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非労運局本部

皆さん、お久し振りです。

前回からかなり間が空いてしまいましたが、新しい話を更新したいと思います。

今回から一旦、グレー達の視点では無い別の人の視点での話が展開されて行きます。

 「何だこの体たらくは!!?」


 今にもボタンが弾き飛んでしまいそうな程、パツパツなスーツを着込み、ワイシャツの隙間から見える弛んだ腹と、汗で黄色く滲んでいる首回りの二重顎が特徴的な、寂しい頭頂部を持つ中年の男が椅子に座りながら、額に血管を浮かび上がらせる程、怒りを露にして目の前の円形状のテーブルに握り拳を振り下ろす。


 衝撃でテーブルが僅かに揺れ、声を荒げた事で男の汗と唾の飛沫が飛び散る。そんな興奮した様子の彼の他に、離れた箇所に四つの椅子が置かれており、一席の空席を除いて三人の男女がそれぞれ座っている。


 「おい、ガタガタ喚くな。鬱陶しい」シュシュ


 「何だと!!?」


 怒りの感情を剥き出しにする中年の男に対して、新品を思わせるパリッとしたスーツを着込み、髪の毛が一本も落ちない様に固めたオールバックと、両手に白いゴム手袋、顔には下半分を覆い隠す黒マスクを着用し、鋭い目付きを覗かせる男性が苦言を呈する。更に中年の男性がいる方向に向けて、アルコール消毒液が入ったボトルスプレーを吹き掛ける。


 貶された事に更なる怒鳴り声を上げる中年の男。その度に消毒液を吹き掛ける男性。そんな二人の様子を見ながら、呆れた様子で溜め息を漏らす女性。


 「ふぅ、いつまでコントしているつもり?」


 サラサラのブロンドの髪をなびかせ、黒いドレスに身を包んだ女性。まるで魔女の様な長い付け爪に、年齢を誤魔化す為か、顔を動かす度にファンデーションの粉が舞う程、厚く化粧している。


 「コントだと!!? これの何処がコントに見えると言うんだ!!?」


 「そうですよ。この人が一方的に大道芸を披露しているに過ぎません」


 「な、何だとこの……」


 またしても黒マスクの男性に貶され、怒りを爆発させようとする中年男性。彼が声を張り上げようとしたその時、残る男性が言葉を遮る。


 「そこまでだ。諸君、ここは仮にも世界が誇る非労運局の“本部”なのだ。もっと節度ある態度を示したらどうだ」


 「…………チッ」


 「失礼致しました。つい、感情的になってしまいました」


 ガリガリに痩せたその姿は、スーツ越しからでも分かる。椅子に座っていながら、四人の内誰よりも背が高い。刻み込まれた隈と冷たく無機質な眼鏡が、男の冷酷さを表していた。


 彼の言葉に中年の男は、舌打ちを鳴らしながらも大人しくなった。同様に黒マスクの男性も丁寧に謝罪した上で、大人しくなった。その様子を見届けると、眼鏡の男は自らの首をポキリと鳴らす。


 「……さて、滅多な事では集まらない我々が、こうして全員顔を見合わせた理由「ちょっと待ってよ」……なにかね?」


 「全員って、まだ一人来てないみたいだけど?」


 そう言いながら、厚化粧の女性は空席を指差した。この部屋は中央の大きな円形状のテーブルに対して、椅子が全部で五つ設置されている。しかし、この場にいるのは合わせて四人。一人だけ足りないのだ。


 すると眼鏡の男は、眼鏡を外して専用のハンカチでレンズ部分を拭き始める。


 「彼女に関しては、幾つか特例が認められている。例えば、今回の様な緊急会議に顔を出さなくても良いとかな……」


 「何よそれ、不公平じゃない。外部協力者とはいえ、私達と同じ歴とした非労運局本部における“幹部”なんだから、特別扱いは許されないんじゃないの?」


 「外部協力者だからだ。いつ裏切るかどうか分からない以上、彼女に余計な情報を掴ませるのは最も愚かな行為だと思わないか?」


 「まぁ、確かにね……」


 説明に納得し、大人しく食い下がる。


 「他に意見はあるか? ……では「あっ、ちょっと待ってくれるか?」……今度は何だ?」


 話を再開させようとした矢先、今度は中年の男が話を遮った。眼鏡の男はイラつきながらも、問い掛ける。


 「叫んだせいで喉が渇いた。飲み物を頼ませてくれ」


 「……いいだろう、君達も欲しかったら今の内に頼んでおくといい」


 「あっ、じゃあ私は紅茶でも貰おうかしら」


 「コーヒーをお願いします」


 「あー、はいはい分かったよ」


 お言葉に甘え、厚化粧の女性は紅茶、黒マスクの男性はコーヒーを頼んだ。中年の男性は面倒臭がりながらも、椅子の肘当てに取り付けられた複数のボタンの内、一つのボタンを長押しする。


