非労運を目指す者
前回、大人になった夢川さんが登場。
今回は現在の彼女についてと、とある人物との再会になります。
「はぁー……」
会議室を後にする夢川。お茶を運んだお盆を両手で抱き締めながら大きな溜め息と共に、両肩をガックリと落としてとぼとぼと歩いている。
途中、給湯室に寄って借りたお盆を返却し、非労運局本部入口の受付窓口へと戻る。キャスター付きの椅子に腰を下ろし、あまりの落ち込みから目の前の机に突っ伏してしまう。
「はぁー……」
「どうしたの? もしかして、あのセクハラデブオヤジに何かされた?」
再び深い溜め息を漏らす中、隣に座っている、同じ制服を着た同僚が真っ赤なネイルの片手間に、非労運育成部門統括の富岡を小バカにして話し掛けて来た。
「それともあの厚化粧オバサンに、目でも付けられちゃった?」
更には非労運報道・宣伝部門統括である荒地の事まで貶す程、肝っ玉が座っている。そんな彼女に対して呆れながら、突っ伏していた体を持ち上げ、夢川が口を開く。
「“嵐山”さん……幹部の方々を悪く言うのは、どうかと思いますよ」
「夢川さんは真面目ね。上の連中にとって、私達下の人間は眼中にも無いわよ」
嵐山と呼ばれる女性は、塗り終わったネイルにふぅーと息を吹き掛け、手早く乾かそうとする。
「……それで?」
「何がですか?」
「だから、何をそんなに落ち込んでいたの?」
「あぁ、富岡統括に好きな部署に配属させてあげると言われて、非労運にして下さいってお願いしたんですけど、一般の人は危険だからと断られてしまいました……」
「あんた……まだ諦めて無かったの?」
シュンと両肩を落として頷く夢川。これまで、耳にたこが出来る程聞かされたであろう嵐山。どっと疲れた表情を浮かべ始める。
「懲りないわね。確か、この間も人事に申し込んでいたわよね?」
「だって……」
「それと念の為言っておくけど、さっきの部署の話、あんなの建前で端っから変えるつもりなんて無い。狙いはあんたの体だからね」
「えぇ!!? そうなんですか!!?」
嵐山の言葉に驚きを隠せない夢川。どうやら本気で部署を変えられると信じていた様だ。
「あっきれた。あんたは良い意味で純粋というか、悪い意味で単純というか、自分の身を守る意味でも、もうちょっと人を疑う事を学んだ方が良いわよ」
「別に……非労運になる為だったら、自分がどうなろうと、どうでもいいですよ」
「あんた……ちょっと怖いわよ……」
夢川の言葉に背筋をゾクッとさせる嵐山。すると、社内入口の壁に備え付けられている大型テレビで、CMが流れ始める。
『皆さんこんにちは、株式会社Regyの代表取締役社長、影野重孝です。本日はわが社で開発した新たな商品をご紹介致します
テレビの画面には、社長室で椅子に座りながら、丁寧に机の上で両手を重ね合わせる。スーツ姿の白髪のオールバック、縁無しメガネを掛けた影野の姿が映っていた。
その映像を窓口越しに眺めながら、嵐山がうっとりとした表情で溜め息を漏らす。
「はぁー、凄いわよね。あたし達と差ほど変わらない年齢で、社長をしているなんて……それに凄くイケメン……こんな人と一緒になれたら、人生薔薇色よ」
「影野君……」
その横では、影野の顔を見ながら思い詰めた表情で、嵐山に聞こえない様にボソリと呟く夢川がいた。丁度その時、12時を告げる放送アナウンスが社内に流れる。
それを耳にした嵐山は、慣れた手付きで午後からの受付時間が記されたプレートを外側に置き、天井のシャッターを下ろして窓口を閉じる。
「お昼どうする? いつものカフェテリアにする?」
「ごめん、今月厳しくて……私はコンビニで済ませるから、嵐山さんは気にせず食べて来て」
「また? この間も同じ事言ってなかった? ここ競争率激しい代わりに給料は最高の筈だけど、いつも何に使ってるのよ?」
「えっとそれは……」
「あー、はいはい。どうせ非労運に関する本やグッズでしょ?」
「あはは……」
「全く……それじゃあまた午後にね」
「うん…………はぁー」
背を向けながら軽く手を振って、その場を去っていく嵐山。一人残った夢川は、背もたれにもたれ掛かり、三回目の溜め息を漏らし、目を閉じてしばらく天井を見上げていた。
***
私、夢川美咲。年齢は23歳。警察官の両親を持ち、二人の背中を見て育った事で自然と正義に対して憧れを抱く様になった。
幼い頃は自分も、両親と同じ警察官になりたいと思った。けど、中学二年の春に人生を大きく変える出来事が起こった。
「か、怪異人だ!!!」
「逃げろ!!」
「非労運はまだか!!?」
街中で怪異人と遭遇した。周囲の人々が逃げ惑う中、私はあまりの恐怖にその場から動く事が出来なかった。
「うあ……あ……う……!!」
「ふざけやがって!! 何で俺がこんな目に遇わなければならない!! 俺が何をしたっていうんだ!! なら、望み通り暴れてやる……お前ら全員皆殺しにしてやる!! ん?」
「あ……い、いや……来ないで……」
「まずはお前からだ!!」
殺される。そう思った次の瞬間……。
「ふん!!」
「ぐぼぎゃあ!!!」
「!!?」
一人の非労運が助けてくれた。その人は私の前に立って、正面から怪異人を一撃で倒した。
「君、怪我は無いかい?」
「あ、あの……ありがとう……ございます……」
「礼には及ばない。だって僕は非労運だからね!!」
暖かな太陽の様な存在。側にいるだけで安心する事が出来る。希望の象徴で、皆を正義という名の光で照らしてくれる。その日から、私の夢は警察官から非労運になった。
