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第七話 初めての看病

「ふっふふっふっ古き竜よっ! ぼぼ僕は、わからない! どどうすればよいのかっ! よいのでしょうかっ!?」


 灰色の雲がめいっぱいに広がり、冷たい雨を降り注がせている、じめじめとした憂鬱な空。

 いつまでも続く単調な雨音に眠気を誘われて、夢とうつつを行き交っていると、景気の良い竜の叫び声によって叩き起こされた。


 目前にまでやってきた緑竜はいつも通りに慌てふためいていて、焦燥感でいっぱいの顔で『どうしよう、どうしよう』と独り言をつぶやき続ける。

 ただただ無様に狼狽するばかりで、一向に本題を切り出そうとしてこなかった。


 またこれか。今回は悩んでいるというよりは慌てている様子だが、どんな問題が起きたというのだろうか。

 あと、緑竜の角に白い花びらのある飾りがくくりつけられているのが気になった。

 竜は本来、装飾などには縁が無いものだ。その物珍しさには目を引かされる。


「その右の角についている花はなんだ?」

「……あ、これはですね!」


 花飾りについて訊いてみると、瞬き一つで慌て顔が得意顔に化けた。もはや演技を疑ってしまうほどの早変わりぶりで、なにも言葉を挟めない。


「あの娘が贈り物と称して、僕の角にくくりつけたのです。何の意味があるのかはわかりませんが、宝物として大切にしています!」


 角についている飾りを爪先で大切そうに撫でながら、実に幸せそうにへらっと笑って見せた。


 前々から思っていることだが、立ち振る舞いがだいぶ竜からかけ離れてきている。もはや竜よりは人間に近いといえよう。

 『実は僕、竜に化けた人間だったんですよー! ハハッ!』と明かしてきても、『やはりそうだったのか』で納得できそうな気がした。


「して、今日は何の用なのだ」

「ハッ! そうだった、大変なことになってしまいました!」


 緑竜は瞬時に大慌てを再開すると、口から炎を漏らしながら抱き着くようにして掴みかかってきた。

 神秘的な陽光にあふれる天国から、漆黒の闇に沈む地獄へと落ちるまでに、一秒すらもかかっていない。情緒不安定すぎである。


「あの娘がケガをして、それから調子が悪そうにしているのです! なにか病にでもかかったに違いない! なんてことだ、このままでは死んでしまう……! どうしよう、どうしよう、どうしよう」

「いいから落ち着け」


 とりあえず、緑竜の頭を鷲掴みにして力ずくで引きはがして、頭を地面に力いっぱい押し付ける。

 しばらくそうして取り押さえておいて、だんだんと落ち着きを見せてきたところで解放してやる。


「ヒイッ……」


 すっかり静かになった緑竜は、のろのろと身を起こすも、腰が抜けたのか後ろ足がぷるぷると震えて立ち上がれずにいる。

 かなり怯えが入った上目遣いを向けてくるので、脅しすぎてしまったか。が、いちおう興奮は抜けたようなので良しとしておいた。話をしていれば、そのうち立ち直るだろう。


「頭は冷えたか? では、詳しく話せ」

「ハ、ハイ、申し訳ない……ええと……娘が木の根に足を引っかけて転んだときに膝をケガしたのです。それからずっと調子が悪そうで……」

「ケガか。傷の具合はどうだったかわかるか? 腫れたり膿んだりは……ああ、ケガをしたところが赤みを帯びて、不自然に膨らんだりはしていなかったか?」

「……そういえば、そうだったような」


 聞いた感じだと、傷からなにか悪いものが入っていそうである。

 緑竜の答え方はどうもおぼろげで、あまり自信は無さそうだ。確証を取るために、もう少しだけ突っ込んだ質問をしてみる。

 

