小話 再会の日
シャーリーとルースが再会した時のルース視点です。
彼女に初めて会ったのは6歳の時だった。
多分母上のお茶会について行った時だっただろうか。
あまり印象はない。茶色髪、茶色の瞳。
その大きな茶色の瞳が彼女の母親の腰のあたりからチラッと見えたのを覚えている。話を交わしただろうか?
こんにちは、と挨拶だけしか覚えていない。
小さく聞こえるか聞こえないような声が母親の後ろからした。ずっと母親にしがみついていた。
再び会う時まで彼女に会うことはなかったし、その名前すら僕の生活には必要のないものだった。
後になっていろいろ考えたがどうも全く会わなかったわけではなさそうだ。しかし記憶が全くない。多分あの時以外に挨拶すらしたことはなかったし、彼女の顔を正面から見たことはなかった。
とある時に両親が話していた。
ヴィクセレーネ公爵の娘が高熱を出して二週間ほど意識がないらしい。以前から体はあまり強くなくよく熱をだしていたようだ。彼女のお兄さんも以前同じように長い間高熱が続いたことがあったようだ。家系的に熱が出やすいんだろうか。母上は僕を抱きしめて、まだ小さいのに、早くよくなるといいわね。と言った。何とか意識は取り戻し、落ち着いたようだ。母上はよかったわ。と言っていた。
そんなヴィクセレーネ公爵家から突然お誘いを受けたのはそんな話を聞いた数ヶ月経ってからだった。
たまたま父上同士が何かの会議で話をする機会があったようだ。あまり父上とヴィクセレーネ公爵とは仕事柄会うことはない。まあザイン家の仕事は特別だからね。
ヴィクセレーネ公爵は娘の事で困りはてていたみたいだ。
今まで大人しく人見知りが激しかった娘があの病気を境に変わった。
細かった食はよく食べるようになりマカロンを好むようになった。人前では話さなかったのに自分から話しかけるようになった。あまり外に出なかったのにお忍びで街に行ってしまう。弟をよく連れ出して木登りをしていたり川で魚釣りをしている。魔導書や薬草についての本を読み漁っている。変な草を食べる。ちなみにシャーリー曰くそれは食べられる草なのらしい。それを庭に変なものを植えて育てている。シャーリー曰く豆と言うらしく、他にもじゃがいもとかも育てている。ヴィクセレーネ公爵はそれはそれで食卓に見たこともない美味しいものが並ぶことがあるのでよかったようだ。
しかしその娘が突然幼なじみが欲しいと言い出したらしい。
幼なじみが立場的に一番いいのと言う公爵には理解し難い理由だった。人の良い父上は僕をシャーリーに合わせる約束をした。
父上に連れられて初めて来たヴィクセレーネ公爵家は落ち着いた景観で手入れが行き届いていた。さすが伝統はある家柄だ。
しかしせっかく会いに来たのだがザワザワしている。どうも例のお嬢様がいないらしい。そんなお転婆な子は僕的には好きではないな。まあ一度会うだけで父上達の気が済むならいいや。
仕方なく僕は庭を散歩していた。
すると前の茂みの下の方からゴソゴソと彼女は現れた。
簡素な街の子が着るワンピース。ボサボサの髪。急いで帰ってきたようで息が切れていた。
「あら?あなたは」
いやいや僕の方が聞きたい。
「あ!金髪、碧眼!!」
僕はその勢いにおされて後ろに下がった。
しかし彼女は僕に近づいて僕の両手を掴みブンブンと強く振った。ちなみにかなり痛かった。
「私シャーリー!あなたが私の幼なじみね!よろしく。」
その時初めて彼女が家をあげて捜索中のヴィクセレーネ公爵家のご令嬢だと分かった。
「今日はパンヤさんのところ行ってたの。あなたが来ることはわかっていたんだけど、ごめんなさい。パンヤさん腰を痛めちゃって小麦をこねることができないの。だから私が手伝いに行ってるの。パンが作れないと困るでしょ。だってお金が入らないんだから。」
覚えている初対面の印象とはまるで違った。
「私ね、悪役令嬢になりたいの。」
