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第九話「会ったとたんに一目ぼれ・パート1(ガールズバンドのボーカル編)」

 いろいろあった自己紹介のあと、迎えたのは昼休みだった。


 他の高校がどうなのかは通ったことがないので知らないが、防府ほうふヤマダ学園は、東大京大に卒業生を送り込むような超進学校だからか、入学式の日と言えども、午前中で皆さんさようならなんてことはなかった。


 午後からも何かしらあるらしいので、お昼休みに食事をしていいことになっていた。


 俺が高校生活で一番楽しみにしていたのは学食だった。


 中学校までは給食だったので、自分の好みに合わない料理でも、我慢して食べなければいけなかったが、学食なら、自分の好きな物だけ食べられる。


 こんなに嬉しいことはない。


 学校にお金を持ってきてもいいというだけで、大人になった気分だった。


 そんなわけでたどり着いた学食はとても広く、たくさんのテーブルと椅子が並んでいた。


 もちろん椅子にはたくさんの生徒たちが座って、賑わっていた。


 食券制なので、まずは自販機で食券を買わなければならなかった。


 メニューは定食、丼もの、麺類などのオーソドックスなものばかりで、変わり種のようなメニューは見当たらなかった。


 そして、学食だからとても価格が安かった。


 俺はしばらく迷った末に、好物のトンカツ定食を食べることにして、食券を買った。


 そして無事にトンカツ定食をゲットした俺がどこの席に座るか迷っていると……


「あ、池川くん! おーい! ここの席、空いてますよー!!」


 パーラーが手をブンブン振りながら、大きな声で俺のことを呼んだ。


 さすがはコミュ(りょく)お化け。


 俺としても、まったく見知らぬ人とお食事するのはアレだったので、お言葉に甘えて、パーラーの向かいの席に座ることにした。


 ナナはお母さんがお弁当作ってくれるらしいので、学食にいるわけはなかった。


 ちなみに、パーラーの右隣の席には当たり前のようにマッチが座っていた。


 二人は仲が良いらしい。


「トンカツ定食を頼むなんて、さすがは男の子ですね」


 パーラーは俺のトンカツ定食を見て、そう言った。


「そういうパーラーは、うどんを頼むなんて、女の子らしいね」


「エヘヘ、そうですか?」


 俺がパーラーと社交辞令のようやり取りをしていると、やはりマッチが俺のことをにらみつけている……ような気がした。


 なぜ、そのようなことになっているのかわからず、俺はマッチの方を見ないようにして、トンカツ定食を食べ始めた。


 パーラーはマッチと何やら楽しそうに話しながら、うどんをすすっていた。


 マッチが食べていたのは蕎麦(そば)だった。


 俺は邪魔しちゃ悪いと思って、黙々とトンカツとキャベツとご飯を食べ、味噌汁をすすっていた。


 そんな時……


「ああ! やっとご飯食べられるよー! お腹空いたー! あ、パーラー! この席空いてる?」


 どんぶりの乗ったトレーを持った、やたら大きな声の女子がパーラーに話しかけてきた。


「ああ、サアヤさんじゃないですか。もちろん空いてますよ、どうぞ座ってください」


 パーラーは、その女子と知り合いなのか、当たり前のように着席をすすめた。


「じゃ、お隣、失礼しまーす!」


 大きな声の女子……パーラーいわく、サアヤさんはフランクな人なのか、隣に座っているのが男子の俺でもお構いなしに座ってきた。


「は、はあ、どうぞ……」


 俺は一応そう言って、左隣の席に座った女子の顔を見てみた。


 すると、どうだろう。


「あれ? 君は……?」


 向こうも一目見て気づいたらしい。


「あ、昨日のストリートミュージシャン……」


 俺がそうつぶやくと、そのストリートミュージシャン……サアヤさんは怒涛の勢いでまくし立ててきた。


「だよねー! 昨日、私の歌を聞いて、泣いてくれた、自転車の子だよねー!!」


「え? 泣いた?」


 サアヤさんの言葉を聞いたパーラーが口を挟んできた。


「そうなの! 昨日、私、防府駅(ほうふえき)で歌ってたんだけどね、そしたらこの子が最後の方にやって来て、私の歌を聞いて、泣いてくれたんだよ! 私、感動しちゃって! 私の歌を聞いて感動して泣いてくれる人がいるんだって! まさか同じ学校の子だったなんてねー! そして、学食で偶然会えちゃうなんて、ビックリだよ、ビックリ! ねえねえ、この子、パーラーの友達?」


 サアヤさんはビックリするぐらい饒舌で、早口だった。


 昨日、歌を聞いた時には思いもよらなんだ、まさかこんなにもベラベラしゃべる女の子だったなんて……


「そうですよ。今日、たまたま同じクラスの隣の席になったんで、さっそく友達になったんです。あ、そうだ、池川くん。昼休みで先生いないんだから、今からライン交換しましょう」


