第一章 空讀聖真(そらよみせいま)の序曲(オーバーチュア) 前編
俺は、透明だった。
暗闇にいる。
これは、瞼の裏の世界。
覚醒した意識が、そう告げる。
感覚が戻っていく。
瞼が開いた。
視界に光が飛び込んで来る。
白。それがすべてだった。
ここは、空間。天井の下、壁の内側、床の上にある。
脳内には、海が広がっていた。
無数の文字が流れている。
それらはぶつかり合って繋がっていく。
文字は単語になる。
単語は文章になる。
文章は言葉になる。
言葉は知識になる。
頭の中で、焼けるような熱い痺れが生じた。
額から、目、鼻、口、喉、肩、腕、手指、胸、腹、腰、股間、脚、足指へと電気が走ったようである。
身体の各部の名称を思い出しながら、その感覚を取り戻していた。
空間の揺らぎ目が身体の輪郭線を作っているのだと分かる。
その目に映るものは、ガラスのように透明ながらも存在していた。
透明人間。
それが自分を表す記号であると感じていた。
だが、そんな透明人間の一人である、自分が誰なのか、それが分からない。
記憶を失っていた。
そんな俺の目の前に初めて新たな存在がその姿を現している。
自分と同じ空間の揺らぎ目が人の形を浮き上がらせていた。
それは自分と似て非なるものだろう。
小顔で首は細い。
肩幅が狭くて胸に二つの膨らみが付いている。
腰が細い。
お尻が大きめで丸みを帯びていた。
身体の作りが違っている。
生物でいうところのオスとメスは、人間でいうところの男と女。
自分は男で、相手は女だと分かる。
身体の輪郭線沿いに広がっている面に色が付いていく。
自分のものが黄色、相手のものが白と表現すべき肌の色だと理解する。
そのときに、お互いが裸という状態であることも把握した。
胸元まで伸びている長い黄金色の髪はまっすぐとふわりがある、と言えばいいのだろうか。
頭の中でそれに該当する言葉を調べてみると、それはストレートとエアリーであった。
その毛先は内側に弧を描いており、胸元にある膨らみの頂上を隠している。
何故か、その胸のサイズはDカップという単語が脳裏に浮かんでいた。
体躯は標準よりもやや痩身気味であるが、胸とお尻の肉付きが良いのだと分かる。
俺は股間が熱くなるのを感じていた。
両者の身体は完全に色付く。
女の瞳は紅蓮の炎と同じ色だと分かる。
それは宝石のルビーのようだ。
宝石のルビーの赤い瞳に、男が映る。
これが自分なのだろう。
目元まで伸びている短い黒髪はぼさぼさである。
身体は痩身で骨と皮ばかりになっていた。
そんな自分の瞳は黒い。
これは女に近付いたからではなく、女が近付いたことで判明したことである。
俺は魔法に掛けられたかのように微動だにできずに立っていた。
女の顔が綺麗で目を離せなかったからだ。
そこに、凛とした美しさがある。
顔は小さかった。
そして、顎は細い。
美形といって差し支えのない、目や鼻がある。
それらは、顔の中でバランスがちょうどいいところに配置されていた。
女にはカッコ良さと可愛さがある。
そんな女の震える指先が俺の頬に触れた。
指先はひんやりと冷たい。
肩がぴくっ!と跳ねた。
でも、嫌な感じはしない。
女の目に煌くものが現れた。
黄金色の眉と、桜色の唇がぐにゃりと歪む。
その直後、女はさらに近付いた。
身体が密着する。
温かくて柔らかい。
それに石鹸のいい匂いもする。
気持ちいい。
女の手が背中を這っているのが分かる。
布で包み込むように優しく触れて来た女の指先を感じていた。
分からない。
どうしてこの女は、泣いているのだろう?
