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第七十六話「男に向かって『かわいい』はないだろ」

 そんなわけで、せっかくマックに行ったのにカレンさんではなく、ウーター先輩と会ってしまった日の翌日、俺はいつものように自転車で、コ○ダ珈琲店に向かっていた。


 名古屋の有名な喫茶店のチェーン店が、なぜか防府市(ほうふし)にあるのである。


 できた時には驚いた、なぜ防府なのに名古屋なんだと……


 とは申せ、コーヒーの味を好まない俺は、一度も入店したことはなかった。


 だから勝手がわからないので、店の前でカレンさんと待ち合わせて、一緒に入店してもらうことにしていた。


 俺が到着した時にはすでにカレンさんが店の前に立って待っていた。


「あ、カレンさん、すいません、病み上がりなのにお待たせしてしまって……」


「あ、サトシくん。大丈夫だよ、うちも今来たところだから」


 カレンさんは俺のことを笑顔で迎えてくれた。


 初めて会った時はもちろん、マックの制服を着ていたカレンさんだが、今日は病み上がりだというのに肩を出した、オフショルワンピを着ていた。


 髪はギャルらしく巻き髪で、当たり前だけど、今日も肌は浅黒い、でも、かわいい……


「今日はもう、体調大丈夫なんですか?」


「うん、今日は元気だよ。でも、サトシくんは優しいね」


「え?」


「その若さで、会ってすぐに体調を気づかってくれる人なんて、そうそういないよ。嬉しいな」


「え? そうですか? 別に普通だと思うんですけど……」


「その『普通』ができない人が世の中にはいっぱいいるんだよ……って、こんなところで立ち話してないで、早く入ろうか」


「そうですね。入りましょう」


 俺とカレンさんはコ○ダ珈琲店に入り、向かい合って座れる、2人用の席に案内された。


 俺がまずしたのは自分の席の周囲をキョロキョロ見回して確認することだったが、幸い、サアヤさんも、パーラーも、マッチも、とにかく自分の見知った人は誰もいなくてホッとした。


 しかし、今までの経験から言って、まだまだ油断はできぬ。


 カレンさんと楽しくお話ししている時に、いきなりウィメンズ・ティー・パーティーの誰かが入ってくるという可能性はゼロではないから警戒せねば……


「どうかした? サトシくん?」


「い……いえ、なんでもないですよ」


 まさか、カレンさんにサアヤさんやウィメンズ・ティー・パーティーの話をするわけにはいかない。


「そう……サトシくん。今日はうちがおごってあげるから、なんでも好きなもの頼んでいいよ」


「え? そんな……悪いですよ」


 相手がクレナお嬢のような大金持ちなら迷うことなくおごってもらうが、フリーターのカレンさんにおごってもらうのは悪いと思って、ちゃんとお金を持ってきていた。


「いいから、いいから。バイトとは言え、うちは働いてるんだよ。高校生と割り勘するわけにはいかないって……」


「でも……」


「サトシくん、うちに恥をかかせないでよ」


 カレンさんは肌と同じように黒い瞳で、俺のことをまっすぐに見つめてきた。


 ギャルだけど、カラコンとかは入れていないみたいだった。


「じゃ……じゃあ、お言葉に甘えて……」


「それでよろしい」


 俺はカレンさんに見つめられて、急速に胸が高鳴るのを感じ、それが恥ずかしくて、カレンさんの瞳からメニューの方に目線を移した。


 さて、何を頼むべきか?


