20XX年
作者のマーキ・ヘイトです。
今回から新作長編、「この世に正義も悪もありはしない」をお届けします。
20XX年、各国の擦れ違いにより幾度と無く繰り返された戦争が終結した。しかし、何十年にも渡って続いた争いは、各地にその痛々しい爪痕を残した。特に核兵器使用によって生み出された“放射線”は、国民に甚大な被害をもたらした。
頭髪は全て抜け落ち、肌は爛れ、機能不全を引き起こし、結果多くの命が失われた。そんな中、特定の人物達に変化が表れた。
放射線による突然変異……死に行く運命だった者達の遺伝子構造が組み変わり、ある者は全身青紫色に変化する代わりに、戦車の弾丸すら耐えられる肉体を手に入れ、またある者は頭部が異常なまでに発達した代わりに、スーパーコンピューター以上の知能を手に入れた。
当初こそ、突然の変化に戸惑いを隠せない一同だったが、人智を越えた力を手にした優越感により、直ぐ様受け入れた。
しかし、人は未知なる物を恐れる生き物である。人々は、常人と異なる見た目に変化してしまった彼らを蔑み、迫害し、“化け物”と罵る様になった。
多くの者達が差別に耐えかね、自殺を図ろうとした。だが、強靭な肉体を手に入れた者は死ぬ事すら出来ず、叡智を手に入れた者は死ぬ事は愚かだと悟った。
死という概念から外れた彼らが取った、次なる行動は“反逆”であった。虐げられた者達が復讐せんと言わんばかりに、強盗や殺人、はたまた国家転覆まで目論んだ。
これに対して政府は「怪奇異常人体対策本部」を設立し、事態の収集に尽力を尽くした。しかし、異常発達した彼らに如何なる近代兵器を用いても、傷一つ付ける事が出来ず、御手上げ状態に陥ってしまった。
だが、闇ある所に光差す。放射線の影響によって外的変化した者達がいる一方、内的変化を果たした者達がいた。見た目こそ常人と何も変わらないが、肉体的、知能的部分は“化け物”達と大差無かった。
そんな彼らに目を付けた政府は、国家直属の部隊「非正規労働運営」通称“非労運”として対策本部に組み込んだ。これに伴い「怪奇異常人体対策本部」も、通称“怪異人対策本部”と省略。“化け物”と罵られていた彼らは“怪異人”と呼ばれる様になった。
非労運となる者達には、未成年も紛れている。身バレ対策として、政府公認のパワードスーツを着用する事が義務付けられている。
パワードスーツは、着用者の運動機能を刺激し、通常の五倍以上の力を発揮する事が出来る。これにより非労運は実質、怪異人よりも強くなった。
非労運の活躍により、多くの怪異人は逮捕、または退治され、生き残りの殆どは隠れて暮らす事となった。ここまでが非労運、怪異人と呼ばれる超人達が生まれた経緯である。
物語の本編を話す上で、ある男について語らねばなるまい。男は怪異人だった。昆虫の様なテカった体、鬼を彷彿させる強張った顔、異様に伸びた爪は鋭利な刃物を思わせた。他の怪異人同様、虐げられた事に反逆の意を示し、強盗や殺人を繰り返していた。そんなある日、怪異人は一人の女性と出会った。女性は人間だった。しかし、世間一般とは異なる価値観を持っており、怪異人に対して友好的だった。
怪異人はその女性に惚れ、事ある毎にアプローチを掛けた。世間の目を気にして、断り続けていた女性だが、諦めない彼の熱意、もう二度と悪い事はしないという言葉を信じ、晴れて結婚する事となった。
しかし、怪異人である彼がまともな仕事に就ける筈も無く、話すら聞いて貰えずに門前払いを食らう毎日。酷い日には非労運を呼ばれ、退治されそうになった。その為、稼ぎは彼女一人だけであり、貧乏生活を余儀無くされた。だがそれでも、二人は充分幸せだった。
そんな時、彼女のお腹の中に新たな命が宿っている事が発覚した。男の子だった。幸せの上に更なる幸せが上乗せされ、二人は歓喜に満ち溢れていた。だが、彼には一抹の不安が残っていた。遺伝子構造が常人と異なっているせいで、生まれて来る赤ちゃんに何かあったらどうしようと心配していた。
怪異人である彼は出産に立ち会う事や、面会すら出来ず、無事に帰って来る事だけを祈った。結果、彼の心配は杞憂に終わった。生まれて来た赤ちゃんは、玉の様に愛らしい見た目をしており、体の何処も異常は見当たらなかった。
愛する妻と息子。彼はこの幸せを、死んでも守り切る事を決意した。
が、現実は常に付きまとう。子供が生まれた事で、生活は更に辛さが増した。金がいる。一刻も早く、働かなくてはならない。しかし、話すら聞いて貰えない。追い詰められた彼は、再び悪い事に手を染めた。