そんな疑問が頭に浮かぶ。
だが、今の自分にその答えは出ないのだろうと直感的に判断した。
そのため、女に意識を集中させる。
これが触れ合うということか。
俺は身体を抱き締められていることに感動する。
その熱と柔らかさに、いつまでもこの身を委ねていたかった。
だが、何も分からないままでいるのには耐えられないと感じたのである。
俺は躊躇しながらも女の肩を優しく掴む。
女の肩は、先程の自分と同じように、ぴくっ!と跳ねた。
だが、それだけで女は抵抗する様子を見せずにいる。
俺はその肌の滑らかさに動揺しながらも、やんわりと引き剥がす。
女は涙で潤んだ瞳と熱く湿った吐息で濡れた唇を見せている。
それらは蠱惑的で誘っているようにも映っていた。
だが、女は単純に自分の身を案じてくれているのだろう。
俺はそう考えると初めて口を開く。
「俺は、誰なんだ?」
女はその問いに対する答えを持っていた。
「あなたは、空讀聖真」
女は凛と響く美しい声でそう言った。
「それって何?」
「空讀聖真は、あなたの名前。私の神様で、恋人のことですよ」
自分という存在を表すもの。それが、名前。
すべての始まりを作った存在。それが、神様。
自分と同格、あるいは、それ以上に大切だと想える、そんな存在。
それが、恋人。
俺は無意識のうちにそう考えていた。
「君は、誰なんだ?」
俺は彼女に再び問う。
「私は、アイリス・フレイム」
「それが君の名前なんだね?」
それは、何となく分かっていた。
「はい。そうです」
アイリスは笑顔でそう言った。
「君に抱き締められるのは嬉しい。でも。君のことはおろか、自分のことさえも思い出せない。ごめん」
「謝らなくていいですよ。記憶を失うだけで済んだのだからまだマシなんです。あなたがここにいるだけで本当は充分なのかもしれない。でも、やっぱり、思い出してもらいたい、ですっ!」
アイリスは茶目っ気たっぷりに言った。
「な、なんとしても記憶を取り戻すよ」
「……無理をしては駄目ですからね?」
アイリスは心配そうな顔を覗かせていた。
「う、うん。分かったよ」
俺は「笑顔を見せると良い」と記憶のどこかが告げていたのでそうすることにした。
アイリスは、その表情を見ながら、どこか疑っているようであったが、やがて、ふっ、と表情を和らげて、微笑んでいた。
とても、美しかった。
俺には裸のままでいるとヤバいという感覚がある。
何がヤバいのかは分からないがR18指定という謎の言葉がしっくり来た。
そこでアイリスに服を作ることを提案する。
彼女は名残惜し気に俺の身体を隈なく見てから小さく頷く。
俺は身体を隈なく見る時間は不要であった気がしてならなかった。
とにかく、服を作るために『あるもの』を召喚するのだという。
「『あるもの』?」
「はい。『奇蹟石』と呼ばれるものです」
その単語は脳を熱くする。
「今からあなたの前で奇蹟石を召喚いたしますので、その流れをご覧ください」
「わ、分かった」
アイリスは緊張した面持ちで頷く俺に微笑で応えた。
「参りますっ!」
アイリスはすらりと伸びた細い右腕を上げると、その右手の掌を天高く掲げた。
「『この輝石こそ、奇蹟なり!』」
それは、どういう原理なのか分からない。
だが、ブゥン!と重低音が響き、掌の上に掌よりも小さな、『黒い穴』が出現した。
そこから透明な六角柱のクリスタルが降りて来る。
アイリスの掌から10センチほど上の部分まで降りて来たところで、ピタリと空中停止した。
そして突然、虹色の閃光を放つ。
ゆっくりと同じ速さで回転を開始する。
虹色の光力はだんだんと失われて、ぼんやりと宿るものになっていた。
回転を終了する。
アイリスの掌へと落下した。
「こ、これが『奇蹟石』……」
「はい。そうです」
アイリスは腕を降ろして『奇蹟石』を見せてくれた。
掌を怪我しないようにという配慮からなのかもしれない。
その角は丸みを帯びていると分かる。
表面は鏡と同じようにツルツルでピカピカになっていた。
「この『奇蹟石』の中には、自身が許容できる分だけの科学と魔法のエネルギーが入っています」
「な、なるほど」
「あなたはこの『奇蹟石』を使ってわたしを生み出してくださったのだと伺っております」
「えぇ……!?誰が教えたの……!?」
「ふふっ。それもあなたですよ」
アイリスはおかしそうに笑っていた。
「では。服を作りましょうか」
「わ、分かった」
「『奇蹟石』はイメージしたものを形に変えてくれます。ただし、条件として形に変えられるものは『奇蹟石に触れている状態で明確にイメージしたもの』に限ります」
