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スタートライン

この小説は基本、不定期更新で進行します。

楽しみにしている方も、いらっしゃると思いますが、どうぞ気長にお待ち頂けると幸いです。

 今でも目を閉じると、脳裏を過る。親父が非労運(ヒーロー)の手によって、無惨にも殺されたあの日の事を。


 お袋は精神を病み、精神病棟に緊急入院させられた。面会は謝絶。俺は、母方の親族に預けられた。叔父さん、叔母さんは快く迎え入れてくれた。親父は怪異人(かいじん)に殺されたと思っており、怪異人(かいじん)その者だとは知らない。


 別に非労運(ヒーロー)を恨んじゃいない。事実、問題があったのは親父の方だ。強盗、殺人を繰り返した罪は重い。殺されても、仕方無い。


 だが、そんな想いとは裏腹に、いつまで経っても受け入れる事が出来なかった。それだけ、親父の存在が大きかったのだと思う。俺は、両親を同時に失ったショックから、引き籠る様になった。


 幸い、出席日数は足りていた。俺は、一歩も外に出る事無く、卒業式を終えた。


 悲壮と孤独。日を重ねる度、心が沈んだ。このままでは駄目だ、過去を引き()らず、前に進まないといけない。頭では理解していた筈なのに、一切行動しなかった。


 結果、一年近く引き籠る事になった。これ以上、叔父さん、叔母さんに迷惑を掛ける訳にはいかなかった。進学か、就職か、大きな決断を迫られた。


 悩んだ末、俺は進学を選んだ。中卒でも働く事は出来る。しかし、その種類や数は大幅に減少する。ならば、高校を無事に卒業する事こそが、実りある未来への第一歩になると考えた。叔父さん、叔母さんに負担を強いる形になってしまったが、二人は新たな門出に喜んでくれた。


 だが、一年近く勉学をサボっていた者が、急に進学しようと試みても、無理な話。結局、治安の悪い所に入ってしまった。しかし、そんな事は然程(さほど)重要じゃない。大事なのは、どれだけ好成績で卒業出来るかだ。


 さて、前振りが長くなってしまったが、ここで自己紹介といこう。俺の名前は“影野重孝”、人間の母と怪異人(かいじん)の父の間に生まれた男だ。ここから、俺の物語が始まる。



 

***



 

 「……よって、この数式は当て嵌まらない。それじゃあ、今の公式を用いて、教科書45ページに載っている計算式を解いてみてくれ」


 何気無い日常。教師の問題に生徒が答える。模範的な生徒を目指す為、積極的に手を挙げる。


 「はい、この公式に当て嵌まるのは3番だけです」


 「正解だ。影野はいつも手を挙げてくれるから、助かるよ。皆も、見習えよ」


 悪気は無いのだろう。しかし、他の生徒と比較する様な発言は、なるべく控えて欲しい。そうじゃないと……。


 


         ヒュー、ガスッ!!



 ほら、始まった。後頭部に強い痛みが走る。生暖かい液体が、首筋から背中へと流れる。それと同時に激臭が、鼻に突き刺さる。生卵だ。わざわざ腐った物を選び抜き、投げ付ける為、大事に学校まで持って来たのだろう。ご苦労な事だ。