「……なのに、今の私は非労運じゃない。非労運局本部には勤めているけど、只の事務員……」
非労運局本部前にある噴水広場。皆の憩いの場として、子供からお年寄りまで幅広い年齢層に人気のスポットになっている。私はそこにあるベンチに座りながら、コンビニで買ったおにぎりとお茶を食べて、一人項垂れていた。
「何だか……思っていたのと違うな……」
中学の経験から高校、大学と順調に進んでいき、就職先は勿論非労運局本部の非労運を希望した。しかし肝心の面接日、私は衝撃の事実を知らされた。
「夢川美咲さん、あなたは非労運になりたいとの事ですが、事実ですか?」
「はい、非労運になって困っている人や、悩んでいる人の希望になりたいと考えています」
「成る程、しかし残念ながら非労運になれるのは、放射線の影響によって内的変化を起こした者達だけだ。夢川さんは身体的にも能力的にも、一般人と何も変わらない。つまり、非労運になれる可能性はゼロだ」
「えっ!!? そ、そんな!!?」
「だが、夢川さんの優秀な学歴と、これまでのボランティア実績を加味すると、我々としてもぜひ夢川さんには、わが社で働いて欲しいと考えています」
「で、でも非労運にはなれないんですよね? それじゃあ皆を助ける事が……」
「何も非労運達だけが、人々を助けている訳じゃありません。非労運局で働く全ての人間が街の人々の為に動いています。ですので、きっと夢川さんが望む仕事に就けると思いますよ」
「そ、そうでしょうか……?」
「誰でも初めては不安な物です。一先ずは事務員として働いては如何でしょう。気に入らなければ、いつでも人事にご相談下さい」
そうして、私は非労運局本部に配属され、事務員として働く事になった。だけど、働いてすぐに分かった。これは私が求めていた非労運の仕事じゃない。上や外部から送られて来る書類を右から左へと流し、非労運達に対するクレームや追っかけに対応する毎日。
勿論、この仕事も世の中に必要な立派な物だというのは理解している。けど、私がやりたかった人助けとは全然違う。
「もう辞めようかな……」
そう思って、もう何度目だろうか。このままこの仕事を続けても、非労運になる事は出来ない。それならいっそ両親と同じ警察官に転職して、直接的に人々を助ける方が良いんじゃないかと、度々脳裏を過っては結局諦めきれず続けてしまう。
そこまで非労運に固着する理由……それは、中学の時の一件だけじゃない。すると街道モニターに、またあのCMが流れる。
『夢を叶えるのに必要なのは、何よりも諦めない強い心です。私も今でこそ成功を収めていますが、当時は失敗の連続で…………』
株式会社Regyの社長である影野が、新商品の発表と共に、成功への秘訣を話している。それまで項垂れていた夢川も、そのCMだけは食い入る様に見ていた。
「影野君……凄い立派になったね……」
私が非労運を諦めきれない理由……それは、高校の頃に出会った影野君の事が忘れられないからだ。
影野重孝。私よりも一歳年上の彼は、当時の私からすれば非常に大人びて見えた。だからこそ、凄く興味を惹かれて気が付けば彼の背中ばかり追う様になっていた。
だけど、そんなクールな印象を受ける影野君は、よくクラスメイトからちょっかいを出される事が多かった。そして愚かにも、その時私は只の悪ふざけとして認識していた。しかも、その原因が私自身にある事も知らずにいた。
何が人々を守る非労運になるだ。友達が虐められている事にすら気付かず、あまつさえその原因となっていたなんて、非労運を目指す者として呆れて言葉が出ない。あの時程、自分の情けなさと不甲斐なさに腹を立てた事は無い。
だけど……だからこそ、あの出来事は私を非労運としての道を奮い立たせた。償いになるとは思わない。それでも、私にはより多くの人々を救う責任がある。警察官の両親と救えなかった影野君に誓って、私は必ず非労運にならなければならないんだ。
「……はぁー……」
なのに、未だスタートラインにすら立っていない。時間は無限にある訳じゃない。こうしている間にも、多くの人々が非労運の助けを求めているのだ。
「秘密結社グレーめ……」
一度は壊滅したと思われていた悪の組織。それが先日の襲撃によって、悪い意味で華々しく復活を遂げた。それに影響を受けて、数多の怪異人達が世界各地で暴れている。既に多くの死傷者が出ている。最早彼らには、人の心は存在していない。これ以上、不幸な人が出ない為にも、一日でも早く怪異人を根絶やしにしなければいけない。
「マスターグレー……あなたさえいなければ……」
秘密結社グレーのリーダーであるマスターグレー。あいつさえ現れなければ、世界は今まで通り平和だった。もし叶うなら、私の手で決着を付けたい。
「……とは言うものの、どうすれば非労運になれるんだろう……」
「あら、懐かしい声がすると思ったら、やっぱりあなただったのね」
「え?」
突然、声を掛けられて声のした方向を見る夢川。そこに立っていたのは、高校時代に保健医を勤めていた“相澤優子”であった。
数年ぶりだというのに、その肌は全く衰えてはおらず、相変わらず男性を誘惑する様な短めのスカートを着こなしている。
「あ、相澤先生!!?」
「お久し振りね、夢川美咲さん」
魅惑の保健医こと相澤先生、登場!!
果たして二人は何を話すのだろうか。
次回もお楽しみに!!
評価・コメント・ブックマークお待ちしています。




