非労運“ジャスヘルト”
今回、遂に非労運となった夢川の実力が明らかとなる!?
スカイフォースタワーの頂上で仁王立ちする夢川を見つめる相澤。クールな素振りを見せる彼女だが、その内心では震え上がっていた。
「(まさか……これ程とはね……)」
夢川が深い眠りに付いてから、いったい何があってスカイフォースタワーの頂上に立つ事になったのか。話は数十分前へと遡る。
***
夢川に薬を投与し、効果が現れるかどうか待っている時の事だった。それまで安らかな寝息を立てていた夢川が、突然苦しみ始めたのだ。全身から脂汗が滲み出し、口から泡を吹き出し、痙攣し始めた。
「残念……見込みはあると思ったのだけれど……」
元々、成功率30%の試み。失敗する方が可能性としては高い。だとしても、目の前で知り合いが死にかけているというのに、相澤は酷く冷静であった。彼女にとって、夢川も数ある実験の一つに過ぎないのだろう。
最早、夢川には何の価値も無くなった。相澤は淡々と注射器を薬瓶に突き刺し、中身を吸い上げる。
「安心して夢川さん。私とあなたの仲。死体は確り処理してあげるわ。これを注射すれば、中から肉と皮膚がドロドロに溶けて、綺麗に骨だけが残るわ。そうしたら、何処かの小学校にでも白骨標本として寄贈しておくわ。死んでも未来の子供達の知識になれるのだから、嬉しい限りでしょ」
そう言うと相澤は、痙攣しているだけで、まだ生きている夢川の腕を無理矢理掴み、注射器を突き刺そうとする。
次の瞬間、ピタリと夢川の動きが止まった。先程の暴れっぷりが嘘であるかの様に。その様子に相澤は不思議そうに首を傾げるも、心肺が停止しただけだろうと考え、改めて注射器を突き刺そうとするが…………。
「……あらっ?」
フワッと体が浮かび上がる感覚を感じたかと思えば、車内の筈が突然横風が吹き荒れる。整った髪が激しく乱れ、急激な温度変化に寒さを覚える。気が付くと、相澤は空高く飛び上がっていた。自分は確か、つい数秒前まで車内にいた筈……そう状況を整理しながら辺りを見回す。
青い空に白い雲。そこから顔を覗かせる眩しく光る太陽。相澤は確信する。間違いない。今、自分は空の上にいる。しかし、いったい何故?
そんな相澤の疑問は、自身の手の先を見る事で直ぐ様解決した。一方は注射器。しかし、その先は強い衝撃によって見事に割れており、中身は全て流れ落ちてしまっていた。そして、問題なのはもう一方。そこには夢川がいた。
相澤の様に、うつ伏せ状態では無く直立不動。足の踏み場の無い空中にて、二本足で立っているのだ。そして、瞑っている筈の両目は完全に見開かれている。しかし、こちらに気が付いている素振りは無く、只ボーッと一点を見つめていた。
更によく見れば、夢川の目には光が一切宿っておらず、意識も無い様に見受けられた。もし、今この手を離してしまえば地上に叩き付けられてしまうだろう。相澤は割れた注射器を捨て、落ちない様に両手で夢川の腕を掴んだ。
「まさか……覚醒したの? だけどこれは……ゆめっ……美咲さん!! ねぇ、美咲さん聞こえる!!?」
返事は無い。届いている届いてないとかでは無く、反応その物が感じられない。どうやら意識だけが戻って来ていない様だ。やがて、足場の無い空中をその辺を歩くかの様に、平然と歩き始めた。
「す、凄いわ。本来、空中を歩くのには1mで時速約6120kmは必要な筈……それをまるで散歩感覚で歩いている。しかも、一歩一歩強く歩かずストレスフリーで当たり前の様子で歩いている。あぁ、早くこの素体を持ち帰って、研究したい……けど……」
相澤はチラリと下を見た。地上は遥か下、辛うじて高層ビルが建ち並んでいるのが分かる。