 いくら喫茶店と言えども、個人的にはコーラかメロンソーダを頼みたい……でもそんなものを頼んだら、カレンさんに「子供っぽい」とバカにされるかもしれない……やはりここはアイスコーヒーを頼んで、ブラックで飲むとかそういうことをやるべきなのか……しかし、それで飲み切れなかったら、おごってもらうカレンさんに申し訳ないし、何よりイキって失敗するとか、超恥ずかしいやつじゃん……


「サトシくん、何頼むか決まった?」


「いえ……まだ……」


 まずい……あまり待たせすぎると、カレンさんをガッカリさせて、機嫌を損ねてしまうかもしれない……しかし、こういう肝心な時に限って、俺のいつもの優柔不断が顔を出してしまって……うーん……うーん……


 俺はいつものように、頭を高速フル回転させていたが、ここで何を頼むのがベストなのかの結論は、容易に出すことはできなかった。


「サトシくん、何頼むか、迷ってる?」


「は……はい……こういうお店に来るの初めてなんで……よくわからなくて……」


 そんな俺にカレンさんが助け船を出してくれたので、俺はもう、かっこつけずにカレンさんに甘えることにした。


「そうなんだ。まあ、普通、高校生は喫茶店には来ないよねー。このシロノワールっての、甘くておいしくてオススメだよ。二人でシェアして、一緒に食べようよ」


「え? いいんですか」


「うん、女子が一人で食べられるような量じゃないからね」


「じゃあそれでお願いします」


「うん。じゃあ、ドリンクは何にする?」


「コ……コーラを……」


「コーラね、オッケー。じゃあ頼むね」


「お……お願いします……」


 結局、コーヒーではなくコーラを頼んでしまい、注文もカレンさんにお任せしてしまうという、いつもの軟弱な俺だった。


「サトシくん、ひょっとしてコーヒー苦手だった?」


 注文を終えたカレンさんが俺に話しかけてきた。


「いや、苦手っていうか、飲めないことはないんですけど、コーヒーよりコーラの方が好きで……」


「ふーん……サトシくんって、かわいいね」


「え? かわいい?」


「うん、すっごくかわいい」


「男に向かって『かわいい』はないだろ」などとカ○ーユみたいなことを思ったけれど、そんなことを口に出せるほど、カレンさんとの心の距離は縮まっていなかった。


 現に、カレンさんと向かい合って座る俺は、完全に緊張していて、いつもと比べると、はっきり言って「猫を被っているな」と自分でも思った。


「ところでさー……サトシくんって童貞なんだよね?」


「え?」


 頼んだ品が来るまでの間も、カレンさんは俺に話しかけてきてくれたが、その話の初手が「童貞」では動揺せざるを得なかった。


 そう言えば、初めてカレンさんとラインで会話した時に、深夜のノリでつい「童貞」だと打ち明けてしまったんだっけ?


 たしか、おっぱいのカップ数を尋ね、「Eカップ」という返答を得たような……


 今さらながら、自分の罪深さに気づき、俺は深夜のノリを激しく呪った。


「童貞ってことは彼女とかいないの? イケメンなのに」


「残念ながらいませんね」


「ホントに?」


 俺に疑いの視線をぶつけてくるカレンさんも、とてもかわいいものだから困ってしまった。


「本当ですよ。こんなことで嘘ついてもしょうがないじゃないですか……」


「ところが世の中には、彼女とか奥さんがいるのに『いない』と言い張る男がいっぱいいてさー」


「お……俺はそんな不誠実な男じゃありませんよ」


「うん、それはそう思うよ。だって、生まれて初めてなんだもん。会ったその日にカップ数聞かれたの」


「うぐ……そ……その節は申し訳ありませんでした?」


「ん? どうして?」


「いくら深夜のノリとは言え、女性に対して失礼なことを聞いてしまいまして……」


「え? うち、全然気にしてないよ。だってカップ数なんか教えても何も減らないし、何より……」


「何より?」


「うちがサトシくんのことを気に入ったから教えてあげたんだよ。他の男だったら教えてないよ」


「そ……そうですか……」


 なぜだろう?


 もちろん店内はエアコンが利いていて涼しいのに、カレンさんと会話をしていると、なんだか体が火照ってきてしまった。


 顔が赤く、熱くなっているのを自分でも感じる。


 コーラがあれば、飲んで体の火照りを沈めることができるのに、まだ来ていない。


 とりあえず、水でも飲んで落ち着くしかないのか……

次回ももちろん、カレンさんとお話する回ですよ、お楽しみに。

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