第七十一話「時速150キロメートル」
昨日は別に寝不足でも体調不良でもなかったけど、年末ゆえにいろいろ立て込んでて、他にやらなければいけないことがあったので、更新できませんでした、申し訳ない。
でも「よほどひどい状況にでもならない限り、二日以上連続で休まない」がこの作品のモットーなので(笑)、今日はちゃんと更新しますよ。
夏休みに入ってすぐカレンさんと出会って、胸を高鳴らせていた俺だが、もう一つ、胸が高鳴るというか、驚かざるを得ないことが起こってしまった。
それが何かと申せば、我が防府ヤマダ学園が、夏の甲子園の山口県大会で、準決勝に進出してしまったのである。
どうせ、口先だけのチャラ男だろうと思っていた姉小路ミツグが、まさかの「本物」だったのである。
超進学校である防府ヤマダ学園の野球部は創設以来、山口県大会では必ず1回戦負けしていたらしいが、姉小路一人の力で、まさかのベスト4進出を達成してしまった。
部員が12人しかいない野球部の快挙に、1年生ながら「エースで4番」の姉小路のことが、新聞で大きく取り上げられていた。
その記事を読むに、姉小路は1年生でありながら、ストレートは最速150キロで、それなのに100キロ前後のカーブも投げることができ、約50キロもの緩急差で、山口県の高校生たちをきりきり舞いさせていた。
さらに135キロ前後の高速スライダーを投げることもでき、この3つの球種だけで三振の山を築いて、準々決勝終了時点で、防御率は驚異の0.00。
失点はすべて味方のエラー絡みで、自責点はゼロだった。
もちろん、いくら姉小路がすごくても、野手は平凡な選手たちなので、ここまでのスコアは1対0や2対1などのロースコアばかりだった。
その1点や2点の打点はほぼすべて、4番に座る姉小路が記録したものであり、まさに事前の宣言通り「自分一人の力で甲子園に行」こうとしていた。
これだけの投手なのだから、すでにプロ野球チームのスカウトにマークされているらしい、隣県にあるカーズとホープスはもちろんのこと、ガイアンツやタイタンズのような人気球団のスカウトにもマークされているとか……
ベスト8までは「どうせすぐ負けんだろ」と思っていて、新聞で結果を見るだけだったが、さすがにベスト4まで行かれると、テレビ中継でリアルタイム観戦せずにはいられなかった。
「私、野球のルールって全然わかんないだよねぇ……ていうか、準決勝まで行ったのってすごいことなの?」
「すごいことに決まってんだろ! ヤマダ学園創設以来、初めての快挙なんだよ!」
「ふーん……」
家で野球をテレビ観戦する上での最大の障壁は暑さだったが、お客様を家に呼べば、日中にエアコンをつけても親父に文句は言われないので、俺は手っ取り早くナナを呼んで、涼みながら野球を見ることにした。
ナナには「福原さんを呼んでもいいんだぜ」と言っていたが、福原さんは他に用事があるらしくて来なかった。
「それで、この投げてる人がサトシのクラスメートなの? これ、なんて読むの? 『あねこじ』?」
「『あねがこうじ』だよ」
「へぇー、変な名字」
「本人いわく、公家の姉小路家の子孫らしいぜ」
「公家って貴族ってこと? この人、そんなすごい家の末裔なの?」
「でも、自分でそう言ってるだけだから、本当のところはどうかわかったもんじゃないよ……ところで、すごいと言えば、鯛なまこ先生もすごいじゃないかよ。もうツイッターのフォロワー、5万人になってるんだもん」
「私が一番驚いてるわよ。5月に始めたばっかりなのに、そんなにフォロワーが増えちゃって……もう怖くて、イラスト以外は何もつぶやけないわ」
「人気者になるってのも大変なんだな……」
「まあ、イラスト以外の画像は一切あげてないから、特定とかはされないと思うけど……」
ナナと雑談をしているうちに、試合が始まった。
俺とナナ、今日はテーブルの前に隣同士に並んで座って、居間のテレビを眺めていた。
ヤマダ学園の相手は、山口県大会で毎年のように上位に来ている宇部市の私立高校だった。
ヤマダ学園は後攻だったので、まず姉小路がマウンドに上がった。
右投げの姉小路は、初球から149キロのストレートを放ち、2球目は99キロのカーブ、3球目は130キロのスライダーであっさり空振り三振を奪った。