「まずはどうにかして、地上と連絡を取らないとね。電話は……しまった、車内に置きっぱなしだわ。恐らく運転手が本部に連絡してくれていると思うけど……それまで私の握力が持つかどうか……あらっ?」
などと、思案を巡らせていると地平線の向こうに自分達と同じ高さの建造物が見えて来た。
「バカな、ここはざっと計算しても10,000mはある。それに匹敵する建造物など……まさかあれは……」
相澤の予感は的中した。辿り着いたのは全長10,000mのスカイフォースタワーだった。静かに頂上の足場に降り立つ二人。相澤は掴んでいた手を離し、手首を振って休ませる。
「偶然ここに通り掛かって助かったわ。いや、もしかして偶然じゃない……?」
ホッと一安心した所で、ふと夢川の方に顔を向ける相澤。夢川は頂上から地上を見下ろしていた。いったい何を見ているのか、相澤が夢川の視線の先を見るとそこには街が広がっていた。オフィス街や住宅街、幼稚園、小中学校など、その全てを一望する事が出来た。
「……あれこそ、あなたが死んでも守らなければならない物よ」
何故、ここにやって来たのか。全てを察した相澤は夢川に語り掛ける。すると、今まで反応が無かった夢川に変化が訪れた。
「……る……もる……守る……」
「えぇ、そうよ。守りなさい、あなたの大切な物全ての為に」
「私が……くんを守る!!」
その瞬間、夢川の瞳に光が戻る。そして、現在へと至るのであった。
***
「それじゃあ、美咲さんを正式に非労運に迎え入れる事を、本部に報告に向かいましょう」
「はい!! あっ、でもここからどうやって降りるんですか?」
「それなら安心して。非常用の階段が設置されているから。それにいざとなれば美咲さんが私を担いで、ここから飛び降りれば一発よ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい!! ここは10,000mもあるんですよ!!? そんな所から飛び降りたら確実に死んじゃいますよ!!」
「お馬鹿ね、あなたは今や非労運なのよ? それくらいの衝撃で死ぬ筈が無いじゃない」
「で、でもだからっ……て……?」
その時、夢川は何かに気が付いたかの様に、街の方を見下ろし始める。会話が途切れ、相澤も気になり一緒になって見下ろすが、これといって変わった様子は見られなかった。
「いったいどうしたの?」
「声が……聞こえるんです」
「声? 誰の?」
「分かりません。でも、誰か……助けを求めている」
相澤は一応耳を澄ますが、当然ながらこんな場所で声など聞こえる訳が無い。
「……何も聞こえないみたいだけど……」
「いえ、ハッキリと聞こえるんです。優子さん、ごめんなさい。私、先に降ります!!」
「えっ、ちょっと美咲さん何を言って……」
そう聞き返す前に、夢川はスカイフォースタワーから飛び降りていた。先程まで躊躇していたとは思えない程、軽やかに飛び出した。
「……身体能力だけじゃなく、度胸まで変化していると……夢川さん、やっぱりあなたは見込みがあるわ」
***
夢川が飛び降りた丁度その頃、地上では複数の怪異人が暴れていた。
ドロドロのスライムの様な見た目をした怪異人が、自身の体の一部を駐車してある車に投げ飛ばすと、車は瞬く間に跡形も無く溶けてしまった。
また、頭が異様に発達し、逆に体はミニチュアサイズの達磨型の怪異人は、地面のコンクリートや道路標識、バス停までも歯で砕いて食べてしまった。
更に、体は普通の人間なのに頭が無く、目玉二つだけ宙に浮かび上がっている怪異人は、その目玉から高出力のレーザービームを発射し、高層ビルを破壊していた。