アイリスは『奇蹟石』を握り締めながら訥々と語る。
「『奇蹟石』はイメージを形に変えるエネルギーの塊だとお考えください。それを消費することでイメージは形へと変わります」
「『奇蹟石』に触れることで、そのエネルギーが使えるってことだね?」
「はい。『奇蹟石』が保有するエネルギー量はあまりにも膨大であるために計り知れませんが、このサイズの『奇蹟石』であれば、一人の人間が一〇〇年ほど生きると仮定した場合、その生涯に消費される熱量に匹敵するという話をあなたからお聞きしたことがありました」
「まるで想像が付かないけどすごいってことだけは分かるよ」
俺は苦笑した。
「イメージから作り出されたものは一度でも観測されると世界に定着します。ただし、イメージは自由なものであると同時に変化しやすいといった部分もあるので、そのイメージに、力を与えなければなりません」
「それは具体的に何をすればいいってことなの?」
「『奇蹟石』に触れながら明確なイメージをすることです」
「明確なイメージというのは、その形や仕組みが分かっているものを指していて、そのイメージは人の願いを反映する力を持っている、ということでいいのかな?」
「はい!さすがですね!」
「あ、ありがとう」
「では、先程の話の続きなのですが、条件を満たしていれば、仮に消費する『奇蹟石』の量が少なくてもイメージから作り出された創造物はすぐに消えることはありません」
「じょ、条件?」
「はい。それは『作り手が観測している』ということです」
「……!俺は君のことを消滅させてしまうところだった、ということか……!」
「聖真は、自分が私のことを観測できなくなる可能性を考えて掌にちょうど収まるくらいの大きさの『奇蹟石』を埋め込んでくださったので消滅するという問題はありませんでした」
「えぇ!?それって痛い感じとかはないの!?」
「はい。私の心臓の中にありますが温かくて気持ちいいですね」
「お、俺はどうやってその『奇蹟石』を身体の中に入れたのかなぁ……?」
「聖真が私の左胸の上に『奇蹟石』を軽く押し付けるだけで沈み込むように入って行きました」
「そ、そうなのか」
俺はアイリスの胸を、ちらり、と、見ると顔が熱くなるのを感じていた。
「今から『奇蹟石』をペンとして使うことで、そのペン先から伸びた光の線で服の絵を描きますね!」
「う、うん」
アイリスは脳内で服の形をイメージしているのか、こちらに目を向けつつも焦点はそこに合っていないようだった。瞳が虹色になっている。でも、どこか虚ろだった。これが実物を見ているのではなく、イメージを視ている状態なのかもしれない。目の前にいる自分よりも、頭の中にある自分の服のイメージに焦点が合っているのだろう。
そして、一分も掛からないうちに彼女の頭の中でモヤモヤとしていたイメージは形になったのだと考えられる。
実物の俺と俺の服のイメージが重なったのだろう。
瞳の中に光が生まれた。
アイリスは『奇蹟石』を握り締めながら口を開く。
「参りますっ!」
『奇蹟石』の先から一筋の光が伸びた。
レーザーポインターのようだ。
空中に透明なアクリル板があるかのように、虹色の光の線でパンツの形が描かれる。
それはきっと、幼稚な絵と呼ばれるもので下手なものなのかもしれない。
でも、愛らしかった。
そして、服であると信じることができたからなのだろう。
光の服は消えずに残っていた。
アイリスはほっとした表情でありながらも恥ずかしそうに笑っている。
「そこでじっとしていてください」
俺は言われた通り、その場から動かなかった。
アイリスは、光の服を俺に向かってポンッと押し出す。
俺はフワッと温かな光に触れたと感じた。
そのときには、光ではなく、ちゃんと形になっている服に、身を包んでいた。
「動いていいですよ」
「わ、分かった」
俺は両手を平行に上げてから「ふおー……!」と感嘆の声を漏らす。
黒いボクサーパンツを着用している。
シンプルなデザインに履き心地の良い肌触りとサイズ感。
それらすべてが自分好みであると理解した。
アイリスは、きっと過去の自分が身に付けていたものを再現したのだろう。
俺は驚きを隠せなかった。
「では、今の流れをあと何回かやるのでご協力してくださいっ!」
アイリスはビシッ!と頭を下げる。
その瞬間、ブルンッ!と胸が揺れた。
股間が熱くなる。
俺はゴホゴホとむせた。
「わ、分っかりましたー……」
俺は、にこにこと笑い掛けてくれているアイリスの裸を直視すべきか否か悩んでいたので目を泳がせていた。
数分ほど経った頃だろう。
