第八十六話「レイラ&アオイ、アザー・アソーテッド・ラヴ・ソングス」
年末はあれこれやることが多くて、隔日更新みたいになってしまって、申し訳ない。
「ドゥオホウッ!!」
ショートカットの幼女のタックルを腹にもろに食らった俺は、珍奇な声をあげてしまった。
「もうー、サトシお兄ちゃんったら、アオイが来るってわかってるくせに、一人で行動してるだなんて、いけずだなー……」
幼女は俺に抱きつきながら、一人でベラベラしゃべっていたが、やがて、俺の近くにいたカレンさんのことを見つけて、顔を曇らせた。
「……って、サトシお兄ちゃん、誰よ、この黒い女は?」
「いけず」なんて言葉を知っているぐらいだから、この幼女は相当ませているようだった。
ませた幼女は、険しい表情でカレンさんのことをにらみつけていた、まるでどこぞのバンドのボーカルのように……
「誰ってこっちのセリフなんだけど……『お兄ちゃん』ってことは、サトシくんの妹さんなの? サトシくん、妹いたんだ?」
幼女ににらまれても、大人の余裕を見せて、怒ったりイラついたりはしないカレンさん。
「いや、俺は一人っ子ですよ……」
「え? じゃあ、この子は誰?」
「いとこです」
別に隠すことでもないので、即答した。
「いとこ?」
「ええ、正確に言えば、俺の親父の妹の娘さんが、この小笠原葵ちゃんです」
「そうなんだ、よろしくね、アオイちゃん」
カレンさんは、依然として俺に抱きついているアオイちゃんに笑顔で語りかけたが、アオイちゃんは「ふんっ」と言って、顔を背けた。
「あらら……」
「いや、アオイちゃん、たしかもう、小学五年生なんだろう? ちゃんと挨拶しなきゃあ。無視するのはよくないよ」
「知らない人に話しかけられても相手しちゃダメって言われてるし……」
俺がなだめても、アオイちゃんは取りつく島もなかった。
島もないのに、俺には抱きついたまま……というか、しがみついたままで、俺は身動きすら取れなかった。
これが、サアヤさんとかクレナお嬢だったら「邪魔じゃい!」と言ってはねのけるが、相手がいとこのアオイちゃんでは邪険に扱うわけにもいかなかった、よほどのことがない限り、一生付き合っていくことになる人だからね……
はてさて、どうしたものか……
「ちょっとアオイ! 一人で勝手にあっちこっち行くんじゃないわよ!!……って、あら! サトシくーん!!」
困っている俺に、どうやら助け船がやって来たようだった。
「ほら、アオイちゃん、お母さん来たよ、お母さん」
俺はアオイちゃんのお母さん、すなわち俺から見れば「叔母さん」にあたる小笠原玲良さんに、アオイちゃんのことを押しつけた。
アオイちゃんは「ぶぅー」と不満を表しながら、お母さんのもとへ行ったが、これで晴れて自由の身となれた俺は、実に助かった。
「ごめんね、サトシくん、うちのアオイが迷惑かけたみたいで……」
「いえいえ、そんな迷惑だなんて……」
「って、あれ? こちらのお方はどなた?」
レイラ叔母さん……って呼ぶと怒るから、レイラさん……は、目ざとくカレンさんのことを見つけ、ニヘラと汚い笑みを浮かべながら、質問してきた。
「ああ……えっと……」
「ひょっとして……サトシくんのカノジョ? だとしたらやるじゃん、サトシくん。高校生になったばっかりなのに黒ギャルと付き合うだなんて、いや、サトシくんのこと見直したわー……」
「え? い……いや、違いますよ。こちらは最近知り合ったばかりのお友達の三好カレンさんです」
「ホントにともだちぃー?」
「と……友達ですよ」
「ホントにぃー?」
「ホントです!」
「あの、サトシくん、こちらの方は?」
レイラさんがかけてくる、あらぬ疑いを晴らすのに必死になっていたせいで、カレンさんのことを置き去りにしてしまっていた。
「あ……ああ、こちらはアオイちゃんのお母さん、すなわち俺の親父の妹さんの小笠原レイラさんです」
「叔母さん」と言うと怒るので、そんな持って回った言い方をせざるを得なかった。
「そうなんだ。あ、はじめまして、三好カレンです」
「あ、これはご丁寧に、どうも小笠原ですー」
意外にも礼儀正しいカレンさんがお辞儀をしたから、レイラさんもお辞儀をし返した。
「それで、サトシくんとはどういうご関係で?」
レイラさんはいい人だけど、よくも悪くも、実に女性らしい人だった。
ロック大好きだったおじいちゃんが、大好きなデレク&ザ・ドミノスのアルバム「いとしのレイラ」から取って、「玲良」と名付けられたらしいレイラさん。
ちなみにおじいちゃんは、まだクリームだった頃からエリック・クラプトンのことが大好きで、長男……すなわち、俺の親父の名前を「エリック」にしようとしたらしいが、「政治家と金持ちからは搾れるだけ搾り取れ」でおなじみの反骨の人、ひいおじいちゃんの猛反対にあって、「慶彦」という穏当な名前になったらしい、これに限っては「ひいおじいちゃん、反対してくれてありがとう」の一語である。
でも、さしものひいおじいちゃんも、「玲良」なら日本人の名前でも不自然ではないからか、反対はしなかったらしい。
そんな、ロックな名前をつけられたレイラさんだが、親父が言うには若い頃にはギャル……当時の言葉で言えば「コギャル」で「ガングロ」……だったらしい、今は特に日焼けもしておらず、日本人の平均的な肌の色だが……髪の毛は娘と同じようにショートカットだが、茶色に染めているところに、元ギャルの名残を感じる。