そして、一人だけ軍服に身を包んだ、ゾンビの様な顔をしたリーダーらしき怪異人は、同じ様に軍服に身を包み近未来の銃を携えた怪異人達に指示を出していた。
「いいか一等兵諸君、これは遊びでは無い。我々の目的は怪異人として、市民に恐怖を与え、その存在を脳裏に焼き付ける事だ。抵抗する奴は殺して構わん。出来るだけ多くの悲鳴を上げさせるのだ!!」
「「「「サー、イエッサー!!」」」」
「では、散開せよ!!」
軍服ゾンビ怪異人の命令によって一同は一斉に散らばり、そこかしこで暴れ始める。銃を市民に発砲したり、シンプルに体術で殴るなど、バリエーションだけは多岐に渡っていた。
その様子を眺めていた軍服ゾンビ怪異人が、他のスライム怪異人や達磨怪異人、目玉怪異人達に集合を掛ける。
「そろそろ頃合いだ。これより、作戦は第2フェーズへと移行する」
「了解だ。スライム、拡声器を」
「はいはいっと……」
達磨怪異人に言われ、スライム怪異人は体の中から拡声器を取り出し、軍服ゾンビ怪異人に手渡した。
「よし、あー、あー、聞け人間達よ!!」
軍服ゾンビ怪異人の言葉に反応して、逃げ惑っていた人達が一斉に足を止める。それに合わせて、暴れていた一等兵怪異人達も動きを止めた。
「我々は秘密結社グレー!! 我々は怪異人の怪異人による怪異人の為の理想郷を作る事を目的としている。本来であれば、貴様ら人間は皆殺しだが我らがリーダー、マスターグレーは慈悲深いお方だ。今、我らに降伏すれば奴隷として生かす事を約束しよう」
「……ふ、ふざけるな!!」
軍服ゾンビ怪異人の要求に、市民の誰かが叫んだ。それを皮切りに次々と市民の人達が拒否し始める。
「そうよ!! 奴隷になる為に降伏する馬鹿なんかいる訳が無いじゃない!!」
「いい気になってるのも今の内だ!! 直ぐ様、非労運がやって来てお前らみたいな“化け物”を退治してくれる!!」
「…………そうか、それが貴様らの選択という訳か。ならば仕方ない……殺せ」
その瞬間、動きを止めていた一等兵怪異人達が一斉に動き始め、市民達を殺し始めた。それにより現場は市民達の怒号から、悲鳴へと変わった。
その様子を見ながら、軍服ゾンビ怪異人は拡声器を下ろし、他の怪異人達に指示を出す。
「現時点をもって第2フェーズを終了し、第3フェーズへと移行する。奴らを片っ端から殺して回るぞ」
「「「了解!!!」」」
再び怪異人達が暴れ始めた。すると今度は、指示だけしていた軍服ゾンビ怪異人も加わり、逃げ惑う市民達を後ろから殺し回る。銃口から放たれるレーザーに血飛沫を上げて次々と倒れていく人々。多くの者が我先にと、前行く人を押し退けて自分だけでも生き残ろうとする。
そんな中、遊園地帰りだろうか赤い風船を手に持った小さな女の子が、泣きながらはぐれてしまった母親を探していた。
「ママぁああああ!!! ママぁああああ!!! ママぁあああ!!!」
喉を枯らす勢いで叫ぶ女の子。その間にも人々は血相を変えて、女の子の真横を通り過ぎていく。誰一人として、女の子を助けようとしない。恐怖と無情な現実に女の子はその場から動けず、ただひたすらに俯いて泣く事しか出来ない。
そんな女の子の前に人影が現れる。女の子が俯いていた顔を上げると、そこにいたのは母親……。
「…………」
「ひぃ!!!」
……ではなく、一等兵怪異人の一人だった。持っていた銃の銃口を女の子の額に向ける。女の子はガタガタと体を震わせ、持っていた風船も思わず手放してしまった。
「この人間が。我らが味わった痛みと苦しみをたっぷりと味合わせてやる」
「だれか……たすけて……」
