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第八十五話「オタク特有の早口」

昨日はいろんなグランプリがあって、それらを見てたら、日付変わっちゃってたので更新できませんでした(笑) やっぱりボートレースグランプリがナイターになっちゃって、それを見ないわけにはいかなかったものだから……(笑) 石野信金と白井シャークさんのせいで……(笑)

「それでさー、サトシくん、これってどう読めばいいの?」


 とりあえず、涼しいスタンド内に入り、俺が場所取りしておいた、2階の椅子にカレンさんを座らせると、カレンさんは競馬新聞を俺に見せて、質問してきた。


 マジでなんにも知らないビギナーであるらしい、それなのによく馬券買えたな、おい……


「まあ、いきなり前走成績とか調教タイムとか言われてもわからないでしょうし、初心者はとりあえず、この馬柱(うまばしら)の記号だけ見とけばいいんですよ」


「記号? ああ、この◎とか○とか△とかのことね」


「ええ、そうです。◎が本命で、○が対抗、▲は単穴(たんあな)、△は連下(れんした)です」


「え? なんて?」


 いけない、いけない……またしてもオタク特有の早口になってしまっていたようだ……


「印をつけた競馬記者の人が勝つ、もしくは3着以内に来る確率が最も高いと思っている馬が本命。2番目に勝つ可能性が高いと思っているのが対抗。勝つ確率は高くないけど、展開とかがハマれば勝つかもしれない、勝てるだけの力はあると思っているのが単穴、勝たないと思うけど、2着か3着には来るかもねと思っているのが連下です。ちなみにまったく印がついていない馬は無印(むじるし)で、4着以下に負ける可能性が高いと思われる馬には印はつきません」


「ちょっと待って……さっき、うちが買った馬、△のひとつもついてないんですけど……」


「そりゃあ単勝265倍の馬ですからね、印なんかつくわけないじゃないですか……」


「そうなんだ……やっぱそんな簡単に一攫千金とはいかないんだね……ところでサトシくん、2レースはどの馬券を買ったらいいのかな?」


 さすがに失ったのが1000円だけだからか、カレンさんの勝負熱(しょうぶねつ)はまだ冷めていないみたいだった、しみじみ思う、カレンさんが土曜日の1レースから、265倍の単勝に10000円もぶちこむようなクレイジーガールでなくてよかったと……


「そうですね、ちょっと貸してください……」


 俺はカレンさんから競馬新聞を受け取り、ちょっと読んでみた。


 これで2レースの勝ち馬を的中させて、カレンさんを儲けさせてあげることができれば、俺の株が上がるはずだから、なんとしても的中させたかったが、2レースは◎が複数の馬に分散する大混戦のレースで、単勝を的中させるのは容易ではなかった。


「サトシくん?」


 俺が競馬新聞を必死に黙読しているものだから、カレンさんが声をかけてきた、しかし、いくら読んでも、俺には2レースの勝ち馬が、まったく見当もつかなかった。


「うん、わからない。カレンさん、パドックに行きましょう!」


「え? パドックって何?」


「行けばわかるさ!」


 俺はなんのためらいもなく、カレンさんの手を取って、パドックまで歩いていった。


 パドックにいると、親父に遭遇するかもしれないと思って、普段は避けているが、今日は「別に遭遇してもいいじゃないか、やましいことなんて何もないぞ」という気持ちだった。


 不思議なもので、好きな人と一緒にいると、気持ちが大きくなるみたいだった、ただ調子に乗っているだけなのかもしれないが……


「うわー、馬がいっぱいいるねー!」


「カレンさん、パドックで大きな声出さないでください、馬が驚いてしまいますので、話す時は小声でお願いします」


「あ、ごめん……」


 俺はカレンさんを注意したあと、パドックの最前列に行って、馬を間近に見ることにした。


 土曜日の朝の小倉競馬場、2歳未勝利のパドックが、人でいっぱいなんてことはなく、最前列に行くのに苦労はしなかった。


「うーん……」


 そして俺は、パドックを周回しているサラブレッドのことを、真剣な眼差しで見つめ始めた……とは言っても、俺は馬体(ばたい)を見ただけで、どの馬が強いとか弱いとか、そんなものを瞬時に判別できるような特殊能力を有していなかった。


 俺にわかるのは、馬に元気ややる気があるかということぐらいだった、それは馬の足音を聞けばわかる。


 子供の頃からの経験で知っている、パドックを歩く時の足音が力強い、重量感のある馬はレースで勝ち負けになる可能性が高いのだということを……それは競馬記者とかが言うところの「踏み込みが力強い」ということなのであろう……


「サトシくん、何やってるの?」


「静かにしてください、馬の足音を聞いて、調子の善し悪しを判別しているので……」


「え? 足音?」


 戸惑うカレンさんを無視して、俺はパドックの方に耳を向けて、馬の足音を聞いていた。


「ふむふむ……なるほど……」


 馬の足音を聞き終えた俺は、パドックを歩く馬の顔の向きを確認した。


 これも経験則であって理屈ではないのだが、なぜかパドックでお客さんの方をじっと眺めながら歩いている馬は、好走する確率が高いのだ、馬にとって、本来は恐怖の対象であるはずの人間がたくさんいる方を見て歩いているということはつまり、それだけ物怖じしない性格、だからこそ、常に全力で走ることができる……とかそういうことなんじゃないかと俺は思っているが、本当のところはサラブレッドと会話してみないとわからない、ということなつまり、パドックでお客さんの方を見ながら歩く馬の心理は、永遠にわからない……


