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覚醒

果たして無事に夢川は非労運になれるのだろうか!?

 優子さんに誘われ、黒塗りの高級車に乗り込む。大学時代、運転免許を取ってレンタカーで友達と遊びに行った時や、警察官の両親にお願いして、誕生日にパトカーに乗せて貰った時とは違う。


 埃一つ落ちていない綺麗な床。固過ぎず、柔らか過ぎない、丁度良い座り心地の座席。当然の様に窓ガラスは防弾仕様。走行中のエンジン音は、聞こえるか聞こえないかの絶妙な具合。微かに揺れる体と微かに香るフローラルな香り。そして微かにスピーカーから流れるBGM。その全てが心地好く、油断するとあっという間に眠ってしまいそうになる。


 他とは一線を引いた正真正銘の高級車。私の様な一般人が、おいそれと乗れる物では無い。どう座るのが正しいのか分からず、緊張から両足をくっ付け、その膝の上に拳を乗せ、背筋を伸ばして背もたれには寄り掛からず座る。


 仕事場近くの見慣れた景色が窓の外を横切るが、見ている余裕など無い。一秒でも早く、目的地に辿り着く事を願うばかりだ。


 「ふふっ、緊張しているわね」


 そんな私を見兼ねて、優子さんが優しく声を掛けてくれる。心臓が飛び上がり、指先が痙攣し始める。緊張していた心に気恥ずかしさが加わった結果だ。だけど、これから非労運にして貰うのに、悪い印象は持たれたくない。


 「はっ!! はい!! そっ、そんな事無いですよ!! はい!!」


 慌てて誤魔化そうとしたが、第一声で裏返ってしまい、終始震え声になってしまった。面接でも無いのに、“はい”と丁寧に答え、語尾にも“はい”を付けてしまう程、テンパっている。


 車内の空調は完璧で適温なのだが、ここまでのたった数秒のやり取りで、顔に集中して体温が集まり、顔が火照ってしまう一方、手足の先に寒気を感じ始めた。


 「今からそんなに身を固くしてたら、到着する頃には疲れてしまうわ。ほら、横になって少しでも気持ちを楽にしましょう」


 そう言うと徐に、座席の手すりに備え付けられているボタンを操作し、お互いの背もたれを少し倒した。ここまで進められて断るのは、逆に失礼に当たってしまう。


 私は言われた通り、倒れた背もたれに寄り掛かった。すると先程まで感じていた手足の震えは収まり、顔に集まっていた体温も徐々に抜け始めた。良い座席は座るだけでも充分だが、背もたれを活用する事で最大限の安らぎを得られる。


 すると、優子さんが懐から液体の入った黒いキャップのスプレーボトルを取り出して見せる。


 「これは心を落ち着かせるハーブ入りの香水。目を閉じて嗅ぐとより高い効果が期待出来るの。さぁ、目を閉じて」


 私は言われるがままに、ゆっくりと目を閉じる。少しすると、顔の真横で“プシュ”というスプレーボトルを噴射する音が聞こえ、その直後中に入っていたであろう香水の甘い香りが鼻をくすぐる。


 「どう? 少しはくつろげるんじゃないかしら?」


 「あぁ、確かにこれは効果抜群です。さっきまで緊張していたのが嘘の様で……ふぁー……」


 「美咲さん? 美咲さん?」


 「…………」


 気張っていた力が一気に抜けた為だろうか、私はいつの間にか眠りに落ちそうになっていた。最後に見た光景は、優子さんが「おやすみなさい」と口にする所だった。そして私は意識を手放した。


 「…………被験体No.37659。麻酔スプレーによって無事鎮静を確認。感度……良好。血圧……正常。呼吸……正常。体温……良好」


 夢川が眠った事を確認した相澤は、先程までの優しい雰囲気から一変、機械的に淡々と夢川の体を調べ始める。運転手から手渡されたボード付きの書類に、数値を記入していく。


 一通り記入し終わると、相澤は手すりのボタンを操作し始める。すると車内の照明が付き、夢川の座席が完全に倒れ、寝転がっている状態に変わる。更に座席全体が動き始め、相澤の真横から目の前へと移動する。強い照明に全身を照らされ、仰向け状態で寝かされている様子は、まるで小さな手術室を彷彿とさせる。