「そうか。それでは、具体的にどう調子が悪いと言っていたのだ?」

「体が熱をもって、ひどく疲れると言ってました。立って歩くことは普通にできるのですが、半日も経たずに疲れ切ってしまうので、今は住処でずっと横になっています」

「ふむ。では、娘の顔色はどうだった? 青ざめていたか? 赤らんでいたか?」

「顔色……人間だから、皮膚の色? それは色が変わるものなのですか?」

「……わからないのならいい」


 きょとんとした顔で聞き返してくるので、すぐさま説明を放棄する。

 そういえば普通の竜は、鱗の色つやで体調の良し悪しを判断するものだった。

 人間と付き合い始めたばかりの竜に、人間の顔色の微細な変化などがわかるはずもなかったか。


 今後、手遅れになるまで娘の体調不良を見抜けないようなことがないか心配だが、今はどうしようもないのでひとまず置いておく。


「よくある熱病だな。怪我をしたときに、傷から毒が入ってしまったのだろう」


 頭の中でこれまでの話をまとめてみると、やはり感染症にかかったという線が濃厚だろう。

 今のところ症状は致命的ではなさそうではあるが、これから悪化する可能性は十分にある。すぐにでも処置しなければならない。


 人里であれば薬が手に入ったのだろうが、ここは人跡未踏の山奥である。そんなものなど常備しているわけがない。

 さて、代わりになるものは何かあっただろうか。


「ま、まさか、人間はケガをするだけで病にかかるというのか!? そんな、なんだその弱さは! どうすればいいんだ!? このままではあの娘が死んでしまう!」

「だから落ち着け」


 緑竜がまた暴れ始めたのでもう一度押さえつけると、即座に静まり返った。


「この山で娘の助けになれる者は、おまえだけなのだぞ? そのおまえが一番にうろたえてどうするのだ」


 怯えが多分に入った顔をしている緑竜は、すがるような視線を向けてくる。

 実に情けない顔だ。同じ竜族としては、少しは自分自身で考えて行動できんのかと思って、見ていると苛立ちが湧いてくる。


 が、これも仕方ないことだと思う。

 竜族は例外なく頑健なもので、病を知ることなく生を全うする者がざらにいる。病に縁のない竜に、人間の病をどうにかしろというのは、かなりの無茶振りであるのだ。


 ここは先達である私が導いてやるべきなのだろう。


「私は人間の病気を看たことがある。今から治療法を考えてみよう、しばし待て」

「なっ、なぜあなたはそのようなことまで……」


 疑問符を大量に浮かべている緑竜からの質問は無視だ。


 これまでに蓄積してきた知識を総動員する。

 熱病に効く栄養のある食べものや、薬の類は何だったろうか。それはどこから採ってきて、どうやって加工していただろうか。

 この山の植生はどのようなものだったろうか。薬効のある草はどんなものだったろうか。


 ふと、緑竜の角についている花飾りに目が行って、ぴんと閃く。

 そういえばこの花は、消毒に使える薬草ではなかったか。そして、同じものを捧げものとして貰ってはいなかったか。

 その気づきをきっかけに頭が精力的に回り出して、かつて医師をやっていた頃の記憶が次々と蘇ってきた。


 洞窟の脇にある雑多なものが積まれた山に目を向ける。山に棲む獣たちが私に捧げてきた品々である。

 捧げものの山に指を差し込んで、爪先で一つの草を摘まみ上げる。緑竜の花飾りと同じもので、花びらだけを取り払ったものだ。

 これは人間の間で香草として使われているが、茎の部分が強い消毒作用を持っている。人間たちによって、古くから薬草として利用されているものだった。


 他にも何かないかと漁ってみると、薬効のある草と木の実がもう一種類ずつ見つかった。どれもこれも、熱病に効く品ばかりである。

 いざ探してみると、使える物があるところにはあるものであった。


「この草を水でよく洗ってから娘に渡して、傷口に巻きつけるように指示せよ。それと、この草と木の実を湯でせんじて娘に飲ませるのだ。今回のような熱病に効くはずだ」

「……本当にこのようなものが効くのですか?」


 緑竜は地面に並べられた草を見て、いぶかしげに疑問を口にする。

 竜には一生縁のないようなものだから、効果も何もわかったものではないのは当然ではあろうが。


「私の知恵を信じられんのか」

「いっ、いえ! 失礼しました!」


 今はつべこべぬかさず言うとおりにしてもらわないと始まらない。

 有無を言わさずにらみを利かせてみると、緑竜は即座に降参して無防備な腹を見せる。が、すぐに起き上がると熱心に質問を始めた。ちゃんと学ぼうという意思はあるようで何よりである。