2番打者と3番打者も、プロ注目の姉小路の豪球の前に、バットにボールを当てることすらできず、あっさり空振り三振に倒れた。
「初回から三者三振かよ、エグいなぁ……」
「ねぇ? 三振って何?」
「そ……そんな初歩的なことも知らないのかよ……ストライクを3つ取るとアウトになるの。スリーアウト取ると、攻撃権が移るの」
「攻撃権? 何それ?」
「だから野球には攻守交代という概念があって……」
「攻守交代? もっとわかりやすい言葉で言ってよ」
「お前、本当に野球に興味ないんだな……」
「あるわけないでしょ。野球選手がみんなかわいい女の子だったら興味持ったかもしれないけどね……」
「ナナ……お前ってやつは……」
やっぱりナナって、子供の頃から「ガチ」だったのか……まったく気づかなかったな……
閑話休題、1回裏のヤマダ学園の攻撃と、2回表の宇部の高校の攻撃は三者凡退に終わったが、2回裏の先頭打者である姉小路がレフトスタンドにソロホームランを叩き込み、ヤマダ学園は1点を先制した。
「うーん、この1点があれば、姉小路には充分なのかもしれないなぁ……」
「1点? 点が入ったの今? なんで?」
「ホームランも知らないとか、マジかよ、ナナ……」
「ホームランって名前は聞いたことあるけど……でもひどくない? 死んだ人を葬らんって……」
「……それはわざとボケてるんだろう?」
「ん?」
その後も、野球の知識皆無のナナにあれこれ教えてあげながらテレビを見ていたが、ナナはなんにも理解してはくれなかった。
そもそも「投げてる人」のことを「バッター」 「打ってる人」のことを「ピッチャー」と言っている時点でどうしようもなかった。
俺はナナの相手もそこそこに、テレビを夢中になって見ていたが、姉小路はエラーで出塁こそ許したものの、ヒットは1本も打たれぬまま、9回表を迎えていた。
「準決勝でノーヒットノーランとかマジかよ……」
「え? 何? ノーブラノーパン?」
「いや、お前、絶対わざと言ってんだろ!!」
ボケ倒すナナのことはさておき、絶対にただのチャラ男だと思い込んでいた姉小路は、ここまで16もの三振を奪っていた。
たしか、エラーで出塁したのが2人だから、ここまでの打者、延べ26人のうち16人を三振に仕留めているというのだから、恐ろしや……そんな記録はないが、スマホで計算してみるに、三振率は6割1分5厘だった、恐ろしや……
そんな恐ろしい姉小路の前に、9回表の先頭打者はあえなく空振り三振、二人目の打者も、9回というのに最速の150キロが出たストレートに手も足も出ず、見逃し三振に終わった。
「ああ……こりゃあ本当にノーヒットノーランやっちゃうわ……」
「だから、そのノーブラノーパンってのはなんなのよ?」
「……」
「ねえ?」
俺はもうツッコむのもめんどくさくなって、ナナを無視して、テレビに見入っていた。
9回表の3人目の打者は、姉小路の豪球をかろうじてバットに当てたが、その打球は小フライとなり、ファールゾーンの上空を漂っていた。
もちろんキャッチャーが落ちてくるボールをキャッチし、いわゆる「補邪飛」でゲームセット、ここに姉小路のノーヒットノーランが完成したのだった。
球数は100球にも満たない、わずか92球で、決勝への余力を充分に残した、まさに完璧な勝利だった。
ちなみにスコアは1対0。
「ほ……本当にやりやがった……」
「え? ノーブラノーパンを?」
「うるせーよ! 今、姉小路がノーパンだったら引くわ!! ていうか、ノーパンでピッチングなんかしたら多分、アソコがめちゃくちゃ痛いわ!!」
「やだ……真っ昼間から下ネタとかやめてよ……」
「いや、お前が先に言い出したんじゃろうがい!!」
ただのバカな自惚れ屋さんだと思っていた姉小路のすごさを見せつけられて、俺は感激していたのに、同じボケを執拗に繰り返すナナのせいで、なんだか興ざめしてしまった。
インタビューに応じていた野球部の監督は、俺の知らない先生だったが、まさか決勝に進出するなんて夢にも思っていなかったのであろう、その受け答えは実にぎこちなく、しどろもどろで、見ていて可哀想な気分になった。
そんな風に試合終了後もテレビを見続けていると、スマホに着信があった。
