第七十話「黒い天使」
福原さんのおかげか、期末テストの理系科目の点数は軒並み、中間テストの時よりも上がり、無事に赤点と補習を回避することができた……とは言っても、成績は依然として中位で、クレナお嬢どころか、パーラーやマッチにもボロ負けしたのだが……
その福原さんと誕生日プレゼントを買いに行った時に鉢合わせて以降、サアヤさんとはぎくしゃくしっぱなしで、そもそも会って話してさえもいなかった。
広島まで追いかけてこられた時は、「そこまで俺のことが好きなのか」ぐらいに思って、いとおしさすら感じたものだけど、福原さんと一緒にいる時に出くわした時は、「なんで付き合うどころか、告白すらしていないくせに、カノジョヅラするんだろう」と思ってしまって、そうなるともう、サアヤさんとは距離を置きたいと思うようになってしまっていた。
パーラーやマッチとは嫌でも毎日会うが、サアヤさんとは会っていないので、たしか「おっぱいフレンド」に勧誘された日にしたはずの「作詞家として軽音部に入部する」という話もうやむやになり、結局、俺は帰宅部のまま、夏休みを迎えた。
帰宅部だと宿題以外、何もすることがなくて退屈だった。
宿題は涼しい午前のうちにコツコツやるとして、午後はどこかに外出しないと、暑すぎて、とてもじゃないけどやっていられなかった。
うちはクレナお嬢の家みたいに大金持ちのわけはなく、俺の部屋にはもちろんエアコンなどなかった。
居間にはあるけど、そのエアコンを日中ずっと稼働させていると、電気代がかさむと、親父に文句を言われてしまうので、涼むためには図書館なり、本屋なり、スーパーなりに行くしかなかった。
いつもならチカさんが作ってくれたお昼ご飯を食べてから出かけるけれど、今日のチカさんは用事があるらしくて、池川家には来られず、俺は親父に「昼はこれでなんでも好きなもの食べてこいよ」と、朝に1000円札を1枚渡されていた。
その1000円で何を食べるか迷ったけれども、ハンバーガー食べたいなと思って、暑い中、自転車漕いで、マックへと向かった。
「いらっしゃいませー、店内でお召し上がりですかー?」
俺がハンバーガーを注文するために、レジに行くと、そこにいた店員は、いわゆる「黒ギャル」だった。
マックでバイトしているぐらいだから、華美な装飾はしていないし、髪色も大人しめの茶色だが、肌の色は黒かった。
内心、初めて見る黒ギャルにビビッていたが、まさかここまで来て、「やっぱ買わないです、さようなら」なんて言えるわけもないので、ビビりを隠しながら、ハンバーガーを注文して、その黒ギャルに1000円札を渡して、ハンバーガーを受け取った。
いくら夏休みと言えど、平日の昼間なので客は少なく、また、知り合いと遭遇することもなく、あっさりビッグマックとポテトとコーラのLサイズを完食した。
そして、さっさとゴミを捨てて帰ろうとした時、トレーの上に、何やらメモ紙のようなものが置かれていることに気づいた。
そこには「あなた、めちゃくちゃイケメンですね。防府にこんなイケメンがいるんだって、ビックリしました。もしよかったら、連絡してください」という文章と、ラインIDが書いてあった。
俺は一瞬、「なんだこれは?」と思ったが、すぐに理解した、「こ……これがうわさの逆ナンなのか」と……
あの「自称・天神さま」に無断でイケメン化されてから間もなく4ヶ月、なるほど、イケメンというのは黒ギャルに逆ナンされる生き物なのか、それは知らなかった。
さて、どうしたものか……別にゴミと一緒に捨ててもいいんだけど……
その時、くだんの黒ギャルが、客がいなくて暇なのか、空いているテーブルをふきんで拭いているのが見えた。
レジではビビッていて、よく見なかった黒ギャルの顔を改めて見てみると、なかなかにかわいい顔だと思った。
童顔でも老け顔でもない、絶妙に美しい顔だった。
そして俺のことだから当然、横乳も見てしまうわけだが、ナナやサアヤさんほどではないにせよ、いわゆる「巨乳」の部類に入る方だと思った。
そんな風にまじまじと黒ギャルを観察していると、突然、黒ギャルが俺の方を見て、ニコリと微笑んだ。
俺はその微笑みを見て、ドキリとした。
そしてなんだか急に恥ずかしくなって、ラインIDの書かれた紙をズボンのポケットに入れてから、ゴミを捨てて、速やかにお店の外に出た。