「死ね」
女の子の願いも虚しく、引き金が引かれる。
「そうはさせない!!」
その時だった!! 突如、遥か上空から一人の女性が二人の間に降り立った。地面にビビが入り、土煙が周囲に巻き起こる。そのあまりの出来事に一等兵怪異人は、思わず向けていた銃口を女の子から女性の方へと変えた。
「な、何だ貴様は!!?」
「もう、誰の命も奪わせはしない!! どりゃぁああああ!!!」
「っ!!?」
すると、女性は回し蹴りで目の前にいる一等兵怪異人の頭を蹴り飛ばした。その威力は首と胴体が別れを告げ、飛んでいった首が近くのビルの壁にめり込む程であった。
「はぁ……はぁ……た、倒せた。私……怪異人を倒せたんだ……」
首が無くなった一等兵怪異人の死体を前に、女性は興奮を抑えきれなかった。そんな中で女の子が女性を見ながら、呆気に取られていた。
「あ……ああ……あ……」
「あなた、怪我は無い? あっ、そうだ……はい、これ……」
そう言って女性が手渡して来たのは、直前に女の子が手放した赤い風船だった。それを見た瞬間、女の子はパッと明るい表情へと変わる。
「あっ、ルミの風船!!」
「もう離しちゃ駄目だからね」
「ありがとう、お姉ちゃんは誰なの?」
「私? 私は……ふふっ……」
ルミという名の女の子に素性を問われ、答えようとする女性だったが、少し考えた後、笑みを浮かべる。その様子にルミは不思議そうに首を傾げる中、答えがまとまったのか女性が口を開く。
「私は“非労運”!! 皆の平和を守る正義の非労運だよ!!」
「……かっこいい……」
次第に土煙が収まり、女性の顔が顕となる。それは夢川であった。スカイフォースタワーの頂上から飛び降りた夢川が、見事地上に着地を成功させたのだ。夢川は決まったと言わんばかりに名乗りを上げ、それを見たルミは目を輝かせていた。
「ルミ!! 何処なのルミ!!?」
「あっ、ママの声だ!! ママ!! ここだよ!!」
すると、遠くからルミの名前を呼ぶ母親の声が聞こえて来た。その声に逸速く反応したルミは、大声を上げながら身振り手振りで応える。
「ルミ、無事だった!!? 何処も怪我とかしてない!!?」
「うん!! このお姉ちゃんが助けてくれたんだよ!!」
そう言って、夢川を指差すルミ。そしてここで漸く夢川の存在に気が付いた母親は、夢川に何度も頭を下げてお礼を述べる。
「ありがとうございます!! ありがとうございます!!」
「いえいえ、非労運として当然の事をしたまでです」
「非労運……」
それを聞いた母親は、夢川の両手をギュッと握り締め、夢川の目を見ながら懇願する。
「どうか……どうか……あの“化け物”達に地獄の苦しみを与えて下さい」
「えっ、あっ、は、はい!!」
憎しみと怒りのこもった言葉に、夢川は思わず肯定の返事をしてしまう。それを聞いた母親は先程の表情が嘘であるかの様な、満面の笑みを浮かべ、今度ははぐれない様に娘の手を確りと繋ぐ。
「ありがとうございます。それではこれで失礼します」
「お姉ちゃん、頑張ってね」
「うん、任せて!!」
再度、お礼を述べると母親は娘を連れて急いでその場から離れていく。夢川はルミの応援を受け取ると、怪異人達の方を振り向く。するとどうやら四人の怪異人を除く一等兵怪異人達は、夢川が蹴り飛ばした一等兵怪異人の頭がめり込んでいる壁に集まっていた。
「おい……嘘だろ……“十五”……死ぬなよ。お前が死んだら残された彼女はどうするんだよ……」
同じ一等兵、恐らく親友だったのだろう。両手両膝を付いてボロボロと涙を流す。他の一等兵も少し涙ぐんでいる。
「くそっ、よくも……よくも十五を!! てめぇ、絶対ゆるさねぇからな!!」