 「……ん? 何か、変な臭いがするな?」


 「せんせー、影野君がまたウンコを漏らしましたー」


 まるで息を吐く様に、嘘を付く。こうした輩は、罪悪感を感じないのだろうか。感じないのだろう。そうでなければ、人の不幸を見続けられる訳が無い。


 「そっか……影野、いい歳なんだから、次からはちゃんとトイレで済まそうな」


 「……はい……」


 黙認。生徒を正しく導く教師が、非人道的な行為を見流した。最早、伝統行事になりつつあるこの虐め、切っ掛けは些細な出来事だった。


 俺は、入学当初から浮いていた。原因は単純明快、他の生徒よりも、歳が一つ上だったからだ。周囲は不審者でも見るかの様に、訝しげな目線を送っていた。


 そんな中、初めて声を掛けて来たクラスメイトがいた。


 「ねぇねぇ、影野君、影野君」


 「……何?」


 「影野君が歳上って、ほんと?」


 「……本当だよ」


 「そうなんだ!! 影野君って、女子の間で凄く人気があるんだよ。クールで知的で大人っぽくて……」


 「へぇー……」


 それを本人に言ってしまうのは、どうなんだろうか。


 「何て言うの? 憧れの的って感じ!! でもそっか……やっぱり歳上だったんだ……ねぇ、影野君、歳は違うかもしれないけど、これからも仲良くしてね」


 「えっ、あっ……うん……」


 「私、“夢川美咲”、よろしくね」


 「よろしく……」


 これが彼女、“夢川美咲”との出会いだった。話が終わると、入れ替わる様に、男子達が寄って来た。


 「影野君……夢川さんと、随分仲良さそうだったね……」


 「是非、俺達とも仲良くしてくれよな?」


 「ちょっと校舎裏まで行こうぜ」


 「(あぁ……やっぱりか……)」


 分かりやすい。好きな異性と仲良くしている同性に対して、嫌悪感を抱いた訳だ。嫉妬の炎に狂った彼らは、俺に身の程を弁える様、説得する。勿論、拳と蹴りで。


 「げほっ!! おぇ!!」


 身体中が痛い。頭がぼんやりとする。ご丁寧に学生服を脱がせ、パンツ一丁で暴行を加えた。万が一、服が汚れてしまったら、クラスの間で虐めの存在が仄めかされてしまう。そうなれば、大好きな夢川さんに、嫌われてしまう危険があったからだ。


 ほんと、こんな事は言いたく無いけど、夢川さん……余計な事をしてくれたな。


 そして話は現在に戻る。物理的な虐めに飽きたのか、ここ最近は精神的に追い詰めようとして来る。先程の生卵然り、文房具の紛失や、上履きを汚すなど、バリエーション豊かだ。


 「ちょっと先生!! 影野君が漏らす訳無いじゃないですか!? 男子達が生卵を投げ付けたんですよ!!」


 「そうなのか?」


 「へへっ、すみませーん」


 「先生、影野君を保健室に連れて行っても良いですか? 生卵とはいえ、後頭部に当たっていましたから……」


 「そう言えば、夢川は保険委員だったな。分かった、連れて行きなさい」


 「ほら、行こう影野君」


 「あぁ……うん……」


 何て優しい子なんだろう。夢川は俺の手を取り、供に教室を後にする。その様子を睨み付ける、男子達の存在に気付かずに。


 「もう!! 男子達ったら、“悪ふざけ”にも程があるよ!!」


 「(“悪ふざけ”……か……)」


 「影野君も、止めて欲しいと思ったら、素直に止めてって、言わなきゃ駄目だよ」


 「そうだね……」


 前言撤回。優しいのでは無い。純粋なのだ。その証拠に、先程の下りを“悪ふざけ”として認識している。きっと彼女の世界では、虐めなど存在しない設定なんだろう。優しい人間なら良かったが、純粋な人間は不味い。優しさとは自身の利益及び、人の心を支えたという優越感に浸る為の行い。時と場合によっては、身を引く事もある。


 しかし、純粋は違う。利益の為でも、優越感に浸りたい訳でも無い。己の心が導くままに行動する。例え、その人が不幸になったとしても、それが正しい事だと信じて……。


 夢川の行動は一見、最良の選択に思われるかもしれない。だが、それは違う。寧ろ、状況は更に悪化したと言える。


 今回の一件で、男子達による虐めはエスカレートする。もしかすると、再び物理的な虐めに戻るかもしれない。


 「影野君、私ね……将来、“非労運(ヒーロー)”になりたいんだ」


 「!!?」


 「小さい頃から、誰かを助ける事がしたいと思ってた。そう言う意味では、非労運(ヒーロー)は正に理想の仕事なんだ」


 「…………」


 「無謀なのは分かってる。非労運(ヒーロー)は、突然変異した人間しかなれない。でも、何もせず諦めるより、がむしゃらに挑戦したいんだ」


 「(非労運(ヒーロー)……ね……)」


 複雑な気持ちだ。踏ん切りを付けた筈が、素直に応援する事が出来ない。


 「だ、だからね……困った時は言って。私が、影野君を助けるから!!」


 「……ありがとう」


 前に進もうと決意した。だけど、何も始まってはいなかった。過去に縛られ続けている俺は、未だスタートラインにすら立てていなかった。


 「……野君……影野君!!」


 「……何?」


 「何って、保健室、着いたよ」


 「あっ、うん……」




***




 「失礼します。“相澤先生”、影野君を診て貰えますか?」


 「あら? 影野君、また来たの?」


 保健室の先生は、女性と相場が決まっている。女子生徒特有の悩みは、同じ女性にしか答えられない。その点に関しては、ウチの学校も例外では無い。“相澤優子”、俺が怪我を負った際、いつも適切な処置を施してくれる優秀な保険医だ。


