第八話「ヘルプ! モエピはアイドル」
席替えのあと、アカちゃん先生の指示……というか命令? によって、1年A組の生徒たちの自己紹介が始まった。
席替えしても俺の前の席は、アカちゃん先生のことを小学生扱いした、あのチャラ男のままで、そいつはこのように自己紹介をした。
「僕の名前は姉小路貢。先祖は京都で公家をしていました。でもそんなことは関係ありません。僕は実力で成り上がってみせます。野球部のエースで4番として、この防府ヤマダ学園を、学園史上初の甲子園出場に導いてみせますよ! 女子生徒諸君、サインをねだるなり、告白するなら今のうちだよ。僕はいずれ、スターになる男なんだからね!! スターになってからじゃ遅いんだよ、ベイビー!!」
チャラそうな男……姉小路ミツグは、大きな身振り手振りと激しい動きで、大言壮語を語ったが、優しいクラスメートたちは自己紹介後に拍手をしてあげていた。
俺はこの時初めて「こんなヤバそうな奴に優しくしてくれるこのクラスならば、うまいことやっていけるかもしれない」と思った。
ていうか、公家の子孫?
嘘だろ、こんなチャラそうな奴が?
でも「姉小路」って名字の公家がいるというのはたしかに聞いたことがあるな……
仮に本当だとして、なんで公家の子孫が山口県にいて、甲子園目指してるんだよ?
いや、別にいいけど、どちらかというと、公家の子孫ならば野球よりもサッカーをやるべきなのでは? イメージ的に……
「よし、次は姉小路の後ろの奴!」
またまた思索の世界にトリップしそうになっていた俺だが、アカちゃん先生に自己紹介するよう促されたので、現実世界に戻ってきた。
このご時世に生徒のことを「奴」呼ばわりするような人が担任の先生なのは本当にどうかと思うが……
「はじめまして、池川サトシです。これから一年間、精一杯頑張るのでよろしくお願いします」
俺の自己紹介はそれだけだった。
「なんだ! それだけかよ!! なんか好きなもんとか、高校でやりたいこととかねーのかよ!! せめて趣味特技ぐらいは言えよ!!」
俺の自己紹介が短すぎたからか、アカちゃん先生にヤジを飛ばされたが、
「お姉ちゃん! そんなこと言ったらかわいそうでしょ! みんながみんな姉小路くんみたいに口がうまいわけじゃないんだから!」
ミズキ先生が助け船を出してくれたので、俺は余計なことを言わされずにすんだ。
「地獄に仏」とはこのことか……
姉の方はアレなのに、妹の方はずいぶん優しいもんだ。
やっぱり異母姉妹か何かなんじゃないのか?
「ったく、しょうがねえなあ……ていうかミズキ、いい加減、職場で『お姉ちゃん』って呼ぶのやめろ! じゃあ次はその隣のポニーテール! 自己紹介しろ!!」
アカちゃん先生にそう言われたパーラーは勢いよく立ち上がり、早口で自己紹介をした。
「はい! 二条瞳です! あだ名はパーラーですが、皆さんなんでも好きなように呼んでください。趣味特技は友達作りです! 高校では友達百人……いや、それじゃ普通なんで、友達千人作りたいと思ってます!! ぼっちで寂しい人はいつでもボクに話しかけてください! すぐに友達になってあげますよ! ウェルカム! ウェルカム!!」
パーラーの自己紹介はまさに「らしい」というやつだった。ていうか、この学校に千人も生徒はいないと思うが……
パーラーの立ち姿を初めて見て思ったのは、「ちっちゃいなぁ……」ということだった。
胸が……じゃなくて、背がね。
いや、胸も小さいけど、背もアカちゃん先生と同じぐらいの小ささで、おそらく身長は150センチ未満だった。
そんなパーラーのあともクラスメートたちの自己紹介は続いていき、マッチの番になった。
「京山真知です。趣味特技はエレキベースです。よろしくお願いします」
マッチは小さい声でそれだけ言うと、すぐに座った。
マッチの自己紹介もまた「らしい」ものだった。
アカちゃん先生は、俺の時は自己紹介が短すぎるだのなんだのと文句を言ってきたくせに、マッチには文句を言わなかった。
たしかに簡潔な自己紹介ではあったが、一応、趣味特技は言ったからか?
