理不尽
「ば、化け物!!?」
自分でも信じられない位の大声が出た。人成らざる者を目の前にした事により、頭がパニックになった。唇の震えと動悸が止まらない。息苦しい。
「に、逃げなっ……!!!」
慌てて後退りした為、両足が縺れ合い、尻餅を付いてしまった。
「おしまいだ……」
逃げられない。そう確信した俺は、絶望感に苛まれながら、死の瞬間が来るのを待った。
「……?」
しかし、いつまで経っても訪れる事は、一向に無かった。恐怖心から確認するのを躊躇うが、それでも好奇心の方が勝ってしまい、恐る恐る化け物に目線を向けた。
「こ、これは……!!?」
そこには何と、俺と同じ様に尻餅を付いている、化け物の姿があるじゃないか。偶然? そんな訳が無い。その時、嫌な予感が脳裏を過っていた。
「まさか……っ!!!」
目線を正面から、自身の体へと移した。すると思った通り、俺の体は窓にいる化け物と、同じ姿になっていた。いや、窓にいる化け物じゃない。自分の姿が窓に写っていただけだった。
「嘘だろ……どうしてこんな……」
体中、隅から隅まで触った。硬い。鉄の様だ。それに先程から、妙に気分が良い。まるで、今まで付けられていた重りを取り外したみたいに、体が軽い。
「何だ……ちょっと格好いいじゃないか……」
昔から、アニメや漫画に出て来る悪役に惹かれていた。この鋭利な爪や、恐ろしい形相、不気味だが強そうだ。
「重孝君!! 叫び声が聞こえたけど、大丈夫!!?」
自身の外的変化に見惚れていたその時、叔母さんの声がドアの向こう側から聞こえて来た。
「(叔母さん!!? しまった!! 聞こえてたか!!)」
忘れてはならないが、今は真夜中。大声を上げれば、家の人が駆け付けて来るのは当然だ。
「(今、この姿を見られるのは不味い!! かなり不味い!!)」
「どうしたの!!? 返事をして!!?」
「な、何でも無いよ。ちょっと、ベッドから転げ落ちただけだから、心配しないで!!」
「本当に? 怪我とかしてない?」
「大丈夫だよ、おやすみなさい」
「おやすみなさい……」
ドアから離れる足音が聞こえると、次第に小さくなった。やがて、完全に聞こえなくなった。
「……ふぅ……」
何とか誤魔化せた……かな。だが、このままじゃ、遅かれ早かれバレてしまうだろう。その前に、どうにかして元に戻らないと。
「その前に、この部屋を出よう。玄関……は、目立つから窓から行くか」
窓を開け、外へと飛び出した。これ以上、家の中で騒げば叔父さん、叔母さんの迷惑になってしまう。出来る限り遠く、顔見知りのいない所に向かう事にした。
「うわっ!!?」
すると、勢い余って向かいの家の屋根に飛び乗ってしまった。そのあまりの跳躍力に、脳の理解が追い付かず、転けそうになった。
「驚異的だな……」
しかし、この力は使える。俺は、屋根から屋根へと渡って行った。
「……こんな遠くまで来てしまった……」
現在、俺は建設途中の“スカイフォースタワー”、634m地点、外に突き出している鉄骨の上に立っていた。
「それも一時間弱で……」
自宅からタワーまで、車でも約三時間は掛かってしまう。そんな物理的に離れた距離での移動時間を、短縮してしまう身体能力に圧倒された。
「高いな……これでまだ1/3も出来ていないんだから、驚きだよ」
スカイフォースタワー。戦争終結の記念として建設されているこのタワー、全長10,000mを予定しており、無事に完成すれば、世界一高い建造物として歴史に名を刻み込むだろう。
「……これからどうするか……」
鉄骨の先に腰掛ける。両足が宙ぶらりんだが、不思議と恐怖は無い。寧ろ、絶景からの眺めに、高揚した気持ちだった。だけど、それ以上に後先の不安に押し潰されそうだった。
「冷静に考えて……“怪異人”だよな……これ」
確かに、覚醒するかもしれないと考えたりしたが、まさか本当になるなんて、夢にも思わなかった。
「どうやったら元に戻れるんだ……」
怪異人は、社会にとって不必要な存在、害悪だ。もし、一生このままの姿だったら、俺は間違いなく抹殺されてしまう。それだけじゃない。叔父さん、叔母さんが俺を育てた罪で殺されるかもしれない。それだけは駄目だ。何としてでも、元に戻らなくてはならない。
「でも、いったいどうしたら……ん?」
頭を悩ませていると、側に鉄工用ドリルが置かれているのに気が付いた。恐らく、作業が終わった後、仕舞い忘れてしまったのだろう。
「…………」
俺は、何気無くそのドリルを手に取った。スイッチに指を掛けると、先端部が高速回転した。電池は入っている様だった。
「……まぁ、戻る前に耐久力を確かめるのも、一興だな」
好奇心に負け、ドリルを高速回転させながら、ゆっくりと自身の腹に近付けた。
「…………」
緊張が走る。一歩間違えれば、大怪我は免れない。慎重にドリルを腹に突き立てた。
ガリガリ!! ギュルル!!