「あ、いいね! じゃあ君、私とも交換しよう!!」


「ちょ、ちょっと待って、パーラー。交換する前にこの人が誰か教えてほしいんだけど……」


 俺はどんどん話を先に進めようとするパーラーとサアヤさんに少しあらがってみた。


「え? 二人は知り合いじゃないんですか? さっき、なんか、そんなようなこと言ってましたけど……」


「知り合いじゃないよ。昨日たまたま歌ってるところを見ただけで……」


「そうなんですか。じゃあ紹介しますね。この人は2年の松永紗亜矢(まつながさあや)さん。ボクやマッチがやってるバンドのギターボーカルです」


「え? パーラーはバンドやってるの?」


「そうですよ、言ってませんでしたっけ?」


「うん、聞いてないね。マッチがベースやってるってのは自己紹介で聞いたけど」


「うん、マッチのベースはね、すごくうまいんだよー」


「そんなことないわ。まだまだ未熟よ」


「サアヤさんがギターボーカルで、マッチがベース。じゃあ、パーラーはドラムやってんの?」


「よくわかりましたね」


「いや、ギター、ベースと来たら普通はドラムだろ?」


 小さい体のパーラーがドラムを叩いているというのはかなり意外だが、ドラムのいないバンドなんて絶対にあり得ないからね……


「まあ、そうですね」


「ねえ、パーラー。早くこの子のこと紹介してよ」


「ああ、そうでしたね。まだ紹介の途中でした。この男の子は今日、たまたま隣の席になったから友達になった池川サトシくんです」


「サトシくんっていうんだ、よろしくね」


 サアヤさんはそう言って、手を差し出してきたので、俺はつい反射的に握手してしまっていた。


「よ、よろしくお願いします、松永先輩」


「ハハハ。サアヤでいいよ。それに私、先輩って言っても早生まれだから、サトシくんとは同い年のはずだよ。サトシくんは早生まれじゃないよね?」


「はあ、違いますね」


 ちなみに俺は9月生まれだ。


「じゃあ、同い年だし、そんなかしこまらなくてもタメ口でいいよ、タメ口で」


「い、いや……そういうわけには……いくら同い年でも、先輩は先輩ですし……」


「ふーん。サトシくんは真面目なんだね」


 サアヤさんはそう言って、俺の顔をまじまじとのぞき込んできた。


 サアヤさんの瞳はとても大きく、俺はつい照れて下を向いてしまった。


 そこにあったのは、細身のサアヤさんには似つかわしくない大きなおっぱいだった。


 こ、これがうわさの「スレンダー巨乳」というやつか。


 俺が、まるでグラビアアイドルのようなスタイルのサアヤさんについ見惚れていると……


「気になる? 私、実はFだよ」


「F? フライング返還欠場ですか?」


 サアヤさんが突然ぶっ込んできたので、混乱してしまった俺はつい、的外れなことを言ってしまった。


「え?」


 サアヤさんは当然、反応に困っていた。


「あ、いや、なんでもないです……それでFというのは?」


 流せばよかったのに、なんでそんな泥沼にハマるような質問をしてしまったのか?


 やはり混乱していたということか……


「決まってるでしょ……Fカップ」


 サアヤさんはさっきまでの大きな声が嘘のように、小さな声で俺に耳打ちした。


「Fカップ? 栄養ドリンクか何か?」


 俺は未だに混乱したままだった。


「さっきから何つまらないボケを繰り返してるんですか、スベってますよ、池川くん」


 そんな俺を見かねたパーラーがツッコミを入れてきたが、俺の混乱状態が回復することはなかった。


「Fカップのおっぱいがふたつ……Fがふたつ……F2……90日休みでB級降格確定……エヘヘへへ」


「あれ? どうしたんですか、池川くん。おーい!」


「まったく。とんだスケベ野郎ね……」


 パーラーに正気に戻るよう手を振られても、マッチに罵られても、俺は混乱したままだった。


 昨日、ナナにふられた帰り道でたまたま見かけて、また出会えたらその歌声を褒め称えてあげようとか思っていた、ストリートミュージシャンの女の子が同じ高校の先輩で、ほぼ初対面の男に自分のカップ数を教えるような、ヤバい女だったなんて、なかなかに意味不明だった。


 やっぱりこの高校にはヤバい女子しかいないのだろうか?


