その28 この世界にて
薄暗い部屋にギシギシ音がする。
彼女が縄を更に引っ張る。もう手首がちぎれそうだ。
痛みで頭は朦朧とする。足はもう辛うじてつま先だけが付いている状態だ。
痛い…痛い。涙が出るくらい痛い。
でも、まだ頑張れるはず。まだ大丈夫。
まだ…私は出来るはずだ。
「ねぇ、気分はどう?」
「……。」
私はプイッと横を向いた。
「生意気ね。アイザック様、この子にはザイン公爵が来る前に死んで貰いましょう。」
「殺すのは駄目だ。彼女の意識が無くなればザインは来なくなる。」
「面倒ね。確かに囮だから仕方ないけど目障りなのよ。」
私は痛みを堪えながら口を開いた。
「あなたは、な、何がしたいの?」
私はフードの男を睨んだ。
「ザインは敵だ。みんな捕まった。邪魔、憎い、殺すしかない。」
「だめ。に、憎しみからは何も生まれないっ…」
「赤いザインは嫌いだ。青と反する力。いらない」
「よく考えて。皆の幸せを望むならそれは間違ってる。そんな感情で行動してはいけない……あっ!」
「何なのよ。自分の立場わかってる?」
更に縄を引かれた。もう足は床についていない。吊り下げられた状態だ。
「アイザック様少し口を聞けないようにしてあげて。」
「うるさい女。静かにしてろ。」
男が私に向かって手を振った。その手から攻撃魔法らしい青の光が放たれた。無理!当たる!
突然ピンと音がした。光が当たった箇所だけ赤く光った。
「跳ね返された?」
「守りだ。赤の魔法。 」
「ルーズローツのやつがこいつに守りの魔法をかけてるのね。アイザック様なら解けるでしょう?」
「大丈夫だ。破れる。」
氷のように冷たい青色の風が私に向かってくる。
私のまわりで風が弾かれているみたいだ。
私の目の前にはどうも目に見えない壁があるようだ。その風はその壁に弾かれていく。当たる度に赤く光る。私を守ってくれてるようだ。
『ルースだ…こんな時でもあなたは私を守ってくれるのね…ふふ、何かこんな状況で笑えないのに何だか嬉しい。』
フードの男の瞳が青に光っていた。
私の前で何かがピシピシと音をたてはじめた。
そうか、ルースの赤の魔法とこの人の青の魔法は対だって言ってたわね。いずれ中和されてこの守りの魔法は消えるのね。
「何であんたなの。何でルーズローツはこんな子を大事にしてるの。私はヒロインなのに何で手に入れれないの。あんたなんていなくなればいい。そして私に見向きもしない、私を邪魔者扱いにするルーズローツももう要らない!死んでしまえばいいんだ。仕方ないからルーズローツも隣で一緒に殺してあげる。感謝してね。」
そんな…ヒロインだからって…おかしい。
しかしこんな状況でも何もスキルは発動しないのね。
普通危険な目に会えば覚醒!とかあるのに、私は何も出来ずぶら下がっているだけ。
何で私には何もないかな。こんなときだけ残念に思う。まあここはゲームでも小説の中ではない。当然か。結局転生して私ができたことは夢みてただけ?現実をみないからこうなったのね。
何も出来なかった…。臆病で弱くて…それを言い訳にして前に進むことすら出来なかったのね。違う…できなかったんじゃない。やってないだけじゃないの。
まだ諦めるな!
きっとルースは来る。彼は私を助けに来てしまう。
私は生きていないといけない。
絶望を彼に味わせてはいけない。
彼を一人にしてはいけない。
まだだ。まだ頑張れる。
私は顔を上げた。
前世でもいろいろ修羅場くぐったわ。
こんなことじゃ死ねない。
こんな奴の思い通りになってたまるか!
「あら、頑張るわね。もう手首が痛いわよね。だって血がでてるじゃないの?折れてるし。ふふふっ睨んでも怖くないわよ。あんたには何にもないんだから。何もできないんだから。だってヒロインは私なんだからね。」
「ヒロイン…ヒロインって何?
あんたこそ何にもないじゃない。単にヒロインって言葉の上で胡座かいてんでしょ?何で物語にこだわるの?何で今の自分を見ないの?何でルースのせいにするの!あんた自身のせいでしょうが!人のせいにすんな!」
氷の魔族にも睨みをかける。
「あんたもあんたよ!ザインが憎い?はっ?仲間が捕まったんなら悪いことしようとしてたんでしょ!
憎いから恨んで殺してどうすんのよ!ザインを滅ぼしてもどうしようもないじゃない!