「質問があります。『せんじる』というのは、どういう意味なのでしょうか」

「それは人間がやる料理の応用でな、火で熱した水に草を入れることで、草に含まれているものを溶かしだすことができるのだ。薬草をせんじれば、薬となる水を作ることができるぞ」

「なるほど。そういえば、娘が鉄の器を使ってそのようなことをしていたな。あのやり方を真似すればなんとかなるか?」


 問いに対して必要なだけ答えてやると、緑竜はいたく感心した様子でコクコクと細かくうなずく。

 娘の行動を観察していた甲斐があったか、とりあえず理解は支障なくできていそうだった。


「この薬草は一つずつしかありませんが、これだけで娘の病を癒すことはできるのでしょうか?」

「さあ、どうだろうな。これで足りるかもしれんし、足りないかもしれん」


 曖昧に答えをくれてやってみると、緑竜はとたんに不安そうな顔をする。

 が、じっくりと考える仕草を見せ始めると、二呼吸ほどの間を置いてから震え声で質問をしてきた。


「こ、この薬草は、どこから持ってきたものなのでしょうか」

「これは山の獣たちからの捧げものだ。私自身が採ってきたものではないから、どこにあるのかは知らん。が、すべてこの山に自生している物のはずだ。

 もしこれで足りなかったら、お前の手で探し出して採取するのだ。この色と形と匂いをよく覚えておくのだぞ」


 そう言ったとたん、緑竜は鼻先を薬草に押し付けると、忙しく鼻を鳴らしながら必死の形相で凝視し始めた。

 マタタビにあてられた猫のように、しつこく匂いを嗅ぎ続けている。娘を救うために必要なものの全てを、己の記憶に刻みつけようと頑張っているようだ。


 その殊勝な姿を見ていると、胸の内に暖かな気持ちがこみ上がってくる。もう一歩踏み込んで手を貸してやってもいいかと思えた。


「人間の病気に効く薬草はそれだけではないぞ。探せばより良く効くものが見つかるかもしれんな。摘んだものをここに持ち込んでくれば、使えそうなものがなにかくらいは教えてやろう」

「……えっ、そのようなことまでされると? 本気なのですか!?」

「ふん、ただの気まぐれよ。この私の温情をありがたく思うのだな」


 信じられないと言った顔で問いただしてくる緑竜を、鼻で笑ってあしらっておく。

 私がここまでやるとは思っていなかったか、緑竜は困惑をまったく隠せていないが、やがて素直に頭を下げて感謝しだした。


 さすがに大盤振る舞いしすぎたかもしれない。面倒を見てやりすぎたせいで、私に依存してしまわないかが心配だ。

 まあ、ここまで何度も相談事に乗ってやっている以上は今さらか。


 緑竜は薬草を慎重にくわえ持つと、大切そうに口の中へとしまう。それから姿勢を正して座り直すと、私に目を向ける。


 その顔に、ここにやって来たときに見せた焦燥はもう見られない。娘を己の手で助けてやるべく苦難に立ち向かおうという、成竜らしい気迫がある。

 この調子なら、もうだいじょうぶそうだと思えた。


「何から何までありがとうございました! それでは行って参ります!」


 緑竜は翼を広げて、娘が待っている泉のほうへと飛び去って行く。

 迷いのない自信に満ちた羽ばたきを見ていると、ふしぎな達成感があった。

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