家族には就職したと嘘を付いた。妻と息子の幸せを考え、何度も自首しようとした。だが、そんな事をすれば残された二人は怪異人の妻、息子として社会から迫害を受けてしまう為、結局自主する事は無かった。
それから長い時が流れ、季節は冬。生まれた息子は何不自由無く、すくすくと育ち、中学三年生になった。卒業間近だった。高校へ入学したら何をしようかと、母親と楽しそうに語る息子を他所に、彼は追い詰められていた。
度重なる犯行。遂に政府は非労運に彼の討伐命令を下した。これ以上、目立った動きは出来ない。しかし、高校入学の為、更なる金が必要だった。そして彼は勝負に出た。
大手銀行からの帰り道。一人では到底運び切れない金の入った袋を担ぎ上げながら、彼は帰路に就いた。その後を非労運に付けられていると知らずに。
家に帰ると、既に妻と息子は眠っていた。彼はいつも通り、持ち帰った金を隠し金庫に仕舞い込んだ。そして自分も眠りに付こうと思ったその時、窓を突き破り、非労運が飛び込んで来た。
「とうとうアジトを突き止めたぞ、怪異人!! お前の悪事もここまでだ!!」
赤を基調とした派手な服装。顔はヘルメットに覆われ、身分を特定する事は出来なかった。窓ガラスが割れる音、非労運の大声のせいで、妻と息子が起きてしまった。
「こ、これはいったい!!?」
状況を上手く飲み込めない妻と息子。しかし、それは非労運も同じだった。
「な、何故この家に一般人が!!? ここは怪異人のアジトでは無かったのか!!?」
目の前が真っ白になった。おしまいだ。自分は非労運に倒され、二人は社会から抹殺される。全てを諦めようとした彼だったが、不安そうな妻と息子の姿が目に入った。彼は思い出した。妻と息子の二人を、死んでも守り切ると決意した日の事を。そして次の瞬間、彼は…………。
「動くな!! お前が一歩でも動けば、この女に真っ赤な華が咲く事になるぞ!!」
愛する妻を人質に取った。鉄をも切り裂く鋭利な爪が、妻の首筋に当たる。
「残念だったな!! ここは俺のアジトなんかじゃない!! 平和に暮らす一般家庭だ!!」
二人を救うには、この方法しか残されてはいなかった。絶対的な悪として、家族の繋がりを絶つ事を選んだ。
「くそっ!! 騙したのか!! 最初からこの家の家族を人質に取るつもりだったのか!!」
非労運は純粋だった。疑うという事を知らず、目の前の出来事を鵜呑みにした。
「その通り!! 少しでも妙な真似をしたら、この女の首を切り裂いてやる!!」
「くっ……!!!」
そう言う彼の爪は、カタカタと震えていた。本気で殺せる訳が無い。愛する者に、凶器を突き付けてしまった罪悪感が、決意を鈍らせる。
「……あなた……」
全てを察した妻は、落ち着かせようと自分の手を添えた。そしてそれが、彼の気を緩ませる要因となってしまった。
「今だ!!」
「!!!」
その一瞬の隙を、非労運は見逃さなかった。瞬く間に間合いを詰められた。勢い良く放たれた非労運の拳は、彼の顔面を捉えた。そして彼の頭は弾け飛んだ。愛する妻と息子の目の前で。
「この卑劣な怪異人め……大丈夫ですか!!? お怪我はありませんか!!?」
一般市民を人質に取った、凶悪な怪異人を倒した。高揚感に浸りながらも、人質の安否を確認した。
「あ……あ……私の……せいで……いやぁあああああ!!!」
自分が気を逸らした。そのせいで、彼は死んでしまった。罪の意識が、彼女の精神を崩壊させた。
「本部!! 怪異人の討伐に成功した!! しかし、人質に取られていた女性が錯乱状態に陥ってしまった!! 至急、救護を求む!!」
腕に取り付けられた通信機器を利用し、本部と連絡を取った。父の死、母の発狂を目にした息子。目の前の現実を受け入れられずにいると、非労運が歩み寄って来た。
「安心しろ、“悪”は滅びた。“正義”の勝利だ」
果たして、家族の幸せを第一に考えた怪異人は、“悪”と言えるのだろうか。事情も聞かず、問答無用で殺した非労運は、“正義”と言えるのだろうか。
これが“男”の辿った末路。そして“彼”の始まり。ここからが、悪と正義の追求に翻弄された者の物語。
以上、本編までの前振りをダイジェスト方式でお届けしました。
次回から本編が始まります。
次回もお楽しみに!!
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