「なるほどね……わかりました」


「えっ? わかったって何が?」


 俺がパドックで「奇行」と言われても仕方がないことをしていても、黙って見守ってくれていたカレンさん。


「2番のタガノスカイハイを買ってください」


「え? 2番?」


「はい、そうです」


「でも2番の単勝は5倍なんだけど……うちは一攫千金を狙いに来てるんだから、もっとオッズの高い馬を買いたい……」


 どうやらカレンさんに、残酷な真実を伝えねばならぬ時が来てしまったようだった。


「あのですね、カレンさん。競馬ってのは大抵、単勝10倍以下の馬が3着以内に来ることが多いんです、馬券の対象となる3着以内の馬がすべて単勝10倍以下なんてレースはほとんどないんです。ということはつまり、本命は単勝10倍以下の馬から選ぶのが的中への近道であり、すなわち、ほとんどのレースで本命は4択から6択……」


「わ、わかった、わかった、買うから、2番。落ち着いて、落サトシくん……」


 いけない、いけない……またしてもオタク特有の早口になってしまっていたようだ……さしもの優しいカレンさんも若干引き気味ではないか……


「でも、うち、本当は4番のシゲルホウレンソウってのが気になるんだけどな……」


「え? ホウレンソウ?」


「そうそう、馬なのにホウレンソウってどういうことって思って、アハハハハ……」


「なるほど、今年のシゲル軍団は野菜シリーズ……」


「え? 野菜シリーズ?」


「それはですね……」


 俺はまたしてもうんちくを語りながら、カレンさんを馬券売場に連れていった。


 ビギナーなのになぜか馬券の買い方だけは知っているカレンさんは、俺の指示通りにタガノスカイハイの単勝を買った、額面はまたしても1000円。


 当たれば約5000円になるはずだから、1レースの負けは取り戻せるというわけか……


 その後は場所取りしていた椅子に戻って、またしてもカレンさんに競馬うんちくを語り続けていた。


 カレンさんはそれを嫌な顔ひとつせずに聞いてくれていて、俺のカレンさんへの好感度はもはやストップ高だった。







 2レースの発走時刻は10時半で、俺はカレンさんとともに、ゴール前でレースを見ていた。


 親父とチカさんがどこでレースを見ているのかはまったくわからない、少なくともゴール前にはいない、もちろんその方がありがたい。


 ファンファーレが鳴ってからしばらくして、ゲートが開き、レースがスタートする。


 このレースは芝1800メートルで、スタンド前、まさにお客さんの目の前から発走するから、スタート地点でレースを見てもよかったのだが、当たり前のようにヒールを履いているカレンさんをスタート地点まで歩かせるのは悪いと思って、ゴール前で我慢した


 俺はやはり、親父のおさがりの双眼鏡でレースを見ていたが、カレンさんは肉眼で見ていた。


「ねえ、サトシくん、レースはどうなってるの?」


「タガノスカイハイは逃げてますね」


「逃げてる? 何か悪いことでもしたの?」


 カレンさんの、ビギナーらしいおとぼけ発言に、危うく双眼鏡を落としてしまいそうになった。


「そうじゃなくて、今、先頭を走っている黒い帽子の馬がタガノスカイハイですよ」


「そうなんだ、そのままゴールまで先頭だったら当たりなんだよね」


「そうですね」


「でも、なんか、今にもかわされそうなんだけど……」


「う……」


 たしかに、先頭で逃げていたタガノスカイハイは、最後の直線コースに入ると、リードもほとんどなく、いつ追い抜かれてもおかしくない状況になっていた。


 しかも、そのタガノスカイハイを捕まえようとしていたのが、カレンさんがパドックで「気になる」と言って笑っていたシゲルホウレンソウだったものだから、俺の双眼鏡を持つ手と頭は、プルプルと震え始めた。


 もし、このままシゲルホウレンソウがタガノスカイハイをかわして1着でゴールしてしまったら、カレンさんは1レースに続いて2レースでも1000円損することになってしまう……ビギナー特有の「名前が面白いからって理由で買ったら当たった」ってやつになっていたのかもしれないのに、俺が邪魔したせいで……


 などと考えると、とても暑い夏の朝なのに、俺は極寒の冬の朝のように、ガチガチと震えてしまっていた。


「あ、ヤバい……」


 シゲルホウレンソウの勢いはよく、一度は間違いなく先頭に立っていた。


 しかし、シゲルホウレンソウもジリ脚の馬なのか、タガノスカイハイをかわしてそのまま一気に突き放すなどということはなく、2頭はほとんど並んだままゴールして、勝負は首の上げ下げになった。


