子猫のきずな
明け方、寒くなって目を冷ますと、お母さんがいなかっった。
餌を探しに行ったのかなと思って、じっとしていたけれど、なかなか戻ってこない。
寂しくなってきた。お腹もすいてきたからお母さんを探しに行くことにしたんだ。
隠れていた場所から恐る恐る出てみると、アスファルトが冷たくて、思わず手を引っ込めた。
人が通って慌てて物陰に隠れて、大きな車にびっくりして全速力で逃げて、見たことにないところに来てしまった。
お腹がすいて、足が痛くて、寒くて、疲れて、まだお母さんを探したいけれど、少し休もうと思って、植木の下に入って震えていた。
「にゃー。」
お母さんを呼んでみる。
「にゃー。」
お腹がすいたよー。
「にゃー。」
なんだか少し寒い気がするな。
「にゃー。」
人が通るのに怯えてじっとしていたら、ウトウトしていたみたい。太陽は高いところまで昇っていて、少し暖かくなっていた。
このまま夜になってもお母さんが帰ってこなかったらどうしよう。
勇気を出してもう一度探しに行こうかな。
「にゃー。」
お母さん、どこ?
「にゃー。」
ぼくはここだよ。
「にゃー。」
早く帰ってきて。
急に人の気配がして、小さくなる。
「あー。ねこちゃん、ここにいたー。」
小さな女の子がしゃがんでのぞき込んでいた。
「にゃー。」
あのね、ぼくお母さんを探しているんだ。
「にゃー。」
「ちっちゃーい!もう大丈夫だよ。」
小さな手のひらが伸びてきて、抱き上げられた。小さな女の子の腕に収まって、暖かさに目を閉じた。
「お母さん、見て。」
女の子のお母さんが困った顔をしている。
「ねこちゃん一人でかわいそう。飼ってもいいでしょ。」
「そうねー。うちで飼えるかしら。」
あれ?ぼくのお母さんを探してくれるんじゃないみたい。
でも、少しも力が入らなくて、眠ってしまった。
朝起きると外から子猫の鳴き声がしていた。
どこでないているんだろう。
「お母さん、おはよう。外からねこちゃんの声がするね。」
「そうね。今日もいい天気よ。学校楽しみね。」
ん~。あんまり学校には行きたくないんだけれど、お母さんは楽しみって言うし、休むなんて言えないなぁ。まぁ、学校行くかぁー。
「ねこちゃん見つけたら教えてね。いってきまーす。」
勢いよく家を飛び出して、玄関の前で立ち止まる。
「はぁ~。」
一度止まってしまった足を、気合いをいれて動かして、下を向いてとぼとぼと歩き出した。
重たい足を一歩一歩前に出すことに集中していると、急に結んだ髪の毛を引っ張られて、バランスをくずす。
「あはははは~。」
近所に住んでいる体の大きな大ちゃん。
痛いな。やだな。怖いな。なんで引っ張られなきゃいけないのかな。
学校に着いた。クラスの皆は楽しそうに友達と話しているけど、私は自分の席から立ち上がらない。
「あ~。これ、かわいい~。ちょっと貸して~。」
あっ、それ、お気に入りの鉛筆。りっちゃんは、この前も同じ感じで借りていったけど、なかなか返してくれなかった。返ってきた時にはかなり短くなって、かわいいイラストがかすれていた。
やだな。怖いな。早く返してくれないかな。私の大事な鉛筆、大切に使ってくれないかな。
帰る頃になっても、やっぱり鉛筆は返って来なかった。
とぼとぼと一人で歩いて帰る。いつもなら、学校が終わったことで気が楽になって小走りで帰るけど、鉛筆のことが気になって帰る足取りも重い。
家の近くまで帰ってくるとかすかに聞こえてきた。
「にゃー。」
あれ?まだねこちゃんが鳴いている?
ねこちゃんが泣いているような気がして、家に走って帰った。
ねこちゃんも私と一緒でひとりぼっちなのかな。
「ただいま~。お母さんちょっと来て。」
面倒がるお母さんの手を勢いよく引っ張って、こねこの鳴き声が聞こえた場所まで急いだ。
おかしいな。ここら辺だったはず。
「にゃー。」
また鳴いた。どこだろう?
「にゃー。」
ここらへんかな?