「ねえ、サトシくんには彼女とかいるの?」


 サアヤさんのその言葉で、ようやく俺は混乱状態から回復することができた。


 いくらヤバいとは言え、サアヤさんはかわいいのだ。


 話しかけられたら無視するわけにはいかない。


「え? いないですよ、そんな……」


 いないからこそ、ふられてしまったからこそ、サアヤさんの歌声を聞いて泣いてしまったわけだが、もちろんそんなことは言わない。


 俺はこちらの方々みたいに、ほぼ初対面の人にでもなんでもかんでも言えちゃうような、気さくな人間ではなかった。


「ふーん、いないんだー。じゃあ、私、狙っちゃおっかなー、サトシくんのこと」


「え?」


「ウフフフフ」


 突然の宣言に戸惑う俺を尻目に、サアヤさんは妖しく笑っていた。


「ええー、またですかー。本当にサアヤさんは惚れっぽいんだからー」


「ホント、面食いすぎよね。これで何人目よ、一目ぼれしたの」


「ええー、そんなことないよー。別に私だって誰でも彼でも好きになるわけじゃないからね」


「イノクマに痛い目に遭わされたのに、懲りないのね……」


「ねえ、サトシくん、とりあえず本当にライン交換しようよ。ね? いいでしょ?」


「え? ええ、いいですよ、もちろん……」


 パーラーとマッチの言葉は多少、いや、かなり引っかかったが、Fカップのスレンダー美女にライン交換を求められて、断れる男などいないのだった。


「やったー! 嬉しいなぁ!!」


 俺とライン交換したサアヤさんはなぜかとても喜んでいた。


「じゃあ、池川くん、ボクとも交換しましょう」


「う、うん……」


 パーラーとライン交換したあとも、四人であれやこれや歓談しながら食事をした。


 まあ、主にしゃべっていたのはサアヤさんとパーラーで、俺とマッチはほとんどしゃべっていなかったのだが。


 俺はサアヤさんたちがやっているバンドのこととか、サアヤさんの歌声のこととか、マッチが意味深につぶやいていた「イノクマ」のこととか、いろいろ話してみたいこと、聞いてみたいことはあったのだが、なかなか会話に参加することはできなかった。


 サアヤさんのあの言葉がずっと、頭の中を駆け巡っていたからだ。


 そう……「Fカップ」……じゃなくて、「狙っちゃおっかなー」という言葉が。


 俺はサアヤさんのような美女にそう言われて、平静を保っていられるようなモテ人生を歩んではいなかった。


 いったい、どこまで本気なのだろうか?


 一目ぼれしたから、カップ数とかも教えてくれたのだろうか?


 わからない。


 わからないのなら、本人に聞けばいいのだろうが、パーラーやマッチの前では、そういうことは聞きづらかった。


 俺があれこれ考え、うじうじまごまごしているうちに、俺以外の三人は食事を終えてしまっていた。


「それじゃあ、サトシくん。これからよろしくね。また会おうね、バイバイ」


 サアヤさんは俺に向かって手を振りながら去っていった。


 その笑顔はとても眩しくて、俺は直視することができなかった。


 あんな美女が本当に、俺のことを狙っているというのか?


 にわかには信じがたい現実に、俺はトンカツ定食をお昼休みの時間内に食べ切ることができず、残さざるを得なくなってしまった。


 もったいない……

次回「会ったとたんに一目ぼれ・パート2(大企業の御令嬢編)」 お楽しみに。




一般的ではない言葉の脚注(興味のない方は読み飛ばしていただいて結構です)


会ったとたんに一目ぼれ→テディ・ベアーズが1958年に出した、全米1位の大ヒット曲「To Know Him Is To Love Him (トゥ・ノウ・ヒム・イズ・トゥ・ラヴ・ヒム)」についた邦題。「とたん」と「ぼれ」が平仮名なのがみそ。テディ・ベアーズには60年代に一世を風靡した名プロデューサーのフィル・スペクターが在籍していて、彼のプロデュース作品の特徴である「ウォール・オブ・サウンド(音の壁)」は、このデビューヒット曲ですでに表れている。勝手に「テディ・ベアー」って名前を使っても怒られないのが、1950年代のおおらかなところ。


フライング返還欠場→ボートレーサー(競艇選手)がスタートに失敗して失格になること。新聞等には「F」と表記されるので、ファンの間でも「F」と呼ばれることが多い。スタートしていないことになるので、舟券は全額返還になり、ファンに金銭的ダメージを与えることはないが、そのせいで舟券の売上が激減して主催者に大きなダメージを与えてしまうので、やってしまうと、30日間休みになってしまうというペナルティが課せられる。半年の間に2回フライングをすると90日も休みになってしまい、必然的にランクも下がることになるので、収入が激減する。ちなみに3回やると180日も休みになってしまい、4回やると引退に追い込まれるという……

 まったくの余談だが、ボートレース多摩川でFをやってしまうとツイッターで、ボートレース多摩川のマスコットキャラクター・静波(しずなみ)まつりちゃんに「またFかよ」と毒づかれてしまうことになるのでご注意を……

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