 すると同じく肘当てに取り付けられたスピーカーから、女性の声が聞こえて来る。


 『はい、こちら受付窓口でございます。ご用件をお伺い致します』


 「あー、今すぐ第一会議室にコーラと紅茶とコーヒーを持って来い」


 『……コーラ、紅茶、コーヒーですね。かしこまりました、少々お待ち下さい』


 そう言うと、スピーカーから聞こえてきた声が途切れる。


 「さて……今度こそ本題に入らせて貰うとしよう。我々がこうして顔を見合わせた理由、分かっているだろう?」


 それぞれと目配せする眼鏡の男。そんな中、黒マスクの男性が口を開く。


 「“秘密結社グレー”ですね?」


 その瞬間、一気に場の空気に緊張が張り詰める。寒気すら感じるこの空間を最初に打ち破ったのは、やはり中年の男だった。またも、怒りの感情を爆発させる。


 「秘密結社グレー!! あぁ、奴らのせいで!! 奴らさえ現れなかったら、何の問題も起こらなかった!!」


 「そもそもこうなったのは、おたくの育て方が甘かったからじゃないの? ねぇ、非労運育成部門統括の“富岡小安”さん?」


 「何だと!!?」


 非労運育成部門。その名の通り、生まれた新人の非労運達を鍛え上げ、世界中の治安維持に貢献している。その統括である富岡小安は、今の非労運局本部が設立される以前の怪異人対策本部の頃、親のコネによって入社し、そのままあれよあれよと出世街道を昇って行った所謂お坊ちゃんなのだ。


 「お二人とも落ち着いて下さい。そんな不毛な言い争いは見るに堪えません」


 「あら? そう言うあなたはどうなの? 対怪異人用兵器開発部門統括の“栗山宗治”さん?」


 「……何が言いたいんですか?」


 「聞けば、つい最近保有している兵器工場が秘密結社グレーに襲われたそうじゃない」


 「何、それは本当か!!?」


 「…………」


 「しかも、新開発した兵器を設計図ごと根こそぎ持って行かれたらしいわね」


 「ほほぅ、それはそれは……随分とヘマをやらかしたみたいじゃないか? えぇ?」


 「…………」


 対怪異人兵器開発部門。通常、怪異人に兵器などの類いは一切効かない。だからこそ、同じ力を保有する非労運達に退治して貰う必要がある。しかし、それでは何の力も持たない一般的な警察などの組織が活躍出来ない。そうした観点から生まれた部門。その統括である栗山宗治は、末端からキャリアを積み重ねる事で、若くして成り上がった人物。その為、何の苦労もせずに地位を手に入れた富岡とは相性が悪い。


 そんな栗山だが、最近秘密結社グレーによって、保有する工場が幾つも襲われてしまい、甚大な被害が及んでいる事に頭を悩ませている。何処からそんな情報を仕入れたか分からないが、何も言い返す事が出来なかった。


 「おほほほ、情けない男どもね。やっぱりこれからの時代、女性が物を言っていかないとね」


 「そう言う君はどうなんだ、非労運報道・宣伝部門統括の“荒地馬路世”さん?」


 非労運報道・宣伝部門。主に非労運達の活躍や、関連したグッズなどをCMや広告記事に載せ、宣伝する部門。その統括である荒地馬路世は、その美しい見た目と大人の魅力を武器に、次々と大手のテレビ局と広告会社を抱き込んだ凄腕の人物。この部門は彼女一人で成り立っていると言っても過言では無く、彼女がいなくなれば瞬く間に崩壊すると言われている。


 そんな彼女の失敗を望む男達二人だが、予想に反して荒地は得意気な表情を浮かべる。


 「残念だけどCMの視聴率、グッズ販売と共にうなぎ登り。寧ろ、秘密結社グレーが暴れるお陰で、国民はより一層非労運の活躍を応援してくれているわ。本当に怪異人様様ね」


 「くっ……」


 思った反応を得られず、悔しそうな表情を浮かべる二人。そんな中、眼鏡の男が荒地に苦言を呈する。


 「あまり敵を褒めるな。このまま非労運達が負け続ければ、これまで我々が築き上げて来た国民からの安心と信頼は崩れ落ちる。そしてそれは同時に、ずっと保って来ていた非労運と怪異人のパワーバランスが崩れる事に他ならない」


 「相変わらずお厳しいですね。非労運都市開発部門統括の“スケル・フロワ”さん」


 非労運都市開発部門。怪異人や非労運が生まれ、その戦いに巻き込まれて何度もビルや家が倒壊した。そんな時に名乗りを上げたのが統括のスケル・フロワだった。彼は数百年先の人類ですら持ち得ない技術を使い、どんなに暴れても決して崩れない建物を次々と建設している。スカイフォースタワーやWTSは、元々彼が設計して建設した物なのだ。


 「いいか、秘密結社グレーが完全復活したあの日からここ数ヶ月。世界各地で非労運達が襲撃を受け、その全てに敗北している。こんな事は言いたくないが、マスターグレー率いる秘密結社グレーは、我々の非労運達よりも強い」