ていうか、マッチってベース弾けるのか。
楽器弾けるなんてすごいな、目隠れなのに……
そう言えば、朝に「国司奈菜」の名前を探した時に見つけた「京山真知」って、マッチのことだったんだなぁ……名前を見た時は、まさか京山真知の正体が片目隠れクールベーシストだったなんて、夢にも思うておらなんだ……
一瞬だけとは言えしっかり見えた立ち姿を思い出すに、マッチはパーラーよりもだいぶ背が高く、160センチぐらいは余裕でありそうだった。
何よりも特徴的なのは、その長い黒髪。
背中どころか、お尻の辺りにまで届かんばかりの長さだった。
マッチはパーラーと違って人見知りっぽそうだから、あまり美容院に行かないのだろうか?
なんて、余計なお世話か……
胸の大きさは普通。特に大きくもぺったんこでもなかった。
……いや、男だからどうしても見てしまうの、ごめんて……
1年A組の生徒は男子20人、女子18人の全部で38人だが、チャラ男(姉小路)、パーラー、マッチ以外の生徒の自己紹介は特に印象に残らなかった。
みんないい人そうだから、こんなことを書くのも大変申し訳ないが、俺にとっては残りの生徒たちはみんなモブ美にモブ子、モブ男にモブ三だった。
と、思っていたら……
「じゃあ、最後はお前だな、ハーフツインの近藤」
アカちゃん先生にそう言われて、立ち上がったのは、朝に見たクラス発表の紙で、マッチの次に名前が書かれていた近藤萌子さんだった。
「はっじめましてー! 近藤萌子だぴょん!! モエピって呼んでね! 今は普通の高校生だけど、本気でアイドル目指してます!! 私、子供の頃から本当にアイドルが大好きだったんです!! だから見てください! 私の踊りを!! 聞いてください! 私の歌を!!」
近藤さんはそう言うと、俺でも知っているような超有名アイドルの代表曲を、全力で歌い、踊り出した!
さ、最後の最後に一番ヤベー奴がいたああああああああああああああああああああああ!!
近藤さんの突然のダンスを見たクラスメートの反応は様々で、苦笑いしている人もいれば、ノリノリで手拍子してあげている優しい人もいた。
俺はと言えば、おなじみの容姿チェックに余念がなかった。
アイドルを目指しているというだけあって、もちろん顔はかわいく、体はとても細く、胸もほとんどなかった。
腕も足も細く、髪はアイドルらしくハーフツインだった。その先端は両肩につくかつかないかぐらいの長さだった。
それにしても、いくらアイドルが好きだと言っても、自己紹介でいきなり歌って踊り出すとは悪目立ちが過ぎるのではないか?
なぜか、アカちゃん先生は静観しているが……っていうか、自己紹介の時に文句言われたの俺だけなんだけど、なんで?
なんにせよ、「国司奈菜」の名前を探しているときに見つけた、「近藤萌子」さんがこんなにヤバい人だとは思わなんだ……
絶対関わり合いにならないようにしよう……
「ハァ……ハァ……」
全力の歌と踊りを終えた近藤さんは、息も絶え絶えになっていた。
「気は済んだか? 近藤?」
当然のように生徒を呼び捨てにするアカちゃん先生が、息を切らした近藤さんに声をかける。
「いえ! まだまだ! もう1曲聞いてください!!」
えええええええええええええええええええ!?
い、1曲だけでは飽き足らず、2曲目に突入しようとしているだと?
