なんにも起きない病気
ある日、何にも起きない日々を過ごす女子中学生が、身体に何の害も起こさないウィルスに感染した。
彼女は部活の帰り道、梅雨時の夕方、自転車を漕いでいた。
田んぼとアスファルトの隙間の砂利道、タイヤはじゃりじゃりと音を立てた。
砂利道の「じゃりじゃり」は田舎の惨めさを演出するSE。
彼女は鼻をひくっと鳴らし空気を吸い込んで「夕立が近いな」と独り言を言った。
曇り空を眺めながら「東京に行きたい」と思いながら、20km先の空港から飛び立つ旅客機を目で追った。
彼女の体内でウィルスは着々と数を増やしていた。バレーボール部のメンバーにも伝染していた。ただ、誰一人として症状が出ることもなく、皆彼女同様に日々を悶々と過ごしていた。それは、ウィルスの感染とは無関係の出来事だった。
たとえば何らかの怪我をして、たまたま病院でレントゲン撮影をしたり、血液検査をしたりしても、医者は何ひとつ異常を発見することはできないだろう。
このウィルスはヒトを始めあらゆる生物に、なんにも害を及ぼさないからだ。
「彼氏が欲しいな」と彼女は思った。
雨粒がぱたぱたと音を立てて、アスファルトに点をつくりはじめた。
何にも起きないウィルスは、彼女の吐息から風に乗り、名残惜しそうに彼女のまわりをしばらく漂った後、空に舞い上がった。