「!!!」
結果として、腹は傷一つ付かなかった。逆に、ドリルの方が折れ曲がり、使い物にならなくなってしまった。
「凄い……この力があれば……」
虐めっ子達を、叩きのめす事が出来る。現状を打破する事が出来る。俺は、邪悪な笑みを浮かべた。
「……何てな、そんな事をしたら、あいつらと同じ土俵に立つ事になる。それだけは、絶対にごめんだ」
いくら力を手に入れたからと言っても、好き勝手に振り回して良いかと言えば、そんな訳無い。弱い者虐めだけは、絶対にしない。そう、心に誓ったんだ。
「それにしても、いつになったら元に戻れるんだろうか……」
「おい、そこで何をしている!!」
「あ?」
声を掛けられた? 誰に? ここは634m地点、しかも建設途中、部外者が立ち入る事は出来ない筈だ。作業員か? こんな深夜に? いくら考えても答えが出ない。確認した方が早いと判断し、俺は振り返った。
「ここは関係者以外、立入禁止なんだぞ!!」
「……サラリーマン?」
そこには、リクルートスーツを着用し、眼鏡を掛けた七三分けの男性が、こちらに指を指しながら立っていた。その両脇には、同僚とおぼしき男前な男性社員と、美人だが目付きの鋭い女性社員が立っていた。
「何でこんな所に?」
「おい、聞いているのか!? ここは!! 関係者以外!! 立入禁止なんだぞ!!」
「あぁ、聞こえてます、聞こえてますよ。今すぐ退散するので、すみませんでした」
ここは、素直に立ち去るのが正しい。向こうの言う通り、こっちは勝手に入り込んだ部外者、反論の余地は無い。俺はゆっくりと立ち上がり、その場を去ろうとした。
「ん? ちょっと待て、お前よく見たら……まさか怪異人か!!?」
「(ヤバい!! ここで怪異人がいると騒がれたら、面倒な事になる!! 黙らせるか? いやいや、そんな事をしたら余計に面倒な事になる!!)」
「怪異人め!! こんな所で何を企んでる!!」
「(取り敢えず、穏便に落ち着かせないと……)あ、あのー、信じて貰えないと思うんですが、実は数時間前までは人間でして……」
「嘘を付くな!!」
「いや、本当なんですよ!! 親父が怪異人で……」
「やっぱり怪異人なんじゃないか!!」
「だ・か・ら!! それは親父の事であって、俺の事じゃ無いんですってば!!」
「世の平和を乱す怪異人め!! 退治してくれる!! 行くぞ!! “彰”、“アンジェラ”!!」
「「おぅ!!」」
そう言って、七三分けの男は彰、アンジェラと呼ばれる同僚と供に、各々ベルト、腕時計、イヤリングに触れた。
「なっ!!? それって“パワードアクセサリー”!!?」
『パワードアクセサリー。それは、非正規労働運営の科学部が開発した、“非労運”専用のパワードスーツ自動装着機だ。非労運は、何時何時襲われるか分からない。そんな時、パワードアクセサリーを身に付けていれば、いつでも好きな時に“異次元”からパワードスーツを取り出し、装着する事が出来る。ベルト、腕時計、イヤリングを始め、ブレスレット、チョーカー、カチューシャ、義眼などバリエーションも豊かだ』
というのをニュースや、TV番組でよく見掛けた。毎回思うのだが、義眼なんて使う奴いるのか? 逆に使いづらいと思うのだが。それに異次元って……いや、そんな事を考えている暇は無い。あの三人がパワードアクセサリーを持っているという事は即ち……
