何事も土台は大事
新しい情報が次々と出て来ますが、どうかご了承下さい。
怪異人の為に優しい世界を築き上げようと決意した影野重孝。彼の行く道に希望はあるのだろうか。
高くそびえ立つビル街。多くの人々が行き交う中、影野重孝もその内の一人として紛れて歩いていた。
「…………」
ふと足を止め、見上げるとそこには、ビルの壁に嵌め込まれた巨大な街頭テレビがあった。
『うぉりゃあああああ!!!』
『や、止めて……た、助け……ぎゃあああああ!!!』
画面には丁度、非労運と怪異人の映像が流れていた。命乞いをする怪異人に対して、気にせず殴り続ける非労運。やがて動かなくなったのを確認すると、装着していたスーツを脱いだ。中からは、アイドル顔負けのイケメンが現れ、額に溜まった汗を拭う。
『ふぅ、怪異人退治で喉が渇いたな』
するとスタッフらしき人物が画面外から現れ、イケメンにビールジョッキを手渡した。中のビールはキンキンに冷えていた。
『おっ、これこれ……ごく……ごく……ぷはぁー!! この一杯の為に生きてる!!』
『新発売!! 非労運ビール!! お求めの方は、近くのコンビニエンスストアまで!!』
飲み干したジョッキを画面の前に突き出すと同時に、広告宣伝の映像が流れた。どうやらビールのCMだった様だ。
「きゃああ!! “神宮寺”様よ!! カッコいい!!」
そんな中、“神宮寺”という名のイケメンに対して興奮している女性達がいた。
「非労運のみならず、タレントとしても活躍している神宮寺様、素敵だわ……」
「私、神宮寺様に会う為に非労運になろうかしら?」
「抜け駆けは許さないわよ!! あんたがなるって言うなら、私だってなってやるんだから!!」
「何よ!? ブスの癖に神宮寺様に会おうだなんて、おこがましいのよ!!」
「何ですって!? あなただって、人の事を言えないじゃない!!」
興奮はいつしか喧嘩へと発展した。女性達による喧騒の中、影野はCMのある部分に注目していた。
「……CG……じゃ、無さそうだな……」
それはビールでも、神宮寺でも無かった。その背後で今も尚、血塗れになって倒れている怪異人にだった。殴られ続け、最早原型を留めていないそれは、CGや特殊メイクでは説明出来ない程、リアルで生々しい物であった。
「(CM撮影の為に怪異人一人を殺すか……狂ってるな。いや、本当に狂っているのは、その事実に対して誰も何も疑問に持たない事か……)」
怪異人の扱いに嘆きながら、その場を後にした。
「(あの様子じゃ、例え政治家を取り替えて怪異人に対する考え方を変えたとしても、実際に優しい世界を築き上げる事は出来ないだろう)」
メディアの一部として利用されている現状、人々の評価は底辺に近いと言える。
「(根付いた考え方を払拭する為には国のトップでは無く、身近な住民の見方を変えなくてはならない)」
何事も土台は大事。頭を潰しても、体は生き続けてしまう。まるでゴキブリの様なこの国を変えるには、下から順々に変える必要がある。
「(無難なのはデモ活動? 駄目だ……評判が最悪な怪異人の意見を誰が耳にする……ならば選挙に出馬? もっと駄目だ……得たいの知れない者に、誰が好き好んで投票する……いったいどうしたら……)」
優しい世界を築き上げると決意したのは良かったが、その具体的な方法までは思い浮かんでいなかった。良いアイデアが無い物かと、頭を悩ませていた。
「ママ!! これ買って!!」
「ん?」
その時、子供の大声が聞こえて来た。声のした方向に目線を向けると、そこはホビーショップ。中で子供がタグの付いたフィギュアを片手に、親にねだっている姿があった。
「駄目よ」
「買って!! 買って!! “ワルインダー”買って!!」
「(ワルインダーか……懐かしいな)」
ワルインダー。超戦士ユウキマンに出て来る悪役。主人公の絶妙にダサいデザインと、悪役のカッコいいデザインがギャップを生んだ子供達に人気の長寿アニメ。
「(俺も小学生の頃、よく見てたな)」
「大体、どうしてワルインダーなの? ユウキマンじゃ駄目なの?」
「嫌だよ!! ユウキマン、ダサくてカッコ悪い!! ワルインダーの方が良い!!」
こうした原因から、主人公ユウキマンより悪役ワルインダーの方が人気となり、フィギュアの売上は圧倒的な差を生んだ。
「はぁ、どうして子供アニメって主人公より悪役の方が人気出るのかしら……」
「!!!」
目から鱗が落ちる。この会話が、影野の運命を大きく変えた。