俺の肌着は白いTシャツで、襟元が丸い形のものになっていた。
その上に着ているのも同じように白いシャツなのだが、何故か具体的にオーガニックコットン洗いざらしオックスボタンダウンシャツであると分かる。
過去の自分はシャツに対するこだわりが強かったのかもしれない。
その上に着ているのは、立襟の軍服ジャケットだった。
色は黒を基調としている。
装飾としてダブルボタンが付いていた。
襟と袖と肩章のブレード周りを縁取るように銀色の二重線が引かれていると分かる。
そして、襟元には同じように銀色で大きな樹の形を模している意匠があった。
これが何かは分からない。
だが、暫くの間はその意匠から目を離せなかった。
それから、スラックスとベルト、それに靴下と革靴まで、色合いに多少の違いはあるが、色は黒で統一されていた。
これらが記憶を失う前の自分が身に付けていたものなのだろう。
「ありがとう」
「礼には及びませんよ」
「俺も君のものをいろいろと作りたい。『奇蹟石』を召喚することって可能かな?」
「は、はい。でも、私は裸のままでもいいですよ?」
「俺が良くないんです!」
「お、お気に召しませんでしたか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。君はとても素敵なんだが、そのままの君を見ていると、何故か、俺がヤバいことになりそうなんだ!」
自分で言っておいてなんだが、ヤバいことが何かは分からなかった。
「わ、分かりました。では、お召し物を頂けるのを楽しみにしていますっ!」
アイリスはキラキラとした目でこちらを見ている。
純真無垢な姿はとても可愛らしいのだが、俺は胃が重くなるのを感じていた。
「『この輝石こそ、奇蹟なり!』」
俺がその文言を唱えると、『奇蹟石』が浮かび上がる。
右手を差し出す。
『奇蹟石』は降りて来る。
掌に落ちた。
『奇蹟石』を握り締める。
そして、アイリスへと目を向けた。
彼女の服をイメージする。
記憶の中にあるオーソドックスな服の形のイメージを重ねた。
その直後、脳内で雷が落ちる。
目の前が真っ白になる衝撃を受けていた。
遠くで「聖真!大丈夫ですか!?」というアイリスの声が聞こえる。
真っ白な世界は真っ黒な世界に変貌した。
そこに砂嵐が発生する。
電波を拒絶したテレビ画面であると理解した。
主張がやけにうるさい映像とノイズに、たまらず目を瞑って耳を塞いだ。
やがて静寂が訪れた。
目を開けて耳を澄ませた。
そして俺は、世界を感じていた。
澄み切った青い空の真ん中を、白い鳥が翼をはためかせて飛んでいく。
その視界の隅に、こちらを覗き込んでいる誰かが現れた。
誰かの顔は逆光でよく見えない。
その誰かは小学生くらいの女の子だろう。
髪がすらりと長く、華奢な身体であることが窺い知れたからだ。
その子は屈み込んでこちらに手を伸ばす。
俺は仰向けに寝転んでいた、というよりかは倒れていたのだろう。
自分の傷だらけの手は、その子の掌の上に重ねられた。
「聖真!」
アイリスの声が聞こえた。
記憶の世界から戻って来たのだろう。
意識を取り戻した俺は、膝を着いていることに気付く。
アイリスは涙を浮かべながら俺の肩を揺すっていた。
俺は彼女の腕をトントンと叩いて、目覚めたことを伝える。
肩を揺する両手の動きがピタリと止まった。
「ご、ごめん。意識が飛んじゃってたみたいだ」
俺がそう言うとほっと息を吐いたアイリスの手が離れる。
「あ、あなたが無事ならそれでいいのですが……。ふ、服はもういいですからお休みください」
涙を拭う仕草すらも美しいアイリスの頼みであったが、それを聞き入れることはできなかった。
「そんなわけにはいかないよ!記憶がちょっとだけ戻ったみたいだから、この力は使った方が良さそうだし……」
「えぇ……!?記憶が戻ったんですか!?」
「ちょ、ちょっとだけだよ?それに、大分幼い頃の記憶みたいで君とは違う女の子の姿が見えただけなんだ」
「……ふーん。そーなんですかー」
空気がチリッと熱くなった気がする。何故だか冷や汗が噴き出た。
「も、もしかしてなんですが……怒ってます?」
「そんなわけないじゃないですか。私よりも先に別の女のことを思い出したくらいで怒りなんて覚えませんよー」
「女って言ってる時点で絶対に怒ってるじゃないですか……!」
「本当に怒ってないです。でも、その女、じゃなかった、その子のことがちょこっとだけ羨ましいとは思いますけどねっ!」
アイリスは頬を膨らませて、ぷいっ!と顔を逸らす。
俺は自分の不甲斐なさに情けなくなりながらも彼女に宣言した。
