1 ジル<10歳>
初投稿です。宜しくお願いいたします。
天窓から降りそそぐ黄色や橙色。祭壇はあたたかな光に満ちていた。女神ソルトゥリスを象徴する色ガラスで造られたステンドグラスは、磨きあげられた石床に大きな円を描き、まばゆい紗幕を下ろしている。
その光のなかで、一人の少女を背にかばい、両手を大きく広げた少年がいた。少年の体には一筋の紅いわだちが奔り、紫の双眸は驚きに見開かれている。振り下ろされた大剣の持ち主、黒い騎士服をまとった青年の顔は見えなかった。
「エディの死亡回避ルート、やっぱり無いかぁ」
ゲームのコントローラーから手を離し、ため息をつく。注視していた画面では仲間の一人である少年が、今まさに息を引きとっていた。
――どうして推しはいつも儚いのか。
これまでにゲームは何本もプレイしている。けれど、お気に入りとなったキャラクターはことごとく途中退場していた。とはいえ、不遇、薄幸キャラに惹かれる性分はどうにもならない。
恋愛シミュレーション、いわゆる乙女ゲームは得意ではなかったけれど、この作品は戦闘システムが面白くはまっていた。来月にはシリーズの新作が発売される。だから年末年始の長期休暇を利用して、ストーリーの復習をしていた。
一作目の主人公は平民の少女だ。十六歳になり教会で成人の礼拝をおこなった際、次代の聖女であることを示す御印が両の掌に浮かんだ。
当代の聖女は力が衰えており、近年急速に魔素の濃度は上昇。各地で魔物による被害が増えていた。ヒロインが住んでいる世界=生界の安寧のため、聖女の力を完全なものとするべく四つの神殿を巡る旅に出る、といった有り体な内容だ。
攻略対象は神殿のある領地で出逢う四人の大神官と、護衛騎士の一人。大剣で斬られた少年は教会から移譲された従者で攻略対象ではない。隠しキャラの可能性に賭けてルートを探してみたけれど、死亡は回避できなかった。
一作目のおさらいは済んだから次は二作目、とゲームソフトに手を伸ばしたところで、ひどい倦怠感に襲われた。
◇
――嫌な夢をみた。
寄宿舎のかたい寝台のうえで、ジルは倦怠感とともに目覚めた。
常にひんやりとした空気に包まれている教会領は、暑くもなければ特別寒いわけでもない。しかし肌はじっとりと汗ばんでおり、寝衣は体に絡みついている。
夢の中でジルは知らない場所にいて、知っている場所をみていた。ゲームと呼んでいたそれが映し出していたのはここ、生界での出来事。そして紫眼のエディと呼ばれていた少年は、弟によく似ていた。
ゲームでは十四歳と言っていたから、とジルは覚醒しきらない頭で考え、手足が硬直した。
――七年後に弟は死ぬ。
その場景にいたれば空気の塊が喉に詰まったようで息ができず、血の気が引いた。あれはただの夢。最近ちょっと忙しかったから、疲れがでて悪い夢をみたんだ。
そう思いたいのに、疑う心が不安の波紋をひろげる。
夢は自身の記憶をもとに構成されるという。ならばどうして訪れたことのない領地の様子を、あんなにも鮮明に見ることができたのか。
そして魔物の被害だ。ゲームの状況ほどではないけれど、確かに最近、神殿騎士団の遠征が増えている。その影響で教会は少し慌ただしくなっていた。本当に聖女の加護が弱まっているのだとしたら。
――エディは、私が護らないと。