茨の道
前回、いじめっ子の顔面に拳を叩き込んだ影野重孝。
このやり取りの先に、彼は何を見出だすのだろうか。
「こ、こいつ!!」
「ふざけやがって!!」
仲間が殴り飛ばされた事に、動揺が隠せない様だ。口では強気な事を言っているが、全く手を出して来ようとはしない。
「や、やりやがったな!! ぶっ殺してやる!!」
殴られた本人は鼻血を流しながら、よろよろと立ち上がった。眉間にシワを寄せ、鼻息を荒くし、おでこに青筋を立てる程、怒り心頭であった。
「ずっと前からこうしたかった。下手に抵抗して停学になったら、将来を棒に振ると思ってずっと我慢して来たが、それももう関係ない。ここからは俺の思うがままに行動させて貰うぜ」
今まで溜まっていたフラストレーションが、一気に爆発した様な感覚だった。俺は両拳を交互に互いの掌に押し当て、指をポキポキと鳴らした。
「何ぼさっとしてる!! 早くこいつをやっちまえよ!!」
「「お、おぅ!!」」
他人から指図されて漸く動き出したいじめっ子達。二人がかりで襲い掛かって来る。が、どうした事だろうか、いつもより動きが遅く感じる。
「(弱くなった? この数日で? それはあまり考えにくい。となると、俺自身が強くなったという事か)」
影野は一度、怪異人となっている。その影響からか、動体視力が格段に上がっていた。振りかぶられる拳がゆっくりに見える。
「っ!!」
当然、簡単に避ける事が出来る。続けてもう一人が殴り掛かろうとして来る。が、これまたゆっくりに見える為、簡単に避ける事が出来る。
「ちょこまかと!!」
端から見れば、たった一人を二人がかりで倒せないという、何とも情けない姿が写っている事だろう。
やがて動き疲れてしまった二人は、汗だくになりながら地面に腰を下ろし、呼吸を荒くした。
「はぁ……はぁ……どうなってんだ……」
「こっちは二人だってのに……かすりもしねぇ……」
情けない連中だ。数発当てられなかっただけで音を上げるとは。いや、それだけ俺の変化に驚きを隠せないという事なのだろう。そりゃあそうだ、一昨日まで一方的に虐めていた相手が突然強くなるんだ。驚かない方が可笑しい。
そんな事を呑気に考えていると、背後から気配を感じた。いつもならそんなの感じたりはしないのだが、やはり怪異人化した影響が強いのか、感覚が鋭くなっていた。
近付いて来るのは顔面を殴り飛ばされ、先程まで無様に鼻血を流していたいじめっ子の主犯格。何処からか取り出した金属バットで、俺の後頭部目掛けて振り抜こうとしていた。
「止めとけ、これ以上は見苦しいだけだぞ」
「っ!! 調子に乗ってんじゃねぇぞぉおおおおお!!!」
「忠告はしたから……な!!」
「!!!」
フルスイングで振られる金属バット。俺はそれを当たる直前にしゃがんで避け、右足で足払いする。バランスを崩したいじめっ子が勢い良く尻餅を付いた。
「痛っ!! ……あっ」
「…………」
そんな奴を俺は上から見下ろしていた。頭が太陽と重なり、大きな影を作り出す。今、自分がどんな表情を浮かべているのか分からない。分かるのは下から見上げているいじめっ子だけだ。
完全なる立場の逆転に、いじめっ子は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、仲間に助けを求める。
「お、お前ら!! 早く助け……は?」
が、仲間の姿は影も形も無かった。冷たい風が吹き抜け、砂埃が舞い上がる。どうやら先に逃げてしまった様だ。仲間を置いて行ってしまうとは、何とも脆い友情である。
俺はゆっくり一歩ずついじめっ子に歩み寄る。それに合わせていじめっ子も後退りする。しかし長くは続かず、やがて背中に校舎の壁がぶつかる。最早、逃げ道は無かった。
「ま、待ってくれよ。ちょっとした冗談じゃないか? 今までのだって少しじゃれあっただけで、虐めだなんて悪い冗談だぜ。お、俺は初めて会った時から、お前の事を友達だと思っていたんだ。本当だぜ? 嘘じゃないさ。だから……頼む……助けて……」
「…………」
静かに拳を振り上げる。そんな俺に対して、いじめっ子は恐怖のあまり縮こまり、悲鳴を上げる。
「…………ひぃ!!」
「…………!!!」
その姿を見て、俺はハッとして上げた拳を下ろした。そして代わりにいじめっ子の胸ぐらを掴むと、無理矢理立たせた。そして顔を近づけ、ドスの入った声で脅す。
「これ以上俺に関わるんじゃない。いいな」
俺の言葉にいじめっ子は、高速で首を上下運動させた。涙目になっているその姿から明らかな恐怖が伺えた。
掴んでいた胸ぐらから手を離し、解放した。腰が抜け、上手く立てない様子のいじめっ子に対して、最後の一言を残す。
「次は無いからな……」
「あ……あぁ……」