 しかし、ゴール前でレースを見ていた俺に、勝った馬がわからないなんてことはあり得なかった。


「ねえ、どっちが勝ったの?」


「大丈夫です、カレンさん。タガノスカイハイが勝ちましたよ」


「えっ? ってことはつまり……」


「その、カレンさんが手に持っている馬券が当たりってことですよ」


「ホントに!?」


「ええ、大丈夫です、勝ってます!」


「ありがとう! サトシくーん!!」


 馬券が当たったのが嬉しかったらしく、カレンさんは俺に抱きついてきた。


 本当はこういうのにドキドキしないといけないのだろうが、残念ながら、サアヤさんのせいで抱きつかれるのには慣れていて、そこまでドギマギすることはなかった。


 鼻で感じる、女の良い匂いには、多少なりとも興奮したけれども……


「あ、ごめんね、急に抱きついちゃって……」


「いえ、大丈夫ですよ」


「なんか、落ち着いてるね……女子に抱きつかれてるのに平然としてるなんて、やっぱりサトシくんって、童貞じゃないんじゃないの?」


「え?」


 二人きりだったら、「童貞ですよ!」などと叫んだかもしれないが、こんな公の場でそんなことは叫べず、俺は戸惑うばかりだった。


「ウフフフフ、まあ、別にどっちでもいいけどね……」


 カレンさんは笑顔だった。


 やがて、レースは確定し、ターフビジョンに結果が映し出された。


 勝ったのはやはりタガノスカイハイで、2着のシゲルホウレンソウとの着差はクビ差だった。


「単勝の配当は……えっ? たったの530円? ねえ、サトシくん、損してるんだけど……」


 ターフビジョンに映し出された配当金を見て、カレンさんはまたしてもすっとぼけたことを言ったので、真実を教えてあげないといけなかった。


「あれは100円買ってたらいくらになるかってのの発表であって、カレンさんは1000円買ってるから、1000円が5.3倍だから、5300円になりますよ」


「5300円? そんなになるの!?」


「なりますよ、1000円買ってますからね」


「マジかー……ヤバいね、競馬って……」


「まあ、そんな都合よく、全レース当たるわけないですけどね……」


「で、これはどこでお金にするの?」


「それはスタンドの中に自動払戻機があるので……」


 俺はカレンさんと一緒にスタンドの中に戻り、カレンさんを払戻機のある場所まで案内し、操作方法も教えてあげた……親父の代理で払戻機を使ったことが何度もあるので、未成年なのに使い方がわかるのだ……まあ、「未成年が馬券を買ってはいけない」って法律はあるけど、「未成年が払い戻してはいけない」って法律はないはずだから、セーフでしょ、多分……


 閑話休題、俺が教えてあげたので、カレンさんは無事に5300円をゲットすることができた。


「本当にありがとう、何から何までお世話になっちゃって……」


「いえいえ、これぐらいお安いご用ですよ」


「サトシくんのおかげで儲かっちゃったから、何かお礼しないとなー」


「いや、別にお礼なんていいですよ……」


 こんな風に、俺がカレンさんと他愛ない話をしていると……


「あっ! サトシお兄ちゃん、見ーっけ!!」


 俺が、聞き覚えのある声がした方を見てみると、その声の主である幼女は俺に強烈なタックルをかましつつ、抱きついてきたのだった。

次回、サトシのことを「お兄ちゃん」と呼ぶ、この幼女はいったい何者ぞ? お楽しみに。



脚注(興味のない方は無理して読まずに、飛ばしていただいて結構です)

予想印(よそういん)→には他に△△(二重三角。連下の中で一番高く評価している馬)、×(連下と無印の中間。勝たないと思うけど、2着3着には来るかもねという意味の印)や「注(もちろん「注意」の略で、「×」とほぼ同じ意味)」などがある。


シゲル軍団→森中蕃(もりなかしげる)という馬主が所有している馬はすべて「シゲル○○」という名前であり、「シゲル軍団」と呼ばれている。馬主が自分の所有馬をわかりやすくするために、馬名に特定の言葉を入れることを競馬界では「冠名(かんめい)」と呼ぶ。有名どこではオグリキャップの「オグリ」 キタサンブラックの「キタサン」などが冠名である。

シゲル軍団の特徴は、とにかく「シゲル」のあとに、日本語の名詞を入れることであり、その結果「シゲルホウレンソウ」のような珍名馬が毎年、大量に誕生することになる。


ジリ脚→瞬発力がなく、少しずつしか加速できない馬のこと。


首の上げ下げ→ゴール前で大接戦になった場合、運よくゴール地点で首を下げていた馬の方が先にゴールしていたということがよくあり、ゴール前の大接戦のことを「首の上げ下げ」と呼ぶ。


ターフビジョン→中央競馬の競馬場にはどこにでもある、屋外に設置された巨大モニターのこと。屋外でレースを見ている場合、ターフビジョンに映し出されるレース映像でなければ、レースはよく見えないし、ほとんどわからない。さすがに最後の直線だけはターフビジョンに頼らなくても、よく見えるけども……

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