しばらくして、すっかり泣き止んだ一等兵怪異人は、殺意剥き出して夢川を睨み付ける。が、これには夢川も黙ってはいられなかった。
「許さないのはこっちの台詞です!! 何の罪も無い人々を殺すだなんて……あなた達に人間としての心は無いんですか!!?」
「うるせぇ!! そんなのとっくの昔に捨てちまったよ!! 俺はな、お前みたいな鼻持ちならない偽善者が大嫌いなんだよ!!」
「確かに……今までの私は何の力も無いのに皆を守れると思っていた偽善者だったかもしれない。けど、今の私には力がある。皆を守れる……あなた達怪異人に負けない力が!!!」
「ほざけ!! パワードスーツも着てない凡弱な非労運が!!」
そう、今の夢川にはパワードスーツは無い。非労運達が一方的に勝利を収めて来れたのは、パワードスーツあっての物。しかし、その前提は今や秘密結社グレーによって崩されてしまっている。そんなパワードスーツがあっても死ぬかもしれない現状。パワードスーツすら無い生身の夢川では、負けるのは目に見えていた。すると、一等兵怪異人達は一斉に動き出し、一瞬にして夢川の周りを取り囲み、各々銃口を向ける。
「死ねぇえええええ!!!」
動けない夢川。一斉に放たれるレーザー。夢川目掛けて集まっていく。このままでは焼き殺されてしまう。そして、次の瞬間……!!
「……ふっ!!」
「何っ!!?」
レーザーが当たる瞬間、夢川はその場にしゃがみ込んだ。ギリギリ頭を掠めるも、何とか避ける事に成功した。更にそこから夢川の反撃が始まる。
まず、夢川はしゃがみ込んだ状態から、前のめりの状態で一等兵怪異人の一人へ突っ込んでいく。
直前で気が付いた一等兵は、近付いて来る夢川に向けて銃口を構える。しかし、夢川は狙いが定まらない様、目にも止まらぬ速さで左右ジグザグに走り始める。案の定、狙いが定まらない一等兵はカチャカチャと、夢川が動く度に銃を構え直した。
結果、数cmまで接近を許し、次に銃を構える瞬間、夢川の手刀によって両手から弾き落とされてしまう。
「このっ!!」
最後の手段として、己の拳を叩き込もうとするも、それより早く夢川のジャブが一等兵の体に叩き込まれ、丁度そこに拳サイズの風穴が空いた。
「ぐげぼっ!!?」
「“卓”!!!」
「一人目……」
卓と呼ばれた一等兵怪異人は、口から大量の血反吐を吐き、そのまま力無く崩れ落ちた。親友を失い、涙を流していた一等兵が名前を叫ぶのも束の間、一等兵達に生まれた一瞬の動揺と迷い。夢川はその隙を突いて、踵を返し反対側の一等兵へと向かっていく。
「くっ、くっそぉおおおおおお!!!」
仲間を失い、項を焦った一等兵はむやみやたらに銃を乱射し始める。辺りをレーザーが飛び交うが、肝心の夢川には一発も当たらない。徐々に差を縮められ、遂には目の前に立った。空かさず一等兵は、夢川にパンチを繰り出すが虚しく空を切った。気が付けば、目の前にいた筈の夢川がいなくなっていた。
「いっ、いったい何処に?」
「“純哉”!! 上だ!!」
「え?」
純哉と呼ばれる一等兵の拳が空を切った時、夢川はその場から飛び上がり、頭上の空中に立っていた。そして、上を向く前に彼の頭の両側を持つと、一気に180度回転させた。ゴキッ、という鈍い音が首から聞こえた瞬間、純哉はその場に崩れ落ちた。
「これで二人目……残るはあなただけです」
「十五……卓……純哉……お前達の敵は必ず俺が取ってやるからな……おい、お前の名前は……」
「夢川……いえ、私は……私の名前は……」