普段、電話なんてほとんどかかってくることはないからビックリしたが、画面に表示されたのがクレナお嬢の番号だったので、特に何もためらうことはなく、電話に出た。
「もしもし」
「もしもし、サトシ様。野球がお好きなサトシ様なら当然、ご覧になっていらしたでしょう。我がヤマダ学園が決勝に進出しましたのよ」
「うん、もちろん見てたよ」
「それもノーヒットノーランでですわ。あの姉小路ってピッチャー、すごいんですのね。いったいどこのクラスなのでしょう? サトシ様はご存知ですか?」
「いや、姉小路は俺たちと同じクラスだけど……」
「またまた、お戯れを……そんな見えすいた嘘にはダマされませんわよ、サトシ様。あんな、野球漫画だったら主人公になること間違いなしのすごいピッチャーが、学校ではモブみたいな扱いをされているだなんて、そんなことあるわけないじゃありませんか」
「いや、あるどころか、あんたが俺の前に座りたいからって、むりやりどかした男こそが姉小路だよ」とは思ったけど、めんどくさいので黙っておいた。
「そんなことよりサトシ様。ヤマダ学園の野球部が決勝に進出するだなんて、一生に一度の出来事かもしれません。明日は球場に応援に行きましょう」
「え? 球場って、たしか山口市にあるんだっけ?」
「ええ、お隣なのですから、すぐ着きますし、ご安心くださいませ、今回もわたくしの車で送迎して差し上げますから、お金の心配はいりませんわよ」
「そうなんだ……じゃあ、行こうかな」
「ええ? 球場に行くの? いいなー、私も行きたいなー」
俺がクレナお嬢と通話していると、ナナが割り込んできた。
「あ……お嬢、ちょっとごめんね。ちょっと待っててくれるかな……」
「え? はい……」
俺はお嬢との通話をいったん打ち切って、ナナに発言の真意を問うた。
「ナナも球場に行きたいの? 野球、興味ないくせに?」
「興味はないけど、夏休みって退屈なんだもん。どこでもいいから出かけられるなら出かけたいよ」
「わかった……じゃあ、頼んでみるよ」
「え? 頼むって……」
俺は、あんまり待たせるのも悪いと思って、すぐにクレナお嬢との通話に戻った。
「ああ、待たせてごめんね、お嬢」
「いえ、別に構いませんけれども……」
「それで明日の野球観戦なんだけど、俺の友達が一人、一緒に見に行きたいって言ってるんだけど、その子も連れてっていいかな?」
「サトシ、どうせならセイラちゃんも連れっててあげたいんだけど……」
「ああ、ごめん、お嬢。さらにもう一人行きたいって言ってるんだけど、いいかな?」
「さらにもう一人? サトシ様も入れて3人ってことですか?」
「うん、ダメかな?」
「ダメなんてことはございません、サトシ様のお友達はわたくしにとってもお友達ですし、よろしいですわ、全員一緒に見に行きましょう」
「うん、ありがとう。それじゃあ……」
「はい、それでは明日の朝、7人乗れる車で、お迎えにあがりますので、準備しておいてくださいましね」
「そっか……今の決勝って午前中にやるんだね、うん、わかった、友達にも言っとくよ、それじゃあ……」
「ねえ、決勝ってどこでやるの?」
クレナお嬢との通話を終えた俺に、ナナが質問してきた。
「山口市に西京スタジアムってのがあって、そこでやるんだよ」
「そこまでどうやって行くの? 電車? バス?」
「友達が車に乗せてくれるから、それで行くんだよ。だから交通費はかからない」
「ふーん……で、明日の試合は午前中に始まるの?」
「まあ、暑いからね」
「でも今日の試合は午後だったじゃない」
「そりゃあ今日は第二試合だったから午後にやったんだよ。明日は決勝しか試合がないから、午前中にやるんだよ」
「ふーん、じゃあ明日は早起きしないといけないのね」
「うん。最低でも8時ぐらいには起きてないとダメだと思うよ」
「うん、わかった。それじゃあ試合も終わったし、私はもう帰るわね。また明日、サトシ」
「うん」
こうして俺は、クレナお嬢やナナと一緒に、山口県大会の決勝に進出した姉小路を応援するために、西京スタジアムへ行くことになった。
そんなわけで、次回は山口県大会の決勝を現地で生観戦、サブタイトルは未定だけど、お楽しみに。




