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傾界の聖女  作者: たま露
【教会領 編】
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10 夢と不審者

 ジルは夢をみていた。魔物に襲われたときの夢だ。


 神殿騎士であるウォーガンに保護された姉弟は、村から一番近い教会に馬車で移送された。移動の間中、ジルの掌には聖の文様が浮かんでおり、自己回復を行っていたそうだ。教会に着いた時には頭の傷はおろか、裂け切れた髪まで伸びていたとウォーガンは言っていた。


 しかし幼い心身が受けた負荷は大きく、ジルは十日間眠り続けた。幸いエディに大きな傷は無かったけれど、姉が目を覚まさないのだ。ろくに食事もとらず、ずっと手を握り、夜は寝台へすがるようにして眠っていた。


 目を覚ましたジルが見たのは、自分と同じ髪色をした小さな頭だった。眠っているのだろうか、風邪を引くよと弟の髪を撫でる。するとエディは弾かれたように起き上がり、抱きついてきた。表情が動かない弟にしては珍しく顔をくしゃくしゃに歪めて、目からは止め処なく涙が溢れていた。わんわんと泣き声を上げる様子に、こんなに大きな声が出せたんだ、とジルは驚きと共に思わず感心してしまった。


 ずっと眠っていたジルには、ここがどこか分からなかった。けれど、隣にはちゃんと弟がいる。エディに心配をかけてしまった申し訳なさと同時に、こんなにも喜んでくれている擽ったさに胸があたたかくなった。


 目を真っ赤にして泣いている弟の涙をぬぐうために手を伸ばす。


『あなたが無事で良かった』


 ◇


 ジルの目に飛び込んできたのは、自分と同じ髪色をした頭だった。声を上げて泣いてはいないけれど、眦に涙を湛えて顔を歪めていた。あの時と同じように手を握ってくれている。繋がれていない方の手でジルは弟の髪を撫で、心配させたことを謝った。


 ジルが救護室を出たのは、ユウリを助けてから五日後のことだった。四日目には起き上がって朝昼晩とご飯を美味しく頂いたのだけれど、エディやウォーガンにまだ寝ているようにと言い渡されていたのだ。


 いつもはジルがエディに言っている事だ。ウォーガンにも毒キノコを食べたと聞いた時に似たような事を伝えた気がする。いつもとは逆だねとジルが笑って返すと、二人から深いため息をつかれた。


 ジルが刺された日、エディは仕事が終わるや否や救護室に駆け付けていたそうだ。銀髪の子供が刺されたと、そこかしこで囁き交わされていたらしい。教会で働く子供は少なくないけれど、銀髪は珍しい。まさかと思いながら救護室へ行ってみれば、姉が寝台で眠っており絶句したとエディに言われた。ふらつく足取りで近付き、息をしていると確認して、エディは自分が呼吸をしていなかった事に気が付いたそうだ。


 寝台の横には見知らぬ髪の長い男性がおり、色々と訊ねられたらしい。ジルの名前、エディとの関係、年齢や出身の領地。そして好きな物。


 ――私、不審者だしね。でも、どうして好きな物なんだろう。こういう時って、弱点を知りたいものなんじゃないのかな。


 ジルの弱点はもちろん弟のエディだ。それとカエル。村にいた頃、林道でうぞうぞと団子になったカエルの大群に遭遇してから苦手になった。想像しただけでも肌が粟立つ。それよりも、とジルは両腕をさすりつつ脳内からカエルを追い出して、続きを思い出す。


 なぜジルがあの場にいたのか。目覚めてすぐに質問がくると思っていたのに、誰にも訊ねられなかったのだ。様子を見に来たウォーガンに怒らないのかと言ってみたところ、なぜ怒る必要があると返されてしまった。


 どうやらジルは、大神官の落とし物を届けに行ったところ運悪く巻き込まれてしまった、という事になっているらしい。


 ――言い訳を考えていなかったから、とても助かったけれど。


 教会側に経緯を報告したのは、ナリトかユウリだろう。なぜそんな説明をしたのか意図を確かめてみたいけれど、やぶ蛇になり兼ねない。いや、きっとなる。水の大神官が領地へ戻った後に目覚めて本当に良かったと、ジルは心から思った。


 改めてお礼にくる旨をエディに伝えたようだけれど、相手は忙しい領主だ。社交辞令だろうとジルは考えている。


 ――次に会うのは四年後だから、きっと忘れてるよね。


 五日間鍛練を休んでしまった。なまった体を鍛え直さなくては、とジルは意気込んで寄宿舎に帰った。

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