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傾界の聖女  作者: たま露
【教会領 編】
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7 挨拶と同志

 目的地はすぐそこですからと、ジルはユウリの申し出を丁重に断った。


 ジルは今、灯りを消した寝台の上でひとり唸っている。


 急いで寄宿舎に戻ると、エディは慣れないことをした為か、とても疲れていた。それでもジルが心待ちにしていたのを知っている弟は、稽古内容を教えてくれようとした。けれどジルは、明日の朝も早いのだからと、エディを寝台に押し込んだ。本当は今日聴きたかったけれど、弟の体調が最優先だ。ジルは逸る気持ちを抑えて思考を切り替える。


 ――護衛騎士ならともかく、大神官様にここで遭うとは思わなかった。


 水の大神官、ナリト・シャハナは攻略対象の一人だ。そして生界の東方に位置する、タルブデレクの領主でもある。


 教会には神官、司教、枢機卿などの役職があり、試験や指名によって任ぜられる。


 しかし聖女と大神官はこれに当てはまらなかった。両の掌に御印が現れたら、否が応でも責務として課せられるのだ。聖女はその希少性と役割から様々な制限を受けるけれど、大神官は月に一度の祈祷さえ行えば良く、それ以外の行動に制限はなかった。


 ナリトの母親は先代領主の第二夫人だった。母親は己の子が領主になれないことを妬み、第一夫人の息子、ナリトよりも五歳年下の嫡男を毒殺した。しかし犯行はすぐに露見することとなり、母親は修道院送りとなった。先代領主は、この件で憔悴した第一夫人の療養という名目で離宮に移り、ナリトに地位を譲ったという。療養に偽りはないけれど、それとは別に政権の私物化が問題となっており、領主交代は教会からの後押しを受けたというのが実態だ。


 息子を自己顕示の手段としか見ていなかった母親の愛情は、偏ったものだった。元々、継承順位第二位という地位に寄ってくる者は多かった。ナリトが十六歳で大神官に就いてからは、端正な顔立ちも相まって近付いてくる女性は更に増えた。皆、位と顔しか見ていないのだと判ってはいたけれど、愛情やぬくもりに飢えていたナリトは拒まなかった。それでも己の立場は弁えており、悪評が立つような事はしなかった。


 しかし、そのタガが壊れる事件が起きる。


 十八歳のナリトは領主就任の挨拶を行うため、教会領を表敬訪問していた。聖女や教皇との拝謁を終えリシネロ大聖堂の扉をくぐった直後、凶刃が振るわれた。毒殺された弟の侍女だった者が恨事からナリトを狙ったのだ。しかし、その刃は側付きの体に阻まれた。聖神官が呼ばれ治療にあたったけれど、凶器であるナイフには猛毒が塗布されており、側付きは帰らぬ人となった。


 幼い頃から兄弟のようにして育ち、唯一信頼していた者を喪ったナリトの心身は荒れた。浮名を流すのも遠くないことだった。


 そして四年後、二十二歳となったナリトはヒロインである聖女と出逢う。打算のない行動に、やさしくも強い心を持った彼女と旅をするうちに真実の愛に触れ、救われるのだ。


 ――同情を禁じ得ない境遇だけれど……ん? 側付きの人、生きてたよね。明日の確認があるって。


 教会領にいることが珍しい大神官が滞在している。それは、領主就任の挨拶のためではないだろうか。ならば、あの側付きであるユウリは明日、ナイフで刺されることになる。


 正直なところジルは、攻略対象達に興味は無かった。剣を交える予定の護衛騎士は警戒対象だけれど、その他はヒロインに任せておけば大丈夫だと思っている。しかしまだ新たな聖女は現れておらず、ユウリは攻略対象ではない。


 ――ユウリさんを助けよう。弟を愛する同志として!


 ジルは明日の予定を確認する。聖女との謁見はお昼前には終わるはずだ。午前中は魔力の講義だから、途中で抜け出せば間に合う。


「よしっ」


 両の拳を握り、思わず気合を入れてしまった。しんと静まった部屋の中、衝立の向こうからエディの規則正しい寝息が聞こえてくる。起こしてはいないようだ。ジルはほっと息をつき、寝台に潜り込んだ。明日はきっと死ぬほど疲れるだろう。

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