 「夢川さん、ご苦労様。後は私に任せて、あなたは先に戻ってなさい」


 「あっ、はい……それじゃあ影野君、また後でね」


 夢川の仕事はここまで。相澤先生に退出を言い渡されると、少し残念な表情を浮かべ、部屋を後にした。


 「それで……今度は何処を怪我したのかな? このやんちゃ坊主さん」


 「別に大した事はありません。夢川さんが、大袈裟に言ってるだけです」


 大胆に開けた胸元。わざとらしく足を組み直し、短めのスカートを強調する。男性の性欲を刺激する、その仕草と体付きは、見る者全てが彼女に釘付けとなる。俺自身、両親の事が無ければ他の男子達同様、夢中になっていただろう。


 「思い込みは禁物よ。あなたが思っている以上に、人間の体は脆いんだから」


 「……そうですね……身に染みていますよ……」


 「ん? 何か言った?」


 「いえ、何でもありません。本当に、大した怪我はしてないんです。後頭部に生卵を投げ付けられただけです」


 「……見せて」


 「いや、でも……」


 「いいから」


 「……分かりました」


 相澤先生の細い指が、俺の髪の毛を掻き分ける。頭皮に直接触れる他人の指は、妙にこそばゆかった。


 「……そうね、確かに大した事は無さそう……取り敢えず念の為、薬を縫っておきましょう」


 「ありがとうございます」


 「じゃあ、そのままじっとしてて……」


 「えっ、いやそれ位、自分でやりますよ?」


 「いいから、あなたはじっとしてなさい。薬を塗るのも、保健室の先生の仕事なんだから……」


 「分かりました……」


 冷たい感触が、頭皮を通して伝わる。髪の一部が薬品に濡れ、若干の異物感を覚える。


 「……ねぇ、影野君……」


 「何ですか?」


 「ちょっと聞きたいんだけど……影野君のお父さんって、“怪異人(かいじん)”なの?」


 「……どう言う意味ですか、それ?」


 「あなたの事は、ニュースやネット、新聞の記事で見掛けたわ。それで思ったのだけど……実は影野君のお父さんは人間では無く、怪異人(かいじん)だったんじゃないかって……」


 「何を根拠に……」


 「根拠ならあるわ。事件当時、怪異人(かいじん)は尾行していた非労運(ヒーロー)を罠に嵌める為、民家に押し入り、影野君家族を人質に取った。でも可笑しいのよね」


 「……何が?」


 「影野君の事や、お母さんの事は書かれているのに、お父さんの事が何も書かれていないのよ」


 「……俺の親父は、怪異人(かいじん)に殺されたんです……」


 「インタビューにはそう答えているけど、死体は? 殺されたのなら、肝心の死体がある筈よね。でも、あの事件で亡くなったのは怪異人(かいじん)だけだった……人間の死体は一人も上がっていない」


 「…………」


 「それにね、影野君。あなたのお母さん、精神病棟に入れられたらしいけど、毎日うわ言の様に喋っているらしいじゃない。『私のせいで……私が気を逸らしたせいで……ごめんなさい……ごめんなさい……』って、殺された旦那さんに向けての言葉に聞こえるけど……これ、人質に取った怪異人(かいじん)本人に言ってる様にも、聞こえない?」


 「相澤先生……薬、塗り終わったのなら、もう戻っていいですか?」


 「……そうね、答えたく無いわよね。いいわ、戻りなさい。あなたのいるべき場所へ……」


 「…………」


 適当に会釈を済ませ、足早に保健室を後にした。一秒でも早く、あの先生から離れたかった。これ以上、俺の門出を邪魔しないでくれ。このままじゃ俺は、一生スタートラインに立つ事が出来ない。

主人公の名前は影野重孝。

これから彼が歩む道は、果たして正義か、それとも悪か……。

次回もお楽しみに!!

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