りがけに行こうということになった。
やはり洋館は素敵だった。帰りに尋ねると黒川は急にもかかわらず愛想良く出迎えてくれた。
「急に押しかけてすみませんでした。」
香織が謝ると何大したことないと言ってくれた。麻里も楓も黒川の美貌に慄いていた。
「あの・・今日はありがとうございます。」
2人はそう言って恥ずかしそうに挨拶をした。
「いえいえ、大したことありませんよ。ゆっくり遊んでいってください。お茶菓子を出しますから。」
黒川はそう言って笑った。
洋館の中は本当に素晴らしかった。深い茶色の木でできた床に赤色の絨毯が敷いてあった。
特に飾られている彫り物が香織の目をひいた。
「この彫り物は・・?すごく綺麗だわ。」
「これは軽井沢彫りですよ。姉と母が好きで集めていたのですが、あまりにも多く集めて実家に置けないというので拝借したのです。」
香織はこの彫り物が大層気に入った。話を聞くと手鏡などもあるそうだ。
「今度お父様におねだりしてみようかしら?」
そういうと
「可愛くやらねばなりませんね、うまくいきそうにもありませんが。」
と黒川は笑って言った。彼にはしばしば香織を揶揄う気持ちが芽生えるようだ。
「あら、私はおねだり上手ですわ。もっとも黒川さまに見せる機会はございませんけど。」
香織はやり返したい一心で言った。面白そうな表情を黒川は浮かべて、庭へと香織たちを案内した。
「お庭も珍しい木が植ってますね。」
麻里が驚いて言うと黒川は
「まだ開発途中なのですが。」
と言った。連日庭師を入れているようだが、まだ満足していないらしい。
「あずまやもあるんですね!」
楓があずまやの方へと近づいていったので、他も何となく続いた。
あずまやは確かに素敵であった。時間がそこだけゆっくり感じられるような雰囲気が漂っていた。
「これは何かしら?」
麻里と楓はあずまやの隅にある少し大きめな黒い箱を見つけた。
香織も黒川も紅葉し始めた木について話をしていたので、2人が箱を開けようとしていることには気が付かなかったのだ。
「開けてみてもいいかしら。」
2人がちょうど箱を開けようとした時に、香織と黒川の目線が2人に向いた。
黒川が珍しく焦った表情をしたように見えた。
「それを開けてはいけません!」
しかし時すでに遅しだ。黒川が言い終わらないうちに2人は箱を開けてしまった。
「ぎゃぁぁあ!」
凄まじい2人の叫び声と共に沢山のヒキガエルが現れた。
「・・・これは何なのですか?」
香織は驚いて黒川に尋ねた。
「実は、庭を綺麗にしている時にヒキガエルが棲みついていることが発覚し、庭師に捕獲しておいてもらったのです。」
と黒川は説明した。しかし、こんな結果になるとは思いもしていなかったのだろう。肩を揺らして笑いを我慢しようとしているようだ。
そんな姿を見れば香織も笑いが込み上げてきた。2人の笑いは、麻里や楓にも移ったようである。
気づけば4人で大笑いをしていた。
その後、室内で美味しいお茶菓子を食べ、お開きとなった。
「今日はありがとうございました。」
3人でお礼を言うと、また遊びにおいでと黒川は言ってくれた。
「あの・・黒川さまはこの洋館にお一人でお住まいになられるのですか?」
麻里はこんな器量良しでお金もある黒川が独り身なのに納得がいかないようだった。
「今は使用人と僕だけですね。仕事が忙しくて32歳になっても身を固めたいとは思わないのです。それに時が来れば必ず変化は訪れると思っているのです。」
黒川はそう言って笑った。
「必ずしも生き急ぐ必要はないのですよ。」
香織は大いに納得したが、麻里や楓は皮肉ととったようだ。
「それは結婚が決まっている私たちへの当てつけですか?」
と言って2人は笑って言った。
「そうかもしれませんね。」
黒川もこう応じ、楽しい放課後の時間が終わったのだった。