「ありがとうございましたー!」
黒ギャルの挨拶を背中に聞きながら……
ハンバーガーを食べたあとは近くのスーパーの2階にある休憩所のようなスペースに置いてあるソファーに腰かけて、家から持ってきた漫画雑誌や文庫本などを読んで、暇を潰した。
そのスペースの周辺を行き交う人はとても少なく、長時間ソファーに座っていても咎められないどころか、奇異の目で見られることさえもなかった。
いわゆる「穴場スポット」ってやつだった。
さすがに夕方になって、そろそろ帰ろうと思った時、ポケットの中に入っていたメモ紙のことを思い出した。
いつもだったら、こんなもの無視して、すぐに捨てたのかもしれないが、今は夏休み。
いわゆる「一夏の恋」というものに挑んでみるのも、人生経験なのではないかと思ってしまった。
帰宅部であるがゆえに退屈を持て余していたというのもあるのかもしれない。
もし、気に食わない女だったら、ブロックすればいいだけだし、暇潰し、退屈しのぎのような軽い気持ちで、俺はそのIDにラインを送信してみた。
「こんにちは。さっき、ハンバーガー食べた者です。俺もあなたのことが気になったので、思い切って連絡してみました」
しかし、返事が来ないどころか、既読にすらならず、「世の中、そんなに甘くないか……」と思ったが、「いやいや、今はまだバイト中で、スマホを見られないだけかも」とも思い、とりあえず家に帰って、返事を待つことにした。
帰宅してから夕食までのわずかな時間にも返事は来ず、夕食後にスマホを見ても音沙汰はなかった。
その後もこまめにスマホを見続けたが返事はなく、気がついたらいつも寝ている時間になっていた。
ベッドの中に入り、「これが最後、今見て、返事がなかったら、諦めて寝よう」と思って、スマホを見たら、待望の返事が来ていた。
「返信、遅くなってしまってごめんなさい。まさか、返信来ると思ってなかったんで、ビックリしてしちゃって、なんて返せばいいのか迷っているうちに、こんな遅くになっちゃった」
別になんてことない普通の返信だが、なぜか俺の胸は高鳴り、眠気は一瞬にしてふっ飛んでしまった。
こうなればもう、寝ている場合ではなかった。
「返信ありがとうございます。俺としても、逆ナンとかされたの、人生で初めてなんで、どぎまぎしながら、ラインを送りました」
「えー、別に逆ナンしたつもりはないんだけど……やっぱり逆ナンになるのかな?」
「どうなんでしょう? まあ、そんなことはどうでもいいじゃないですか。せっかく連絡取れたんですから、まずは自己紹介しましょう。俺は池川サトシって言います。高校一年生で、今は夏休みなので、退屈を持て余しています」
まだ、どんな人なのかもわからぬ黒ギャルにいきなり本名を名乗るのも不用心かとも思ったが、なんとなく、俺の心が「この黒ギャルは信じてもいい黒ギャル」と言っていたので、俺はその勘を信じることにした。
「ふーん、高校生なんだねー。まあ防府に大学はないから当然か。私は三好カレン。年齢ははたち。いわゆるフリーター」
「カレンさんですか。俺より4歳年上なんですね。よろしくお願いします」
その「三好カレン」というのが本名なのか、それとも偽名なのかはわからなかったが、とりあえずそれには触れず、ラインでの会話を続けることにした。
「よろしくね、サトシくん。でも、なんかごめんね」
「え? 何がですか?」
「高校生からしてみれば、はたちなんておばさんでしょ? 嫌じゃなかった? おばさんにいきなり連絡先渡されて」
「そんなことありませんよ。はたちはおばさんなんかじゃありませんし、カレンさんみたいにかわいい人に連絡先を渡されて喜ばない男なんていませんよ?」
「え? かわいい? 私が? 黒ギャルなのに?」
「肌の色なんか関係ありませんよ。カレンさんはかわいいです」
それはお世辞でもなんでもなく、本心だった。
口だと恥ずかしくて言えなかったかもしれないが、ラインだし、いわゆる「深夜のノリ」ってのもあったので、勢いで送信してしまっていた。
「またまた、お上手だなー……ひょっとしてサトシくんって、遊び慣れてる子?」
「そんなことありません。俺は童貞です」
こんなことをバカ正直に送信してしまったのも、「深夜のノリ」なのか、はたまた年上のお姉さんと知り合いになれて、ハイテンションになっていたのか?