「(そうだ、思い付いた……怪異人の嫌われたイメージを塗り替える作戦!! 非労運という主人公に、怪異人という悪役を作り上げるんだ!!)」
そうすれば面白がった連中がカメラを回し、映像をネットに流す事になるだろう。視聴者の中には、必ず怪異人をカッコいいと思う奴が現れる。そうした者が少しずつ増えていけば、怪異人の印象が払拭されていくのではないか。
「(……だが、これはまだ骨組み段階……上手く行く保証も無い……が、それでもやる価値はある!!)」
主人公に対する悪役作り。これからの方針が決まった瞬間だった。
「(さて、そうなると必要になるのはやはり非正規労働運営に対抗する組織だろうな。組織に必要な要素を大きく分けるとすれば……)」
・人材
・土地
・資金
「(……この三つになるな。この中で最も優先すべきなのは……やはり“土地”だな)」
土地。つまり場所は、人材よりも先に優先すべき項目だった。いくら人を集めても、入れる器が無ければ意味を成さない。
「(出来れば、資金集めから始めたいが……未成年の俺では不可能に近い。出来たとしても、数千円程度の稼ぎしか期待出来ない。そうなると選択肢は、土地だけになるな)」
しかし、問題はまだ残っていた。現状、誰も手を付けていない土地など存在しない。そんな中、金の掛からない土地を見つけるのは、これまた不可能に近い。
「(何処か良い場所は……なるべく人目の付かない……かつ広く使える……そんな都合の良い場所……あった)」
何かを思い出した様子で、その場を離れて走り出すのであった。
***
辿り着いた先は公園だった。大都会で唯一自然を感じられる場所。しかし、それも今は昔の話。繰り返された戦争の影響により、公園一帯は重度の放射線に汚染されてしまった。本来なら数週間で薄まる筈だったのだが、植物が突然変異を起こし、酸素の代わりに放射線を排出する様になってしまった。それにより公園は、立ち入り禁止区域に指定されてしまった。最早、自ら公園に近づこうとする者はいない。俺を除いては。
「(警備は……入口に二人だけか……意外と手薄だな)」
公園の広さは東京ドーム半分程。それなりの広さを誇りながら、警備が入口に二人しかいないのには、ちゃんとした訳がある。そもそもの話、公園に近づこうとする者はいない。その恐ろしさを十分理解しているのか、殆どが見向きもしない。その為、最初は多かった警備も少しずつ減り始め、最終的には二人だけとなった。その二人も防護服を着て、毎日突っ立っているだけなので、注意力が散漫になっていた。
「(だが、その方が都合が良い)」
警備に見つからない様、念の為に裏手から回り込んだ。周りは一本の黄色いテープが張られているだけで、侵入は容易だった。
「草が伸び放題だな。手入れとかしてないのか?」
放射線を放出する危険な植物が、何故伐採されたり、焼かれたりしていないのか。それは環境保護団体の影響が大きい。彼らが言うには、いくら有害な植物だとしても無闇に切り倒すのは、間違っているとの事らしい。無下にする事が出来ない政府は、取り敢えず手を付けず、放置という措置を取った。その為、今では草木が生え放題の公園になってしまったのだ。
「それにしても……俺が今もこうして無事なのは、やはり半分怪異人の血が入っているからか?」
繰り返し言うが、この公園に生えている植物は酸素の代わりに放射線を放出している。もし、普通の人間が足を踏み入れれば、人体に悪影響が出るのは確実だろう。
「だいぶ奥まで来たが……ん、あれは……?」
鬱蒼とした草木を掻き分けながら進んでいると、人工的な造形物を発見した。
「キャンピングカー?」
それは乗り捨てられたキャンピングカーだった。恐らく、ここで楽しく過ごしていたが、何らかのトラブルで動かなくなり、止むを得ず乗り捨てた後、放射線の影響で取りに来る事が出来なくなったのだろう。
「もしかしたら、食料が残っているかもしれない」
昨日の夜から何も食っていなかった俺は、腹が空いていた。微かな希望を抱き、慌ててキャンピングカーの中を覗き込んだ。
「…………は?」
「…………え?」
そこには“先客”がいた。
突然変異を起こした植物は、永遠と放射線を放出し、薄まる事は決してありません。
次回 遂に影野重孝の初戦闘になります!!
次回もお楽しみに!!
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