悪役令嬢?何それ?悪っていうんだから悪い人だよね。でもさっきの話を聞いている限り君は良い人だよね。
「国外追放されるの。」
そんなことになったらどうするの。一人で暮らしていけないじゃない。
「大丈夫よ。身の回りのことはできるから。何たって主婦だったからね。」
しゅふ?何だそれは美味しいのか?よくわからない。
でもこの子といたら家の中ばかりで家族と家庭教師くらいしか会わないつまらない生活が変わるかもしれない。
「次に街に行く時は僕も連れて行って欲しいな。」
何だか一緒にいると楽しそうだ。
何回か一緒に街に出かけた後に聞いてみた。
「何でシャーリーは街に行くの?」
「あら、だって家にいるのは性に合わないわ。食べ歩き楽しいし、パンヤさんのクロワッサンとか美味しいものたくさんあるのよ。それに街の人は心から笑うの。暮らしに余裕がある人ばかりではないわ。それでも私に笑ってくれるの。楽しいし、嬉しくない?」
その笑い顔は公爵家の令嬢にはほど遠かった。
でも貴族の生活の中にある上辺だけの付き合い、家の為、地位の為だけの張り付けた笑いはそこにはなかった。彼女から目が離せない。この子が居れば僕はザイン公爵の闇部分を担うことになっても自分らしく生きていけるんじゃないかと思える。彼女の前だけは自分でいられる。
父上と母上のようないつも笑って明るい家庭の中にいれるような気がした。
そんな時に知ったのは彼女がとあるゲームのヒロインと言うことだった。そして僕は攻略対象というものらしい。何だそれは?しかし話をまとめてみるとゲームが始まれば彼女は自身が選んだ攻略対象と幸せになるらしい。しかし僕は彼女がいい。他の人と幸せになってもらっては困る。攻略対象から僕しか選べないようにすればいいんだ。
だから僕は父上にお願いした。
「シャーリーと結婚したいんだ。」
ヴィクセレーネ公爵はわりと穏やかで立場的にも王族派と革命派の中立にある。ましてや勢いよく力をつけてきた新興勢力でもない。あまり派閥争いがない。国ができた当初からの伝統ある家柄だ。どうも彼女が王太子妃の最有力候補だったようだ。ちなみに社交界ではシャーリーの性格は小さいころの大人しい印象しかないようだ。もし今のシャーリーを見たなら王太子妃なんてあり得ないと口を揃えて言われるだろう。
父上に理由を聞かれたがシャーリーが好きだとか言うのは少し恥ずかしかったから
「攻略対象らしいから」
と、言ってしまった。当然父上には意味がわからないという顔をされた。そして僕とシャーリーの婚約は無事に成立した。ただしシャーリーには内緒で。
あんなに楽しく明るく元気でくるくる表情を変える子が僕との婚約を知ってがっかりしたり僕への態度が変わってしまったら嫌だ。今のままのシャーリーをもう少し見ていたかった。
婚約が成立したと言われたあの日、僕はシャーリーにリボンを初めてプレゼントした。婚約していることは内緒なので本来は入れる紋章はいれていない。両親にはいいのかと問われた。確かに少し寂しかったがシャーリーの夢物語を聞くのが楽しかったし、見ていたかった。大丈夫、結婚できる16歳になるまでにはシャーリーが心から僕のものになってくれるはずだと自信もあった。
あれから三年も経ったのか。僕はこのところ自信がない。シャーリーがあまりにも天然すぎて、マイペースすぎて、鈍感すぎる。多分僕の事は好きなんだなと思う。ただ、はっきり言われるわけではないし、態度に現れるわけではない。幼なじみだから…と言う言葉で片付けられる。
僕はどこで間違えたのか…。間違えたのは僕がこんなにシャーリーを好きになってしまったことかな…。
初めてリボンを渡した時に返してくれた笑顔。
フワッとなびいた茶色の明るい髪。
その時に気づいた。
光に反射した彼女の亜麻色の瞳。
あの時君に囚われたんだ。
僕は君が心から欲しいと思った。
君を絶対に離さないと…。
10月16日まで連続更新になります。
幕間多いです。