「まさか……お前らは……!!?」
「そうさ!! 今頃気が付いたのか!! “装着”!!」
まるで、某アメリカ・コミックに出て来る鉄の男を彷彿とさせる素早い装着により、一瞬にして目の前に、三人の非労運が現れた。
「さぁ、いざ尋常に勝負!!」
「待って待って!! 話を聞いてくれ!! 俺は人間なんだよ!!」
「来ないのか? じゃあこっちから行かせて貰うぜ!!」
パワードスーツを装着した、七三分けの男が、こちらに向かって走って来た。
「人の話を……っ!!?」
殴られた。ドリルで傷一つ付かなかった腹を。痛い。虐めっ子達のパンチが、可愛いと思える位。
「おげぇ!!!」
あまりの痛さに、膝を付いてしまった。口からは涎が出ていた。
「どうした? 一発でダウンか? 怪異人の癖にだらしないぞ。彰、アンジェラ、お前達も加勢してくれ」
「了解」
「分かったわ」
三人掛で、痛め付けられた。尋常じゃない程、痛い。痛過ぎる。よく考えれば当たり前か、非労運はパワードスーツを装着する事で、怪異人の五倍強くなるんだから。
「(それなのに……三人ってのは卑怯じゃないか!!? こっちは一人なんだぞ!!? 多人数で一人を痛め付けて、楽しいのかよ!!)」
「中々、しぶといわね」
「そうだな、よし!! “ジャスティス・ジャッジメント”を使おう!!」
「(ジャスティス・ジャッジメント!!?)」
ジャスティス・ジャッジメント。全非労運達が、共通して扱う事の出来る必殺技。食らった怪異人が、跡形も無く吹き飛ぶのをニュースやTV番組で、よく見掛けた。まさかそれを俺に!? こんな無防備で抵抗もしない怪異人に!? お前ら、それでも市民を守る非労運かよ!!
「ジャスティス・ジャッジメント、スタンバイ!!」
その瞬間、非労運三人の頭上に、巨大な機械が出現した。大砲の様な形状をしたその兵器を、三人で抱えると、砲口をこちらに向けた。
「に、逃げないと……逃げないと……」
這いつくばりながらも、必死に逃れようとした。
「3……2……1……ファイアー!!!」
ジャスティス・ジャッチメントの引き金が引かれた。すると砲口から、ピンク色の極太な光線が放たれ、鉄骨諸とも跡形も無く、消し炭になった。
「倒したぞ!! 正義は必ず勝つんだ!!」
「所であの怪異人、終始何かを訴えていたけど、結局何だったのかしら?」
「さぁな、どうせ怪異人の言う事だ。大した事じゃない」
「そうね、それじゃあ帰りましょう。早くベッドで横になりたいわ」
「そうだな、よし!! 皆、帰還するぞ!!」
そうして、三人の非労運達は去った。いつもの様に、怪異人を倒して。
「…………うっ……あ……あ……」
影野重孝は生きていた。光線が当たる直前、鉄骨の上から落下していた。光線が極太だった故に、非労運達はその光景を見逃してしまった。落下した先は、運良くごみ溜めだった為、死なずに済んだ。
「何が……非労運……だ……」
しかし、思った以上に傷は酷く、痛みから逃げる様に、そのまま気絶してしまうのであった。
何とか、生き残る事が出来た影野。
この出来事が、彼にどう影響を及ぼすのだろうか。
次回もお楽しみに!!
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