「君のことは必ず思い出す。だから、待っていてくれ」
アイリスの肩がびくっ!と跳ねた。
顔がゆっくりとこちらを向く。目が、じとーっとしていた。だが、すぐに、悪戯っぽい笑みを作った。
「私のことを、よーく見ていてください。そうすれば思い出せることもあるかもしれません」
アイリスの両手が自分の頬に触れた。
予想以上に柔らかくて冷たくて気持ち良かった。
その感覚が衝撃となったのだろう。
脳裏にとんでもない映像が過ぎっていた。
彼女の服のイメージは、その映像を見たおかげで作ることができた。
だが、これは再現してもいいものだろうか。
俺は悩んでいた。
「おやっ?その顔は、何かを思い出したみたいですねぇ」
アイリスはそう言いながらにやりと笑うと手を離す。
俺はその勘の鋭さに驚いた。
「あ、アイリス。その、ちょっと離れてくれないか?」
「……?どうしてですか……?」
「服を作るからです……」
「私がどんな格好をしていたのか、思い出してくださったんですねっ!?」
「う、うん。まあ、そうなんだけどね」
俺はそう言って苦い笑みを浮かべてから立ち上がる。
アイリスも俺に倣うようにその場で立ち上がると素直に距離を取ってくれた。
「『奇蹟石』は1分ほどで自動的に消えてしまいますが、先ほどの文言を唱えることで再び召喚することも可能です!!私はここでじっとしていますので、準備ができたら教えてくださいっ!」
「わ、分かった」
俺に服を作ってもらえるということがよほど嬉しいのか、興奮気味な様子で、ちょっとテンション高めのアイリスにたじろぎながらも、右手を天高く掲げた。
「『この輝石こそ、奇蹟なり!』」
先程と同じように、『奇蹟石』を握り締めながらアイリスへと目を向けた。
その身体に、服のイメージを重ねる。
裸を直視されるのはさすがに恥ずかしいのだろう。
アイリスは顔をちょっと俯けて、ほんのりと頬を赤らめている。
俺は、そんな可愛い彼女に気を取られそうになった。
服作りに集中するのはなかなかに難しい。
型は視えている。
透明な輪郭線。
空間の、揺らぎ。
そこに『奇蹟石』の光を当てていく。
『奇蹟石』をペンだとイメージするのは簡単だった。
アイリスの『奇蹟石』もそうであったように特に何のモーションもなしで、その先端から虹色の光の線が飛び出す。
そして、透明な輪郭線をなぞるように光を当てて絵を描いていく。
俺はアイリスの下着を作った。
そしてブラジャーとパンツをリアルにイメージできる自分は、ちょっと怖いと思った。
色はどちらも黒い。
形はセクシー系だった。
何でこれがセクシー系だと理解しているのか。
それは分からない。
だが、そのレースは透けている。
最高にエロかった。
アイリスは先ほどよりも頬の赤みが増しているように見える。
だが、恥ずかしそうにしながらも嬉しそうな笑みを浮かべていた。
ブラウス、という名前だけは知っているものは、色が白く、襟元の形は丸いものになっている。
その上に着ているのは、軍服ワンピースだった。
色は黒い。
装飾にダブルボタンが付いていた。
襟と袖と肩章のブレード。
銀色の二重線と、大きな樹の形を模している意匠がある。
軍服のデザインには差異が見当たらないことの証明になっていた。
けれども体型が異なるので女性の軍服は胸元に余裕を持たせている。
そして、パニエという補正機能があるために、スカートの膨らみを変えることもできる、といったことも何故だか知らないが何故だか知っていた。
俺はアイリスの可愛さが増していると感じた。
「ありがとうございます」
アイリスは両手をお腹の前で重ね合わせると丁寧なお辞儀をしていた。
「礼には及ばないよ」
俺はふっと微笑んでいた。
「聖真は、記憶を失っていても聖真なんですね」
アイリスは柔らかな笑みを浮かべながら、ポツリとそう呟いた。
「俺ってこういうやつなの?」
「はい。お優しくてちょっとエッチです」
「ちょ、ちょっとエッチだったのか」
「実を言うと、大分エ」
「そ、それ以上はいいです」
「承知いたしました」
アイリスはくすくすと笑っている。
「う、うーん。これからどうしようか……?」
「私としてはここで聖真とイチャイチャしたいところですが……」
「い、イチャイチャ……」
「あなたが目覚めたことを感じ取った方々はあなたを放っては置かないでしょう」
「えっ?それって、どういう……」
アイリスの返答を待つ間もなく、突如として白い空間に薄氷が割れるようなパキンッ!という音が鳴り響いた。
黒い罅が、出現した。
第一章
空讀聖真の序曲 前編
了