「アハハハハ。今日、初めて会った女にいきなり『童貞』とか言う?」
送信してから、「童貞とラインなんかできないよ、さよなら」とか「いきなり下ネタとかあり得ない、さよなら」とか送られてきたらどうしようとか焦ったが、カレンさんは笑い飛ばして、会話を続けてくれた。
「事実なんで、隠してもしょうがないかなと思いまして……」
「アハハ。サトシくんって変わった子だね。よく言われるでしょう?」
「そうですかね?」
「そうだよ。普通、童貞であることは隠すもんでしょ」
「童貞なのに遊び人だと思われる方が俺は嫌なんですよ」
「そうなんだ。ところでさー、うち、またサトシくんに会ってみたいんだけど、またお店に来てくれる?」
「あ、そうしたいのはやまやまなんですけど、今日はたまたま家の人がいなくて外食しただけで、普段は家でお昼ご飯食べてるんですよね」
「そうなんだ。じゃあ、うちのバイトが休みの時に会ってくれない? 今は夏休みだから会えるっしょ?」
「そうですね。事前に連絡してくれれば会えると思いますよ」
もう、アポなしで押しかけられたり、街中で偶然遭遇したりするのは心底、嫌だったので、ちゃんと釘を刺しておいた。
「うん、じゃあまた今度、会えそうな時に連絡するね。あー、でも嬉しいなー」
「何がですか?」
「防府にサトシくんみたいなイケメンがいてくれて、知り合いになれたことがだよ」
「そ、そんな……俺、別にイケメンじゃないですよ……」
「またまたご謙遜……それじゃあ、あんまり遅くまでラインするのも悪いから、今日はこれでおしまいにしよっか」
「あ、じゃあ最後に一つだけ質問していいですか?」
「ん? 何?」
「カレンさんって、巨乳に見えたんですけど、何カップなんですか?」
部屋の暑さと、黒ギャルと楽しくラインができたという興奮からか、俺は完全に調子に乗っていた。
「アハハハハ。今日、初めて会った女子にカップ数質問してくるとかウケる……サトシくん、やっぱり遊び慣れてるんじゃないのー? 童貞とか絶対嘘でしょ」
「そんな嘘ついても、しょうがないじゃないですか。本当に童貞ですよ」
やっぱりこれが普通の女性のリアクションか……聞いてもいないのに、いきなり「私はFカップだよ」とかぬかす、サアヤさんの方が異常なんだよな……
「いいよ、気に入った。そこまで欲望に正直なサトシくんには特別に教えてあげる。うちはEカップだよ」
あ、普通に教えてくれた……調子に乗ってみるもんだな……Eカップか……ネットで見たことのある言葉で言えば「ちょうどEカップ」ってやつ……
「おーい、サトシくん、どうしたー? 興奮して、なんか変なことしちゃってるのー?」
い、いけないいけない……ちゃんと返信しないと……
「べ、別に何もしてませんよ……でも、ありがとうございます、教えてくれて。すごく嬉しいです」
「ウフフフフ。イケメンなのにスケベ……悪くないと思うよ」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「別に誉めたつもりはないんだけどな……なんにせよ、サトシくんってただイケメンなだけじゃなくて、面白い子なんだね。本当に知り合えて嬉しいよ」
「俺もカレンさんと知り合えて嬉しいです」
「それじゃあ今度こそ本当におやすみね」
「はい、おやすみなさい」
カレンさんとのライン上での会話はそこで終わったが、俺はいろいろと興奮してしまって、なかなか寝つくことができなかった。
