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傾界の聖女  作者: たま露
【教会領 編】
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17 支持とお礼

 その声を耳にするのは本日三度目だ。すぐに誰だか分かった。


 ――見られた? 見たよね。どうして洗濯場に。


 なぜあんな動きができるのか追及されるだろうか。ジルは錆びついたネジのように首を回す。宿泊棟の裏口に、ルーファスが立っていた。おだやかな足取りで浅縹色の裾をさばき、商人に体を向ける。


「この場所が、客室から見えることはご存じでしょうか」

「い、いや」

「どうぞお引き取りください」


 丁寧な口調ながら、その姿には有無を言わせぬ圧があった。顔面蒼白の商人は他言しないと約束し、ばたばたと慌ただしく去って行く。その姿が宿泊棟に消えるのを見届けたルーファスは、ジルに向き直った。


「ひどい事をされたり、言われたりはしていませんか……?」


 今朝と同じ気遣わし気な視線を受けてジルは思う。客室からジルと商人を見つけたルーファスは、心配してわざわざ出向いてくれたのだ。争いごとは苦手なのにもかかわらず。どうしてこの優しさを、労わる気持ちを自分に向けてあげないのだろうか。ゲームの通りなら、ルーファスは今も嫌がらせを受けているはずだ。リング―シー領の聖堂へ物言いに行きたいけれど、ジルは教会領から自由には出られない。


「はい、何も。お口添え、ありがとうございました。申し遅れました。私は神官見習いのジル・ハワードといいます」


 ジルには嫌がらせの現場を押さえることも、物的証拠を掴むこともできない。ルーファス自身が動かなければならないのだ。ジルは歯痒さから少々語気が強くなってしまう。


「風の大神官様とお見受けいたします。お役に立てることがあればお申し付けください。私は“リンデン様”を支持します」


 一歩詰め寄り、あえて職名を外して呼びかけた。気付いてくれるだろうか。ジルの発言にルーファスは瞬きを繰り返している。やがて、その表情は眉尻を下げた笑みに変わった。


「ありがとうございます」


 ルーファスの瞳は陽光を透かした葉のように煌めいていた。それでは、と傾げた首と一緒に飴色の髪がやわらかに揺れる。


「そちらの洗濯物を取り込ませて貰えませんか?」

「いえ、それは」

「“ジル嬢”は僕を支持してくださらないのでしょうか」


 尻すぼみになっていく声はとても悲しそうで、演技か本心か分からない。加えてジルも職名を外して呼ばれてしまった。ルーファスと洗濯物に視線を往復させたジルは、観念して了承した。


 ルーファスの手際は見事なもので、あっという間にカゴは折りたたまれた洗濯物で一杯になった。大きなシーツは本来二人でたたむものだ。けれど一緒に従事する予定だった同僚は、急遽使用することになった菊の間の清掃に駆り出されていた。


 よれや捻じれひとつなく畳まれた布は角が揃っており、とても綺麗だ。充足感とともに笑顔でお礼を伝えれば、ルーファスからはにかんだような笑顔が返ってきた。


 ――ふかふか寝台のために、もう一押しした方がいいかな。


「次は私がお助けします。リンデン様はお独りではないことを、覚えていてください」

「頼もしいです。ジル嬢はお強いですから」

「あああ、あれは、」

「他言無用ですね」


 くすくすと楽しそうに紡ぐルーファスへ、ジルは首が折れるのではないかという程に頷いた。これ以上は危険だと勘が囁いている。洗濯物を宿泊棟に運んだら奉仕は終わりだ。不要な追及を防ぐため、ジルは洗濯物が山と重なったカゴを抱えた。不意に腕の中が軽くなる。


「僕も戻りますから、一緒に運びましょう」


 結局、半分以上の洗濯物をルーファスに運ばれてしまった。ジルはいつ追及が飛んでくるのかと、冷や冷やしていた。しかし宿泊棟への戻り道で、ルーファスに話しかけられることは無かった。一階の備品室に洗濯物を収める。今度こそ辞去をと口を開いたジルは、見覚えのある人影に固まった。


 ――分かった。今日は厄日だ。


 ジルの視線を追ってルーファスが振り返る。二人は顔見知りなのだろう、お互いの様子に警戒はみえない。もっとも、何故ジルと一緒にいるのか不思議そうではあったけれど。


「カライト様、どうされましたか? 大神官総会について何か」


 藍墨色の髪をした青年は足を止め、腹部に左手を当てて風の大神官に礼をとる。


「いえ、総会については恙無く。此度は主の命により、ハワード神官見習い様のお迎えに上がりました」


 水の大神官であるナリトの側付き、ユウリは恭しく答えた。


 ――迎え? どうして……あ。逃げたい。


 きっとあの日のことを問われるのだ。ジルの心中は渦を巻き、顔は青くなった。そんなジルにルーファスは気遣わし気な視線を向け、ユウリから遮るように半歩身を出した。


「彼女がナリト大神官になにか……? 僕も同席しましょうか?」


 前半はユウリへ、後半はジルに問いかけている。庇うようなルーファスの行動におや、とユウリの眉が動いた。しかしそこは領主の側付きだ。変化は一瞬で元の表情に戻っていた。


「主がハワード神官見習い様に内々でお礼をしたいと。この件については手紙にも記しておりましたが……」

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