 この事実に対して、誰一人として声を上げなかった。沈黙。今度は重たい空気が場に流れ始めた。しばらくの間、無言の時間が続いていると、突然会議室の扉がノックされる。


 「誰だ?」


 『頼まれましたお飲み物を運んで来ました』


 ドア越しから聞こえるのは、先程富岡が受付窓口に飲み物を持って来る様に頼んだ女性社員の声だった。


 「おぉ、待ってたぞ!!」


 「あぁ、そうか……よし、入りたまえ」


 「失礼します……」


 三種類の飲み物を乗せたトレーを持ちながら、ドアを開けて入って来る女性社員。後ろを振り返り、確りとドアを締める。


 「始めにコーラを頼まれたのは……」


 「俺だ!!」


 まるで子供の様に元気よく手を挙げる富岡。女性社員はコーラを手に取り、富岡の前に置く。


 「次に紅茶を頼まれたのは……」


 「私よ」


 女性社員とはいえ、いや、女性社員だからこそ、礼儀正しく綺麗に見える様に軽く手を挙げる荒地。女性社員は紅茶を手に取り、荒地の前に置く。


 「最後にコーヒーを頼まれたのは……」


 「僕だ」


 二人とは違い、手を挙げる栗山。女性社員はコーヒーを手に取り、栗山の前に置く。すると直ぐに口を付けた二人と異なり、アルコール消毒液をハンカチに染み込ませ、カップの外側を丁寧に拭き始める。この様子にさすがの女性社員も苦笑いを浮かべていた。


 すると、コーラを飲み終わった富岡が女性社員を嘗め回す様に見る。


 「あれー? 君、初めて見る顔だね? もしかして新人さんかな?」


 「えっ、あっ、は、はい。先月より配属されました」


 「あー、そうかそうか。受付窓口となると、色々と大変な事があるだろうね。もし、君さえ良ければ好きな部署に変える事も出来るけど?」


 「本当ですか!!?」


 富岡の言葉に強く反応する女性社員。富岡と彼女を除く、ここにいる全員が分かっていた。これは富岡によるナンパ術であると……。気に入った女性に対して、希望の部署に移す事を条件に体をあれこれ好き勝手にするのだ。確かに希望通りの部署に配属される事になるが、その後も事ある毎に富岡に体の関係を迫られる。断れば、クビにすると脅した上で。


 これにより多くの女性は、嫌々ながらも彼に体を許してしまっている。そして今度のターゲットは彼女という事だ。そんな富岡の行動を誰も止めようとはしない。部下は勿論、同じ立場でこの場にいる他の三人も見てみぬ振りをする。何故なら、止めるメリットが無いからだ。


 例え後で数十人の女性社員からセクハラで訴えられたとしても、政府が管理している非労運局本部。意図も簡単に握り潰す事が出来るのだ。その為、可愛そうだが、この女性社員が富岡から逃れられる方法は存在しない……筈だった。


 「本当だよ。さぁ、言ってごらん? どの部署に移りたいんだい?」


 「はい、私を……“非労運”にして下さい!!」


 「…………え?」


 予想だにしなかった彼女の言葉に、その場にいる全員が呆気に取られる。富岡は首を振り、指で耳をほじくった後、もう一度聞き返す。


 「えっと……あれかな? 非労運に関われる部署に移りたいって事かな?」


 「いえ、私は非労運その物になりたいんです!!」


 「あっ……そう……か……」


 彼女の願いに頭を抱える富岡。未だに呆気に取られる栗山。困る富岡に薄ら笑いを浮かべる荒地。あまりの間抜けさに呆れるフロワ。


 「ど、どうかされましたか?」


 「あっ、えっとね……非常に申し訳無いんだけど……さすがに一般の人をね。あのー、非労運にするっていうのは、危ない事であってね……だからあの……この話は無かった事に……」


 「えっ……そ、そうですよね……ごめんなさい……それじゃあ……私はこの辺で……失礼します」


 「う、うん、何か悪いね。飲み物、ありがとうね」


 四人に軽い会釈をすると、そのまま分かりやすく両肩を落として、とぼとぼと会議室を後にするのであった。


 「……ま、まさか非労運になりたいと志願する子がいるとはね……」


 「ふふふ、全く面白い子だったわ。富岡さんも、形無しだったわね」


 「煩い!! あんな変態女こっちから願い下げだ!!」


 「数年前ならいざ知らず、まさかこの状況下で非労運になりたいとはな……」


 「私、あの子気に入っちゃった。名前なんて言ったかしら?」


 「それなら確か、パソコンのデータベースに載っている筈……あった!!」


 栗山がパソコンを開き、キーボードを弄る。新入社員のリストが開かれ、名前と顔写真が映し出され、その中から先程の新入社員の顔写真と名前を見つけ出す。


 「“夢川美咲”というらしい……」


 「夢川美咲ちゃん……か」


 夢川美咲の名前を呟き、妖しく笑みを浮かべる荒地。


 「もうその辺にしろ。議題に戻るぞ」


 そうして幹部達は、再び議題による話し合いを始めるのであった。

何とまさかの夢川美咲が登場!!

この七年の間、彼女に何があったのか!?

次回もお楽しみに!!

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