5.舞香side
どこから歯車が狂い始めたのか。
あのときの何気ない日常会話からだっただろうか。
「ねえ、舞香と和田君て本当にただの幼馴染なの?つき合ってるんじゃなくて。」
お弁当を食べながら、亜弥が聞いてきた。
「うん、つき合ってないよ。今まで何回も聞いたよね。」
「そっか、じゃあ別に気にしなくていいか。隣のクラスの子から、和田君ってフリーなの?って聞かれて。フリーなら告っちゃおうか、って軽いノリで言ってたから。」
「ふう~ん。」
ほんの僅かな不快感。モヤモヤっとした感じに少しイライラした。
「結構、つき合ってるって誤解してる人は多いと思うよ。舞香と一緒にいる和田君を睨んでる男子もいるし。でも逆に、和田君を将来性有望って思ってる子も多いよ。なんせ、この学園でずっと首席だし。」
「へ~、そう・・・なんだ。」
なんだろう、幼馴染が褒められているだけ、の筈なのに落ち着かないのは。
それ以来、恭平と普通に話していると、この時の会話を思い出し、強い口調で言い返したりとかキツイ態度をとってしまうようになった。そういう時、別に恭平が悪いわけじゃないのに、捨てられた子犬のような悲しい目をされるとゾクゾクした。なんか、小さな男の子が好きな女の子を虐めるような・・・、ということは私は恭平を好きなんだろうか?正直よく分からない。
そんな日が続いた後、思えばあれが恭平の中の許容範囲を超えたのだろうか?
「あんたは、ただの幼馴染よ。彼氏面しないで!まあ、あんたを彼氏なんかにするわけないけど!」
「それが余計なお世話なの。私の進学はあんたに関係ないでしょ。」
このやり取りの翌朝、恭平は先に登校してしまっていた。
そしてその日の放課後、クラスの平野さんが恭平を呼び止め、連れ出そうとしていた。
彼女とは、特に親しいわけではない。儚い感じの可愛い外見だが、女子だけの時はよく一緒にいる友達と共にギャルっぽさを隠さない。恭平のことを好きになるようなタイプではないと思った。
気になったので、さり気なく後を追ってみた。視聴覚室に入っていったが、その後ろからいつも一緒にいる子達が外から教室を覗き込んでいた。
あ~、あのニタニタ系の笑い顔は何か良からぬことを企んでいる感じだ。嘘告って奴だろうか。
ただ、ここで乗り込んでも嫉妬してるみたいだ。帰ろう。
翌日、また恭平は先に登校してしまっていた。
恭平に何度か話しかけようとしたが、気まずさもあり、きっかけがつかめなかった。
そして、その放課後、平野さんの声が耳に入ってきた。
「・・・ああ、あれって罰ゲームの嘘告白だったのよ。だいたいあんたみたいな陰キャに告白してあげてんだから普通すぐOKするでしょ。・・・」
ああ、やっぱりそうだったのか。予想通りという可笑しさと、恭平が誰かとつき合う訳じゃないという安心感から思わず口元が緩んでしまった。
その時、ちょうど恭平と目があった・・・気がした。
そして、恭平が突然怒鳴っていた。あんなのは見たことがない。
次々と男子から非難の声が上がり、斎藤が文句を言った後、恭平を連れ出していった。
「ねえ、今の健一の言い方だと、女子みんな共犯扱いされてない!?」
「え、ま、まさか・・・。」
亜弥に言われて、否定したが、そう思われているかも・・・。
後で、恭平に確認しなくちゃ。
「おかえり。」
恭平の家の前で待っていると、やっと帰ってきた。
「ああ。」
いつになく素っ気ない返事でそのまま通り過ぎようとする。取り合えず誤解は解いておこうと思い、
「ちょっと待って。あの今日のことだけど・・・。」
「今日の事って?」
これが、恭平の声?と疑いたくなるような底冷えするような声に次の言葉が出なかった。
「話がないなら、入るよ。じゃあ。」
「あっ、・・・。」
結局まともに話が出来なかった。
「おかえり。」
翌日学校が終わり、再び恭平の家の前で待ち構えた。
「ああ。」
「ねえ、土曜日買い物に付き合ってよ。」
これなら、買い物中に色々話をすることができる。
「なんで?」
え、なんで?って聞かれた!今までだったら、いいよ一択だったのに。
「いいでしょ、暇なんでしょ。」
いつもの会話になるように話すが、
「いや、先約がある。無くても付き合う理由がないでしょ。そもそもなんで俺なんか誘うの?」
「なんでって、幼馴染なんだから買い物くらい・・・。」
必死に、いつものペースに持っていこうとするも、
「そう、た・だ・の・幼馴染だ。君が言った通り。彼氏とでも行けばいいじゃないか。」
「彼氏なんかいないの知ってるでしょ。」
「じゃあ、作れば。前に言った通り、俺はもう余計なお世話になるから何も言わないよ。そんなことに付き合う理由もない。」
なんだか、全く私と話をする気がない。なんで!?
「一体どうしたの?今までそんなこと言わなかったでしょ?」
「いやいや、そっちが言ったんだろ。彼氏面するな、余計なお世話だって。」
!!確かに言ったけど・・・。
「そ、それは・・・。」
うまく言葉がでない。
「そもそも、嘘告されてショックを受けてる俺を女子みんなで笑い物にしておいて何言ってんの?」
やっぱり誤解されてた!
「ち、違、それは私は・・・。」
「まあ、今更どうでもいいよ。もう俺に構わないで!」
明確な拒絶。説明すらさせてくれずに、家の中に入って行った。
結局その次の日も、土曜日も、家の前で話しかけたが、ほとんど会話をさせて貰えなかった。
そして日曜日、お母さんに頼まれ、家電量販店まで、USBメモリを買いに来た。
購入して帰ろうと思った時、恭平がいた!PCのコーナーで、貼り紙を眺めている。
とにかく話しかけようと、急いで近寄ろうとした時、女の子がいきなり恭平の腕に抱きついた!誰!?
恭平は最初びっくりしてたけど、すぐに笑顔になって話し始めた。ここからでは何を話しているのか聞こえないが、かなり親しそうに見える。というか、恭平のあの表情は・・・、ただの親しい人というよりも・・・、まるで仲睦まじい恋人同士の・・・。
胸の痛みが大きくなってくる。その子にそんな顔見せないで!私を見てよ!
ああ、何故今ハッキリ自覚したの・・・。ずっと好きだったんじゃないの。
もう取り返しのつかないことを理解し、呆然と見つめるしかない私の視界には、仲良さそうに腕を組んで立ち去っていく2人の姿があった。