「私、本気なんです!! 聞いてください!!」
「やめいっ!!」
2曲目を歌い踊ろうとし始めた近藤さんを、さすがにアカちゃん先生が一喝して止めた。
「でも先生、私、本気でアイドル目指してて……」
「うるせー! アイドル目指すのは別にいいけど、今は自己紹介の時間であって、お前のオンステージの時間じゃねえんだよ!! そりゃあ中には聞きたい奴もいるかもしらんが、みんながみんな、お前の歌を聞きたい、踊りを見たいわけじゃないんだよ!! むしろ見たくない奴もいるかもな。アイドル目指してるんだったら、人を不快にさせるようなことはしない方がいいんじゃないのか!? ああん!?」
今までヤバいことしか言ってこなかったアカちゃん先生が、初めてまともなことを言ったような気がした。
「そうですか……わかりました。今日のところは1曲だけにします。でも先生! 私、本気なんです!! 遊びでやってるんじゃなくて、本気でアイドルを!!」
近藤さんの声はとても大きかった。
「うるせーな!! そういうのは私じゃなくて、オーディションの審査員に言え! そして、今のうちに言っておくが、明日の出欠確認の時、絶対歌ったり踊ったりさせないからな!!」
「そ! そんな!!」
アカちゃん先生の言葉を聞いた近藤さんはわかりやすく落胆し、椅子に座り込んでしまった。
しかし、すぐに立ち上がり、絶叫した。
「とにかく、クラスメートの皆さん! 私、本当にアイドルになるんで! 今のうちから応援して、青田買い?……してください! みんなのアイドル、モエピ! 頑張ります!!」
その宣言を聞いたクラスメートの何人かが拍手したので、俺も拍手をせざるを得なかった。
「気は済んだか? モエピ」
いつの間にやら、アカちゃん先生も近藤さんのことを「モエピ」と呼んでいた。
では、俺も「近藤さん」ではなく、「モエピ」と表記することにいたすか。
「はい! もう大丈夫です!! ご迷惑おかけしてすいませんでした、先生。『いつでも全力! 手を抜かない』ってのが、モエピのモットーなんで!!」
「なるほどな……だからそんなに声がでかいのか。でもな、学校ではもっと小さい声で話してくれよ、他のクラスに迷惑だからなぁ……叫んだのはお前でも怒られるのは私なんだよ……」
そう言ったアカちゃん先生の顔には、漫画のような怒筋が浮かんでいた。
まさか、この先生、本当に怒った時は口調が丁寧になるタイプか?
頼むよ、近藤さん……じゃない、モエピ。
俺は初日から先生がブチギレるところなんか見たくないよ……
ヘルプ!!
そんな俺の願いが通じたのか否か、モエピは小声で「あ、本当にすいませんでした」などと言って、素直に着席した。
まったく空気の読めない娘かと思ったけど、さすがに他人が怒ってるかどうかはわかるらしい。
「いやぁ、このクラス、先生も含め個性派ぞろいで、まったく退屈しなさそうですね、池川くん」
モエピの自己紹介を聞き終えたパーラーが、小声で俺に話しかけてきた。
「まったくだな」
俺はパーラーの言葉に同意しながら、この1年が無事に終わるように祈らずにはいられないのだった。
「いやぁ、私も担任を受け持つのはこれで4クラス目だが、お前らが一番ヤバそうだな。教育のし甲斐がありそうだぜ、ヘッヘッヘ……」
ほら、アカちゃん先生もこのようにおっしゃって、まるで悪役のような笑みを浮かべておられる。
やっぱり、このクラス……ヤバいんだよ……
「ベラベラと自分語りが止まらない奴もいれば、全然自己紹介しない奴もいるしなぁ……ハッハッハ……」
えっ?
俺ってヤバい奴の一人に数えられてるの?
嘘でしょ……
自己紹介でしゃべることが何もない、まったくもって無個性な男なのに……
次回、第九話「会ったとたんに一目ぼれ・パート1(ガールズバンドのボーカル編)」 大変お待たせして申し訳ありませんが、ついにボーカル登場ですよ、ご期待ください。