クエナベ
身長一メートルを超える大男達が、潜ってクエナベを寝取る。
クエナベは深海魚だ。日本からはるか遠い海外の近海深くに眠る、「生きた化石」のように厳つい顔をした淡水魚だ。
古くから地元の漁師はクエナベを独特の方法で捕まえることで有名である。一緒に泳いで油断させておき、一気に両腕で鷲掴みにして捕まえるのだ。まさに、生と死をかけたバトル。多くの漁師が命を落としたり嫌になって都会へ出稼ぎに出たりして、今では村人はほとんどいなくなってしまった。
より大きなクエナベを捕まえるため、男達は足びれと胸びれをつけ、胸毛と腋毛を半分だけ剃り落とし女装をする。その方が雄のクエナベが寄ってくるらしい。
大海原へ泳ぎ出ると、発情期真っ盛りの雄クエナベが尻尾を振って寄ってくる。魚はそもそも尻尾を振って泳いでいる。
淡い恋心を抱いて近寄ってきたところを――両手で羽交い絞めにして捕まえると、急にクエナベは暴れ始める。「しまった、人間だったのか――」「……やっぱり、そうだよなあ」だが気付いても時すでに遅しだ。モテないクエナベも大勢いるのだ。
脂の乗ったクエナベは市場で高額で取引される。捕まえることができれば、三日三晩遊んで暮らせる。
飲まず食わずなら……何日でも遊んで暮らせる。
そんなクエナベを一番美味しく食べる方法は、やはり鍋だろう。我が国、日本でもクエナベ鍋は有名で、一流の料理店でなければクエナベ鍋を食べることは難しい。食えない。
体長一メートルを超える大きなクエナベをさばくのは大変だ。包丁を握る手に豆やしもやけは勿論、逆剥けやズルむけができてしまう。
まな板もべニア板が必要になる。
クエナベを適当な大きさにぶつ切りする。骨の周りの身は美味なので、バケツに入れて野良猫に与える。
ぶつ切りにした切り身は、フードプロセッサーにイワシやタラなどと一緒に混ぜ入れ、一気にみじん切りにし、さらにはペースト状にする。混ぜてしまえば大きな魚も小さな魚も同じだ。小骨も身も心もズタズタだ。なんの身かすら分からなくなる。
鍋に出汁など取ってはならない。その必要性がない。
――クエナベの旨みだけで勝負するのだ。
土鍋でグラグラとお湯を沸かし、分厚い昆布と薄く削った鰹節を惜しげもなく鷲掴みにしてバサッと入れる。これが具になる。そしてクエナベのすり身を両手で丸めて一つずつ鍋に落とし入れていく。こうすることにより両手が魚臭くなる。
ひと煮立ちすれば完成だ。土鍋の蓋を開ければ湯気が天井へ向かって一目散に駆け上る。
まずは鍋の中を我が物顔で漂っている鰹節から頂く。舌や歯茎に張り付く鰹節は、なんとも言えない。美味いとも言えない。
そして次に昆布を頂く。厚みがある分、噛み応えがあり、満福中枢に悪戯をしてくるぞ。旨みはいったい何処へ逃げたのだ。
お待ちかねの……いよいよメインのクエナベの団子を口の中に運ぶ。中が鬼のように熱いので注意が必要だ。
どうだ、旨いか? 旨いというより熱いだろ。
ポン酢につけてもいい。だがドボドボつけてはいけない。まさかポン酢の中で泳がせてはせっかくのクエナベが台無しになる。
それはポン酢がうまいのだ――。
満腹にならなければ、おじやを作るとよい。
まず、土鍋に残った煮汁を流し台にぜんぶ捨てる。熱いので火傷に注意が必要だ。
新たに土鍋に水を入れ火にかけ、沸いたところへご飯を入れる。冷蔵庫の奥に眠っている冷や飯で十分だ。だが、見た目以上にご飯はおじやにすると増えるから要注意だ。
もう一度沸いてきたら、市販の「麺つゆ」を入れて味を調える。麺つゆには昆布やカツオや雑魚など様々なうまみ成分が入っているから、複雑で濃厚な味わいを与えてくれる。
もう……麺つゆさえあれば、他には何も入れなくていい。ご飯も入れなくていいほどだ――。
仕上げに卵を溶き入れ、火を止めて一度だけかき回して蓋をする。一分もすればおじやの完成だ。
クエナベの味と香りが僅かに感じられるかもしれないが、騙されてはいけない。それは麺つゆの旨みと香りだ。
クエナベは食えなくても、麺つゆがあれば十分だ――。
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※この物語はフィクションでコメディーです。登場する人物・団体・名称・クエナベ等は架空であり、実在のものとは関係ありません。