結局、抜けた腰は治らず、四つん這いの姿勢のまま、言葉にならない悲鳴を上げて去って行った。
「…………」
一人残った俺は、先程まで振り上げていた拳をじっと見つめる。そして校舎の壁に叩き付ける。強く叩き過ぎてしまったのだろう、拳から血が流れた。
***
気が付くと学校を後にし、とぼとぼと歩いていた。明確な行き先がある訳じゃ無く、只単純にあの場所から離れたかっただけだ。
その足取りは重く、顔が思わず俯いてしまう程であった。因果応報、今まで虐められた仕返しをしただけだ。なのに、何故か心は沈んでいくばかり……。
「(どうして……どうして俺はあの時……)」
拳を振り上げたあの時、後ろの太陽が影となり、ハッキリとした表情は映らなかった。他の誰にも見られてはいない。真下にいたいじめっ子と、俺自身以外は……。
そう、あの時俺は……“笑っていた”
知ってしまった。今まで強者だった男が弱者となり、弱者だった男が強者になった事による優越感。知ってしまった。相手を恐怖で支配するという幸福感。生まれて初めて、満ち足りたと感じた。
しかし同時に後悔の念に駆られた。これ以上、怪異人が人間に迫害を受けない様に動こうと決心した筈なのに、あの時の俺はまるで怪異人を虐める人間その物だった。最も嫌うべき存在になりかけていた。
「(くそっ、いったい何をやっているんだ俺は……)」
ふらふら、ふらふらと自分の気持ちが揺れ動いてしまう。決心したと思ったら、すぐに緩んでしまったり、また決心したと思ったら、またすぐに緩んでしまう。このままでは、いつまで経っても何も始まらない。何か決定的な出来事がなければ、影野の心は決まらない。
「(……こんな所まで来てしまった……)」
気が付くと、住宅街に足を踏み入れていた。まだお昼時だからか、行き交うのは買い物帰りの主婦や、散歩に出掛ける老人ばかりだった。
その道中、俺は足の歩みを止めた。
「(不味い……あそこは……)」
そう言う目と鼻の先には、見覚えのある家があった。それはついこの間まで俺が育って来た場所だった。
「(早い所、ここを去ろう……っ!!?)」
意図せずここに来てしまったとはいえ、あまり長居はしたくなかった。慌てて踵を返し、その場を離れようとする。その瞬間、例の家の扉が勢い良く開かれ、血相を変えた叔母さんが外に飛び出して来た。
その姿は、たった一日会わなかっただけにも関わらず、酷く痩せこけていた。お風呂にも入っていないのか、髪や服が乱れていた。
そんな変わり果てた叔母さんが、誰かを捜す様に周囲を見回し始めた。しばらくして、叔母さんの後に続いて叔父さんも外に出て来た。
叔母さんと比べ、そこまで変化はしていなかった。しかしその両目には黒い隈が確りと浮き上がっていた。
「どうした? 急に飛び出したりして……」
「今、あの子が近くにいる気がして……」
凄まじい直感力。だが、見つけるには少し距離が離れ過ぎている。それに俺自身、周囲の人や物に溶け込んでいる為、まず見つけるのは不可能だろう。やがて近くに俺がいない事を悟った叔母さんは、残念そうに俯いた。
その様子に叔父さんが肩に手を置き、慰める。
「いったい……何処に行っちゃったんだろう……何も言わず飛び出す様な子じゃないんだけどね……」
「大丈夫、その内ひょっこりと戻って来るさ。それまで信じて待とうじゃないか」
「…………そうね……」
何処か納得していない様子だが、叔母さんは叔父さんの言う事に頷き、そのまま大人しく家の中へと入った。
「…………」
一連の出来事を目にした影野。改めて自分が歩もうとしている“茨の道”に対して思い返した。
このままこの道を突き進めば、叔父さん叔母さんの様に大切な人達が悲しむ事になる。
逆に今引き返せば、夢半ばに終わるとしても、被害は最小限に済む。
“進む”か“退く”か、影野の選択は……。
「…………」
影野は……“進む”道を選んだ。叔父さん叔母さんに背を向けて歩き出す。自ら進んで“茨の道”を歩む事を選んだのだ。
「(ごめん、叔父さん叔母さん。それでも俺は、今の世の中を……怪異人を虐めるこの世界を……変えたいんだ!!)」
もう影野の心が揺れ動く事は無い。彼は真っ直ぐ己の信念を胸に抱きながら突き進むであろう。それが希望に繋がるのか、絶望に繋がるのかは、まだ誰も知らない。
彼はもう振り返らない。
例え誰かが悲しもうとも、ひたすら真っ直ぐ突き進む。
それが最良の道であると信じて……。
次回は、相澤の話に出て来た“姫宮グループ”の下に足を運びます。
因みに相澤は“まだ”仲間になっていないので、詳しい情報は開示しません。ご了承下さい。
次回もお楽しみに!!
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