カップ数を聞いても怒らず笑い飛ばしてくれるどころか、実際に教えてくれるだなんて、それだけで俺にはカレンさんが「天使」のように思えた。
黒ギャルが天使……「黒い天使」……
「黒いオルフェ」や「黒いガンダム」も真っ青の「黒い天使」……
そんな間抜けなことを考えていると、いつの間にか眠りについていた。
次回、さっそくカレンさんとデートしたいところだけど、その前に七月と言えば、夏の甲子園の予選があるわけで、「自分一人の力で甲子園に出て、ハーレム学園生活を送りたいんジャー」と豪語していたあの男の話をしないといけない……サブタイトルは未定だけど、お楽しみに。
お久しぶりの脚注(笑)(興味のない方は無理して読まずに、飛ばしていただいて結構です)
夏の日の恋→1959年に公開された映画に「A Summer Place (ア・サマー・プレイス)(邦題「避暑地の出来事」)」という作品があって、映画自体は賞レースとかとは無縁の、ありていに言ってしまえばB級青春映画なんだけれども、イージーリスニングの巨匠パーシー・フェイス(Percy Face)と彼のオーケストラが録音したテーマ曲「The Theme From ″A Summer Place″ (ザ・シーム・フロム・ア・サマー・プレイス)」は1960年に全米チャートで9週連続、すなわち約2ヶ月も1位を独走し続けるという特大ヒットを記録し、「1960年のアメリカで最も売れたシングル」となった。その特大ヒット曲についた素敵な邦題が「夏の日の恋」 現在に至るまで、「アメリカで最もヒットしたインストゥルメンタル曲」として、ポピュラー音楽の歴史に名を残す名曲である。
パーシー・フェイスにとってはもちろん、最大ヒット曲であり、死の直前の1976年にはこの曲を、当時流行っていたディスコ調にアレンジした「Summer Place ′76 (サマー・プレイス・セブンティーシックス)(邦題はもちろん「夏の日の恋 ′76」)」を発表。この「′76」はパーシーの遺作であり、最後のヒット曲でもある。
黒いオルフェ→1959年のフランス・ブラジル・イタリア合作映画。ギリシア神話の神をモチーフにした登場人物を、ブラジルの黒人たちが演じていることから「黒いオルフェ(原題「Orfeu Negro」)」というタイトルになった。原作はアントニオ・カルロス・ジョビンと組んで「イパネマの娘」などの名曲を作ったことでおなじみの作詞家ヴィニシウス・ヂ・モライスが書いた戯曲だが、その原作は映画化に際し、大幅に改変されてしまったらしく、モライスはこの映画のことを嫌っていたらしい(笑) 音楽を担当したのはそのモライスのパートナー、アントニオ・カルロス・ジョビンで、ジョビンの作るボサ・ノヴァが世界中に広まるきっかけを作った映画として、現代にその名を残しているのである。ジョビンはブラジルが世界に誇る、偉大なポピュラー音楽作曲家であり、リオデジャネイロの空港の名前になっている。
黒いガンダム→「機動戦士ガンダム」放送終了から5年後の1985年にようやく始まった続編「機動戦士Zガンダム」の第1話のサブタイトル。ガンダムと言えば白いものと誰しもが思っていたのに「黒いガンダム」ってんだから、リアルタイムで見た人はかなり衝撃を受けたらしいが、さすがに作者はリアルタイム世代ではないので、その衝撃を味わうことはできなかった。ゲーム等で散々ティターンズの黒いガンダムを見たあとに、後追いで原作のアニメ見てるからね(笑)