もちろん、親父の妹なので、防府市生まれの防府市育ちだが、小倉の小笠原さんと結婚したので今は小倉に住んでいて、名字も池川から小笠原になり、池川家の家族旅行……というか、ただの小倉競馬観戦だが……に、ご相伴するのは毎年恒例のことであった。
そんなレイラさんとアオイちゃんの相手は当然、親父がしてくれると思っていたのに、まさかアオイちゃんが俺のことを見つけるために、単独行動して、しかもこの広い小倉競馬場で実際に見つけるだなんて、予想外のことであった、まあ、レイラさんがすぐにやって来てくれたので、そんな大事にはならなさそうではあるが……
そんなレイラさん、先程も申したように、実に女性らしい女性で、母親になった今でも、流行りにはだいたい乗っかっているし、恋愛系のゴシップネタも大好きで、「どういうご関係で?」と質問した時も、いやらしい笑みを浮かべていた。
「だから、さっきも言ったでしょう、ただの友達ですよ!」
カレンさんに迷惑をかけるのは悪いと思って、レイラさんの質問には俺が答えたが、
「いや、サトシくんには聞いてないから……」
レイラさんはこの作品の登場人物らしく、俺の話を聞いてくれなかった。
「それで、カレンさんでしたっけ? サトシくんとは付き合ってどれくらい?」
「いや、付き合ってないですよ。そもそも知り合ったのも先月で……」
「ああー、なるほどー、じゃあ、これから付き合うんだねー! ああー、今日は初デートってとこかー!」
カレンさんの言葉を聞いたレイラさんは、察しのいい人なのか、大きな声で、真実を突いた。
他の登場人物はだいたい、思い込みで的外れな認識をすることが多いが、レイラさんは大人だからか、何も間違えてはいなかった、たしかに今日は「初デート」だった。
「それじゃあ、あんまりお邪魔するのも悪いので、私たちはもう行きますねー、あとはお二人でごゆっくりー……ほら、アオイ、行くわよ!」
「いやだ! アオイはサトシお兄ちゃんと一緒にいるの!!」
「サトシお兄ちゃんのデートの邪魔したら悪いでしょ! 行くったら、行くの!!」
「いやだー!!」
嫌がるアオイちゃんを、レイラさんは抱きかかえてむりやり連れていき、俺は再びカレンさんと二人きりになった。
「よ、よかったのかな? サトシくん」
「いや、別にいいですよ、レイラさんやアオイちゃんとはあとでいくらでもお話できるんで……そんなことより次のレースを……」
などと話しているうちに、ファンファーレが鳴り響き、小倉3レースの3歳未勝利(ダート1700メートル)は発走してしまった。
次回、未定(笑) はてさて、どんな展開にしようかのう?(笑)
脚注(興味のない方は無理して読まずに、飛ばしていただいて結構です)
デレク&ザ・ドミノスとか「いとしのレイラ」のことは、第十一話「悲しきギター忍者」の脚注に書いてあるので、そちらを参照のこと。ここに書いておくべきは、アルバム「いとしのレイラ」の原題が「Layla And Other Assorted Love Songs( レイラ・アンド・アザー・アソーテッド・ラヴ・ソングス)」であるということくらいである。
クリーム(Cream)→ドラマーのジンジャー・ベイカーが、ギタリストのエリック・クラプトンを誘ったら、クラプトンが「ベーシストをジャック・ブルースにするなら結成してもいい」と言ったので、ベーシストにジャックを迎えて結成したスリーピースバンド。すでにヤードバーズ、ジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズでギタリストとして活動していたエリック・クラプトンだが、このクリームで商業的に大成功を収め、世界中の音楽ファンにその名を知られる、超有名ギタリストとなり、今に至る。
ちなみにクリームはわずか2年半ほどで解散してしまい、その後クラプトンはブラインド・フェイスというバンドを結成するが、即解散(笑) その後、渡米してデレク&ザ・ドミノスを結成するが、これも早めに解散(笑) 以降はソロミュージシャンとして活動している。
コギャル→現在「ギャル」と呼ばれている女子たちのことを、90年代はなぜか「コギャル」と呼んでいた。なぜ「コ」がつくのか長年疑問だったが、90年代の漫画やアニメを見ることで、その謎は解決した(笑) 90年代の漫画やアニメでは「水着ギャル」などという言葉が普通に使われていた、すなわち、「ギャル」とは「若い女性全般」を指す言葉であり、その「ギャル」と区別するために、「コ」をつけて、「コギャル」と呼ぶ必要があった。その後、時の流れとともに「ギャル」は「若い女性全般」から、今日「ギャル」と呼ばれている、独自の文化を持つ女性のことを指す言葉に特化され、「コ」をつける必要がなくなったのである、多分(笑) 私の分析ではそうだ(笑)
ガングロ→その「コギャル」の特徴のひとつ、わざと「日焼けして顔を黒くする」行為、もしくはそれをして顔が黒くなったギャルのことを、昔は「ガングロ」と呼んでいたのである。「ガングロ」を突き詰めると、最終的には「ヤマンバ」と呼ばれる形態になる(笑)