 「ごめんなさいね、美咲さん。例えあなたでも、研究所の場所は教えられない。少なくとも今は……。代わりにこの移動式簡易研究所で我慢してね」


 そう言うと相澤は、夢川がいた元座席の下に隠してあったスーツケースを取り出し、蓋を開ける。中に入っていたのは、紫色の液体が入った一本の注射器だった。


 それをつまみ上げると、先端を真上に向けて中指でコンコンと弾き、中の空気を取り除く。


 「そして、これがお望みの放射線たっぷりの“非労運製造薬”よ。これまでの成果から確率は30%弱だけど、あなたは了承したものね」


 安らかな寝息を立てる夢川に対して、ペラペラと独り言を喋る相澤。そのまま躊躇無く注射器を刺し、液体を中に注入する。


 「生き残る事を期待しているわ」




***




 夢の中。何処までも広がる闇の世界。気が付くと、その中心に私は立っていた。不思議と不安や恐れは感じない。どれだけ歩いても、誰にも会えないし何処にも辿り着けない。それでもひたすらに歩き続ける。何故だかは分からない。けど、そうしなければいけない気がした。


 しばらく歩いていると、音が聞こえて来た。ブーンブーン。羽を高速で震わせる音。本能的に耳を塞ぎたくなってしまう。闇の中から現れたその正体は、一匹の“ハチ”だった。


 猛スピードで突っ込んで来るそのハチを、咄嗟に手で払い除けようとする。その結果……。


 「痛っ!!?」


 チクリと刺されてしまった。一瞬、痛みが全身を駆け巡る。役目を終えたのか、ハチはポトリと落下して息絶えてしまった。そしてまるで底無し沼の様に、ズブズブと闇の中へと沈んでいく。


 「何なのいったい……?」


 夢にしてはリアルな痛みだった。覚めてもおかしくないが、一向に闇の世界からは出られそうに無かった。気は進まないけど、私はまた歩き始めた。


 「はぁ……はぁ……はぁ……」


 呼吸が乱れ始める。夢の中の筈なのに、全身が気だるい。一歩進む毎に足が重たくなっていく。胃液が逆流し、吐き気を覚える。


 「も……う……駄目っ……!!」


 これ以上、堪えられそうに無い。私は歩みを止め、その場に四つん這いになって吐いてしまう。


 「おぉぇ!! おうっ!! うぇえ!!」


 一頻り吐き終え、少しだけスッキリした気分になるが、自分が吐き出した物を見て、再び気分が悪くなった。それは紛れもない“赤ん坊”だった。鳴き声一つ上げず、その場に横たわっている。生きているのか確めようと近付いたその時、両目をカッと見開き、二本足で立ち上がる。


 更にどんどん成長は加速していき、幼稚園、小学生、中学生と見た目が変化していく。いったい何がどうなっているのか、さっぱり分からない。だけど、高校生まで成長した段階で全てを理解した。


 「影野君……」


 七年前、世間知らずだった私が生み出し、今も尚抱え続ける後悔。もし、あの時彼に関わらなければ、もし、もっと早く自身の過ちに気が付いていれば。謝りたい。面と向かって、あの時の事を謝りたい。


 そんな私の思いとは裏腹に、影野君は私を見るなり遠くへと駆け出してしまう。


 「まっ、待って!! 影野君!!」


 慌てて後を追い掛ける。でも、走っても走っても一向に距離が縮まらない。すると今度は二人の間に割って入る様に、真っ暗な地面からまるで噴水の様に、真っ黒な液体が沸き出て来る。


 思わず足を止めると、沸き出た真っ黒な液体は粘土の様に形作り、おぞましい化物へと姿を変えた。


 その姿には見覚えがあった。直接は無い。テレビのニュースで何度も目にした。七年前、WTSをジャックし、全世界に犯行声明文を送った人物であり、一度は壊滅したと噂になったが、最近復活を遂げた秘密結社グレーのリーダー。