本名を名乗るのは不味い。自分だけでなく、家族にまで危険が及んでしまう。ここはセオリー通り、非労運ネームを名乗るべきだろう。そして、それに関して夢川は幼い頃からずっと考えていた名前があった。まさか、こんな形で夢が現実になるとは思わなかった。
「私は正義の非労運……“ジャスヘルト”」
「ジャスヘルト? 何だそれ?」
「ジャスヘルトのジャスは、英語でジャスティス。ジャスヘルトのヘルトは、ドイツ語で英雄を意味する」
「成る程な、それなりに気合いの入った名前な訳か。俺は秘密結社グレーのしたっぱ戦闘員!! 本名は寺田富一!! お前を倒して親友の敵を取る!!」
そう言うと富一は、レーザーをジャスヘルトに向けて放った。しかし、これを予測していたジャスヘルトは難なくかわす。そして距離を詰めようと思った矢先、何と富一の方から近付いて来た。
「うぉおおおおおおお!!!」
レーザーを発射し、どんどん距離を詰めていく。やがて目先までたどり着いた富一は、銃を上空へと放った。いったい何がしたいのか、夢川は放り投げられた銃を目で追おうと、顔全体を上げた。その瞬間、富一は疎かになった足下を狙って足払いを食らわせた。
「きゃっ!!?」
「貰った!! この勝負……」
ジャスヘルトが転んだと同時に、上空に放った銃が富一の手元に戻って来る。そしてそのまま流れる様に銃口をジャスヘルトへと向ける。
「俺達の勝ちだ!!」
引き金を引く富一。銃口からレーザーが発射され、ジャスヘルト目掛けて飛んでいく。するとジャスヘルトは、何とそのレーザーに向かって勢いよく拳を突き出した。ぶつかり合うレーザーと生身の拳。熱い。拳の皮膚と肉が焼けていく。しかし、ジャスヘルトの勢いは止まらない。徐々にレーザーを押し返し、遂にはレーザーごと拳を富一の顔面に叩き込んだ。
「はぁああああああああ!!!」
「十五……卓……純哉……皆……ごめん」
ジャスヘルトが放った渾身の一撃は、富一の顔面を爆散させた。残ったのは怪異人達の死体と一人生き残ったジャスヘルトだった。
「はぁ……はぁ……ん?」
息を整えていると、いつの間にか逃げ惑っていた筈の市民達が戻って来ており、ジャスヘルトの戦いを観戦していた。更に勝利を収めた瞬間、惜しみ無い歓声と拍手が周囲に鳴り響いた。
「カッコいいぞ!!」
「最高だぁ!! 俺、あんたのファンになっちまった!!」
「きゃー、こっち向いて!!」
「非労運!! 非労運!! 非労運!!」
やがて、歓声と拍手は非労運コールへと変わり、高揚感に包まれたジャスヘルトは拳を天高く突き上げる。
「私は正義の非労運“ジャスヘルト”!! 皆さんの平和は私が必ず守ります!!」
「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」
ジャスヘルトの言葉にギャラリーは一層沸き立つ。そんなジャスヘルトとギャラリーの様子をビルの屋上から眺める四人の人影があった。そう、途中から姿を消していたスライム怪異人、達磨怪異人、目玉怪異人、そして軍服ゾンビ怪異人である。
「緊急事態発生だ。この事を急いでマスターグレーに報告するぞ」
「「「おう」」」
軍服ゾンビ怪異人の言葉と共に、四人はその場から一瞬にして姿を消してしまった。そんな事は露知らず、ジャスヘルトは華々しい非労運デビューを飾るのであった。
しかし、まだ彼女は知らない。ここから、秘密結社グレーもといマスターグレーとの長きに渡る戦いが繰り広げられる事を……。
今回で夢川視点は終了となります。
次回から影野もといマスターグレーの視点となります。
次回もお楽しみに!!
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