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傾界の聖女  作者: たま露
【教会領 編】
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18 風の大神官 ルーファス・リンデン

視点:ルーファス

 手紙と聞いても神官見習いの少女は何のことか分からないようだった。そこへユウリがお菓子、と一言零せば思い当たる節があったらしい。顔が明るくなったと思ったら、次は気まずそうに目を泳がせていた。


 ――忘れてたのかな。


 しどろもどろな少女は結局のところ観念したようで、ナリトの従者と連れ立って行った。その後ろ姿は、連行される罪人のようだとルーファスは思ってしまった。商人に堂々と対峙していたふるまいは見る影もない。


 窓から少女と商人をとらえた時には足が動いていた。二階の客室から真っ直ぐに裏口へ向かった。洗濯場に着いたルーファスが目にしたのは、少女が洗濯棒を薙ぎ払った姿だった。


 丈の長い灰色の裾が、空気をはらんで踊る。結い上げられた銀の髪は乱れることなく、流されていた前髪が遅れて顔にかかった。少女の凛としたさまは冴ゆる風が渡ったようで、目が離せなかった。


 ――腕を掴まれて怖い思いをしたに違いないのに。


 息を呑んで立ち尽くしていると、それまで無感動だった少女の唇が微笑みに象られた。嫣然ともいえる紫の瞳は、寝台の上で覗き込んだやわらかな輝きとは異なっており。


 ――少し、冷まそう。


 自分の不注意により少女を押し倒してしまった事実を思い出し、ルーファスは顔が紅潮するのを感じた。まだ夕餉の刻ではない。宿泊棟の備品室から正面口に足を向ける。


 礼拝堂に続く石畳を踏めば、冷涼な風が熱をさらった。参拝者と行き交うなかで黒髪が目に入る。タルブデレク領に多い髪色だ。


 大神官総会は毎年臥ノ月に、ここリシロネ大聖堂で開かれる。新任の顔合わせを除き、出席に義務はない。いつもは顔を出さないナリトがいたことに、ルーファスは少なからず驚いていた。それでも近年の異変を鑑みて、と推察していたのだけれど、ユウリの言葉を聞いて腑に落ちた。少女の様子は気になったけれど詮索はよくない。謝儀ならば悪い事にはならないだろうと思考を打ち切った。


 傾いた陽はステンドグラスを照らし、礼拝堂の白い壁を夕焼けに染め上げている。見上げるほどに高く伸びたガラス窓。幾重にも連なる円みを帯びた広い天井は建築技術の高さ、教会の権威を表していた。


 中央の祭壇には行かず、ルーファスは並べ置かれた長椅子の一つに腰を下ろした。掌を上に向けて両の手を重ねる。光を受けとめるように軽く手を曲げ、女神への祈りを捧げた。


 心静かに、祈りを捧げる日々は嫌いではない。それでもルーファスは、幼い日に描いた夢を忘れたことはなかった。癒されるよう、居心地がよくなるよう客室を丁寧に整える。疲れた様子で訪れた客も、翌朝には笑顔で出立していた。それを見送るのが好きだった。


 ルーファスは今、リング―シー領の司教から司教補の打診を受けていた。これを受諾すれば夢は一層遠いものになる。否と返したら落胆されるだろうか、愚かだと責められるだろうか。両親や司教の期待を裏切るのだと、痛む心に目を閉じそうになる。


『私は“リンデン様”を支持します』


 それでも、独りではないと言ってくれた少女の存在が、瞼を押し上げた。今朝の恩返しだろうけれど、その言葉はルーファスの心を照らしてくれた。愚かにも宿屋を手伝って欲しいと言ったら、少女は助けてくれるだろうか。


 ――きっと楽しいだろうな。


 食い入るようにシーツの交換手順を覚える姿は、父に教えを乞うた自分と重なった。二人で洗濯物を取り込んだ時は、いつもありがとうと笑う母を思い出した。備品室への道中、心はぽかぽかと温かかった。


 神官を辞めたいと申し出ても、すぐには認められないだろう。けれど意思を伝えなくては何も始まらない。風の聖堂に戻ったら、まずは司教補の話をしようとルーファスは立ち上がった。

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