 「“マスターグレー”!!?」


 ここが夢の中だという事をすっかり忘れ、私は身構える。パンチや回し蹴りなどを食らわせるも、効いている様子は一切見受けられなかった。


 「どうして……!!」


 アッパー、膝蹴り、合気道、首を折ろうともしたが、びくともしなかった。


 「どうして……どうして……どうして!!」


 それでも私は諦めず、何度も繰り返し攻撃した。


 「どうして!!」


 何度も……。


 「どうして!!」


 何度も……。


 「どうして!!」


 何度も……。


 「…………」


 やがて私は攻撃の手を止めた。無力な自分に痛感し、両膝を付いて項垂れる。するとそれまで全く動かなかったマスターグレーが、両手で私の首を絞め始めた。


 「がぐぅ……あがっ……!!!」


 夢の中なのに苦しい。夢の中なのに意識が遠退いていく。夢の中なのに死の恐怖を感じる。逃れようと必死に抵抗を試みるが、抜け出せそうに無い。


 首がどんどん絞まっていく中、背後に同じ様な真っ黒な液体が沸き出す。そして同じ様に液体は形作る。だが、今度生まれたのはちゃんとした人形だった。


 『諦めてしまうのかい?』


 「あ……なた……は……」


 そこに現れたのは、かつて幼かった私を救ってくれた非労運の姿だった。


 「助け……て……」


 私は彼に手を伸ばし、助けを求める。彼ならまた私をこのピンチから救い出してくれる。そう思っていた。


 『君はこんな所で怪異人に負けてしまうのかい?』


 「おねが……い……た……すけ……」


 『君の非労運に対する思いとは、その程度の物だったのかい?』


 だけど聞こえていないのか、私の声を無視して一方的に語り掛けて来る。薄れ行く意識。脳裏を過るのは、大好きな両親。二人の間に生まれた私は、最高に幸福だ。非労運。私の最大の目標であり、目指すべき夢。影野君。もう一度、あなたに会いたかった。会って、ちゃんと謝りたかった。


 幸せだった思い出ややり残した後悔が走馬灯の様に駆け巡る中、次第に私の中でとある変化が起こった。


 「(何で……何で私がこんな目に……)」


 それは怒り。友人一人救えず、目指した非労運も一般人だからなれないとスタートラインにすら立たせて貰えず、今も怪異人に殺されかけているのに、憧れの非労運は助けてくれない。


 理不尽な現実。そして何より、圧倒的力の前には何も出来ない不甲斐ない自分に腹が立って来る。


 歯を食い縛る。全身に力を入れる。すると全身が青く発光し始める。何が起こっているのか、そんなのは最早どうでも良かった。今は只、このやり場の無い怒りを何処かにぶつけたい。


 「うっ……うぅ……うわぁあああああああああああ!!!」


 その瞬間、世界が吹き飛んだ。マスターグレーも、憧れの非労運も、真っ黒だった世界も、全てが綺麗さっぱり無くなり、反対に真っ白な世界に変わった。


 「はぁ……はぁ……はぁ……」


 そして私は眩い光に包まれる。




***




 「はぁ……はぁ……はぁ……」


 目を覚ますと私は天高くそびえ立つタワーの頂上にいた。“スカイフォースタワー”全長10,000m。約一年前に完成した世界一高い建造物として、ギネスに登録された場所。


 いったい何故こんな所に。そんな疑問が浮かび上がる前に、体の驚異的な変化を実感していた。見た目に一切の変化は見られない。しかし、内側から力が溢れて来る。心を覆っていたモヤが取り払われ、とても清々しい気分だった。


 「お見事」


 急な変化に戸惑いを隠せないでいると、後ろから声を掛けられる。振り返るとそこには優子さんが拍手をして立っていた。


 「優子さん……私はいったい……?」


 「美咲さん、歓迎するわ。ようこそ、こちら側へ。非労運の世界へ」


 「私が……非労運に……」


 夢川美咲、23歳。私は今日、長年の夢だった“非労運”になりました。


 「待ってなさいマスターグレー……あなたを倒して、必ず世界を平和にして見せる」


 もう影野君の様な失敗はしない。私は非労運……正義の味方なのだから……。

一人の非労運が覚醒した。

次回、覚醒した夢川の実力が明らかとなる!!

次回もお楽しみに!!

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