みんな生きてるんでしょう?やり直せるんじゃないの!あんたが勝手に行動してどうすんの!あなた1人の短絡的な行動がめちゃくちゃにするのよ。だったら一人でやりなさいよ。勝手に人の人生道連れにすんな。あなたが人の人生決めんな!!」
「うるさい!」
青い光が放たれるが赤の壁に跳ね返されて私には届かない。
「感情で行動しては行けないのよ。あなたが感情のまま行動したことで今、捕まってる仲間が無事なはずないでしょう。よく考えて!あなたの今回の行動で氷の魔族が危険だと思われてしまう。他の地に住んでいる人達も普通には暮らしていけなくなる。あなたは上に立つ人なんでしょう!なら民のことを1番に考えて!」
「うるさい、うるさい!うるさいんだお前も…」
お前も…って。あなたのそばにはちゃんと諭してくれる人がいたんだ。よかった。
今まで私を攻撃していた切り裂くように吹いていた風が更に強くなる。
「みんなと生きていくんでしょう!」
この人はただみんなで幸せに暮らしたかっただけなんだ。大好きな人がいるんだ。それを取り戻したかっただけなんだ。
「そうだ!みんなと生きていきたい。でもみんないない!
僕が弱いからみんないなくなるんだ!」
ミシミシと何かヒビがはいる音がする。そうかもう壁が保たないのね。まあ、私の人生そんなものか。
でも今度はちゃんと言いたいことは言えた。
しかし、一つだけ言えてない。
ルース…あなたに言えてない。
『ルース…ルース。最後にはあなたの顔見たかったな。』
パリン…ルースがかけてくれていた守りの魔法が割れた。
私の目の前には今まで見えなかった壁が一瞬全部赤く光り、ガラスが割れたように飛び散るのが見えた。そして細かな赤い光になって消えていった。綺麗だ。
ルース、ありがとうね。
「なんなのあんた。何お説教するのよ。」
「ふん!こちらとて20年子供にお説教してきたんだから慣れてるわよ!」
「は?20年?何?」
「私は正真正銘転生したわよ!確かにあなたみたいに夢をみてた。でもあなたとは違う。私はちゃんと気づいたのよ。この地で生きている。自分の足踏ん張って生きていくんだって!」
ルピアさんは大声で叫んだ。
「何よ!裏のくせに生意気すぎ!アイザック様、痛い目にあわしてやって!」
フードの下から氷の魔法使いの瞳が一段と青く光るのが見えた。
そして彼の手から青い光が放たれた。
「つっ…」
私の腕にあたる。
しかし私は逃げたくない。真っ直ぐに彼を見つめた。
しかし彼の目は先ほどに増して冷たく鋭い。
続けて光が飛んできた。
顔をすこし背けてよけると、頬をかすめて腕、肩に当たった。
生暖かく血が流れ出したのがわかる。
「あーっっ…」
痛い…痛い…どこもかしこも痛い。
「何でどいつもこいつも僕のやることに口だしする!うるさい。僕はゆっくり森でみんなと幸せに暮らしたい!それなのに…なのに!もう待たない。お前は煩い!」
「そうよ。アイザック様素敵よ。ほらそはやくこいつを殺して!はやく!」
「ちゃんて考えて。あなたにはちゃんと導いてくれる人がいたんでしょ?あなたには大好きな人がいるんでしょう?大丈夫。その人もあなたのこと大好きよ。だから私を殺してもいい。だけどもう一度考えて!みんなあなたの幸せを願っているのよ!」
幸せ…か。
なんかかっこいいこと言っちゃったわね。
ルース、私の幸せはあなたのところしかなかった。
せっかくこの世界で生きていけると思っていたんだけどね。無理そう。ごめんね。
なんか目の前がよく見えない…。
砂の嵐みたいに白黒の世界だ。
自分の息遣いだけが大きく聞こえる。
もう闇に意識が埋ていく。
周りは真っ暗。
青い光が徐々に明るさを増しているのがわかるくらいだ。
ああ、青の光、魔力が一点に集まっているのね。
もう私は駄目みたいね。
でも頑張ったわよ。褒めて。
ルース、聞いてないかもしれないけど…言わせてね。
これだけは言いたいの。
私が転生して生きていたこの世界にあなたがいてよかった。あなたが隣で笑ってくれてよかった。
明るさを増した青い光が一気に放たれた。
私に向かってくるのがわかった。
これが当たれば終わりなんだ。
もう避けるなんて気力ないわ。体力もない。
私は幸せだ。だってルースを好きになれたのだから。
最後は笑顔で言おう。
この世界で私が生きていたという証。
「ルーズローツ=ディー=サー=ザイン。私シャーロレット=ディ=サー=ヴィクセレーネはあなたを愛してます。あなたと共にある未来を…。ルース、大好きよルース。あなたがいてくれて幸せだった。あなたをずっと愛してた。ありがとう。」
真っ暗だった私の世界が一面青い光に照らされた。
「……リ…」
ふふふ。何だかルースの声が聞こえてくるわ。
神様の最後のプレゼントかしら。