「にゃー。」
このへんのはず。
植木の下をのぞき込むと、こねこがこちらを見ていた。
「あー。ねこちゃん、ここにいたー。」
小さな茶色いねこ。
「にゃー。」
何かを訴えるように鳴いている。
「にゃー。」
「ちっちゃーい!もう大丈夫だよ。」
こねこを手のひらですくい上げた。腕の中に抱いて、その暖かさとフカフカの毛並みに目を細める。
「お母さん、見て。」
お母さんは困った顔をしたけれど、ひとりぼっちって寂しいんだ。
「ねこちゃん一人でかわいそう。飼ってもいいでしょ。」
「そうねー。うちで飼えるかしら。」
「おねがい!絶対お世話するから。」
はっきりと言い切った私に驚いた顔のお母さんは、勢いに押されたようにうなずいた。
「飼えるかどうか、お父さんにも相談しないとね。」
「やった~。お母さんはいいって~。」
仕方がなさそうに笑うお母さんと家に帰って、子猫のご飯を調べたり、必要なものを集めたり、忙しくしているとお父さんが帰ってきた。
「お父さん、お帰りなさい。今日ね、子猫を拾ったの。飼ってもいいでしょ。」
お父さんは最初は困っていたけれど、一生懸命訴える私の顔と、仕方ないわと笑うお母さんの顔を交互に見てからゆっくり言った。
「しっかり、面倒を見るんだぞ。」
「はぁ~い。やったね。ねこちゃん。」
「いってきま~す。」
こねこの病院は、早いほうがいいだろうと、学校に行っているうちにお母さんが行ってきてくれることになった。
勢いよく家を飛び出したら、遠くに大ちゃんが見えた。
いつもなら怖いと思うのに、今日は全然怖いと思わなくて、
「大ちゃん、聞いて。昨日子猫を拾ったの。すごくかわいいんだよ~。」
「おっ、こねこ?見せてよ。」
「いいよ。今度うちに遊びにおいで。」
「おっ、おぅ。」
不思議そうに私の顔を見ているけれど、髪の毛を引っ張ってはこなかった。
学校についても、こねこの話がしたくて、近くの友達に話しかけた。
「昨日こねこを拾ってね、こんな小さいの。かわいいの。」
手でこねこの大きさを作りながら、満面の笑みで話す。
「え~!いいなぁ~!」
「名前はなんて言うの?」
「まだ決めてないんだ。何がいいと思う?」
うちのねこは黒っていうの。うちの犬はチョコだよ。みんなが口々に言っている。
皆は色とか、スイーツとかの名前をつけてるんだ。
大ちゃんだけが、うちの隣の犬は太郎だぞって言ってたっけ。
さすがに猫に太郎はないなぁー。
ぴょこぴょこと楽しそうに話す私を、りっちゃんが遠くから睨むように見ていた。
「ただいま~。」
小走りで帰ってきたから、少し息が上がってる。呼吸を整えながら、手を洗って、こねこを見に行った。
学校で怖いことは起きなかったし、帰ったらこねこはいるし、今日は楽しかったなぁ。
「おかえり。」
疲れた顔をしたお母さんが出迎えてくれた。
病院大変だったのかな?
「病院どうだった?」
「育て方とか色々教えてもらってきたの。」
こねこは毛布が入った箱に入って眠っていた。
―ピンポーン
「誰かしら?」
「こんにちわ~。」
玄関から聞こえたのは、大ちゃんの声。近所の子と一緒にさっそくこねこを見に来たみたい。
「あらあら。」
かなり驚いているお母さんを押しのけて、
「こっち、こっち。」
「今は寝ているから静かにね。」
「しー。」
皆静かに箱の中をのぞき込んで、
「かわいい。」
小さな声で言う。
「名前決めたのか?」
「うん。」
帰り道に見つけた昔のポスターで、気になる言葉を見つけていたんだ。
こねこがうちに来て一日しかたっていないけど、こねこのためにも私がしっかりしようと思った。そう思って学校にいったら、学校も楽しかった。まだ一日しか一緒にいないけど、もう私にとっては大切な家族。
こねこを愛おしそうにみて、
「名前はね、きずなにする。ねっ、きずな。」
語りかけたら、こねこはうっすら目を開けたけど、また、幸せそうに眠り始めた。