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第六十六話「やきもち焼きと、他人のカノジョ」

「誰って、友達ですよ」


 なんて願ったところで、ワープなんかできるわけもないし、何より、常々申しておる通り、俺はここにいる女子の誰とも付き合っていないから、これは修羅場でもなんでもないのだ。


 たまたまスーパーで、同じ高校に通う女子と遭遇したに過ぎない。


 そう、やましいことなど何もないから堂々としておればよいのだ……


「またまたー、異性の友達と一緒に下着を買いに行くわけがないでしょー」


 でも、そうか……サアヤさんだけなら、いくらでも説き伏せる自信はあるけど、「(あお)(しん)」のパーラーとマッチがいるんだったな……これはちょっと骨が折れそうだぜ……


 そしてパーラーの言っていることはごもっともだと思う……こんなことになるのなら、やっぱり福原さんの誘いはきっぱり断ればよかったのかもしれない、現に俺、ブラ選びの際、特に何もしてないし……


「自分の着用するブラをカノジョに選んでもらうとか、いよいよもって本当のドヘンタイね……」


「え? カノジョ?」


 マッチの発言を聞いて、俺、サアヤさん、福原(ふくばら)さんの3人がまったく同じ言葉で驚きを表した。


「サトシくん、本当なの? この子はサトシくんのカノジョなの?」


「いや、だからカノジョじゃありませんって……」


「一緒に下着買いに来てるのにですかー?」


「ぐ……」


 ああ、俺はパーラーのこと嫌いじゃないけど、今だけは面白がってニヤニヤしているパーラーのことを力ずくで、黙らせたい気分だった。


 でも、ここでキレたら、いよいよ本当に俺と福原さんが付き合ってるってことにされてしまいそうだったので、冷静さを保たねばならなかった。


「サトシくん、嘘つくのやめようよ。ホントのこと言ってよ、私、怒らないからさ……」


 今の俺とサアヤさんは、広島の時とはまるで立場が逆だった。


 しかし、本当のことを言うとなると、ナナと福原さんが付き合っているということを、この3人に明かすことになってしまう。


 まあ、この3人はナナが同性愛者であることを知っているし、今のところ、そのことを誰にもバラしていないようなので、別に本当のことを言ってもいいのかもしれないが、本人の許可なしに、勝手にバラすというのはまずかろう。


 やはり「福原さんが、カノジョのナナにプレゼントするための下着を買いに来たのに、付き添いで来た」という部分は伏せておいた方がいいだろう。


 それ以外は本当のことを言えばよい。


「だから、さっきから本当のことを言ってるでしょうが。俺と福原さんは友達で、今日は一緒にナナの誕生日プレゼントを買いに来ただけで……」


「幼なじみの誕生日プレゼントに下着をプレゼントするの? 助兵衛(すけべえ)、あなたって人は本当に業の深い人ね……」


 あれ、おかしいな? 本当のことを言っているはずなのに、誤解が止まらないぞ……?


 ていうか、俺のナナへの誕生日プレゼントは、下着以上にエグくて、業の深い、18禁百合エロ漫画……


「サトシくん……サトシくんは前、私に『嘘つくの下手だ』って言ったけど、サトシくんも嘘つくの下手だよね……いくら、幼なじみだからって、異性の誕生日プレゼントに下着をプレゼントするわけないじゃん……そんな高校生、実在してたら、相当ヤバい奴だよ……」


「う……」


「どう思います? マッチ」


「不倫がバレた有名人ばりに苦しい言い訳ね……」


 ああ、もう早く本当のことを言って、楽になってしまいたい……でも、ナナや福原さんの許可を得ずに、第三者にバラすというのは罪だろう……


 しかし、本当のことを言わないと、この3人の誤解は解けそうにない……ああ、俺はいったい、どうすればいいんだ?


「サトシくん、私、前に言ったじゃん。もう、サトシくんには迷惑かけないって……もし、サトシくんにカノジョができたんなら、私、祝福するし、全力で応援するよ。だから、本当のことを言ってよ。サトシくんは優しさのつもりなのかもしれないけど、嘘つかれるのが、私、一番哀しいよ……」


 だから本当のことを言ったら、俺はアウティングクソ野郎になってしまうんだってば……


「なんで黙ってるの? サトシくん、何か言ってよ!」


 そう言われても、俺の頭の中は完全に混乱してしまっていて、もはや何を言っていいのかわからなかった。


「……そう、そうなんだ。やっぱりサトシくんは私のこと、ただのウザい先輩としか思ってないんだね……もう、いいよ!」


 俺が、まごまごしていると、サアヤさんが捨てゼリフを残して駆け出してしまった。


 それはそれで誤解なんだよなぁ……っていうか、俺、誤解されてばかりじゃないか……?


って、当たり前か……いつもうじうじしてばかりではっきりしないから誤解されるんだよな……よし、ここは男らしく……


「ま……待ってください!!」


 猛スピードでエスカレーターに乗り込もうとしていたサアヤさんを走って追いかけ、腕をつかんで引き止めたのは俺……ではなく、なんと福原さんだった。


 俺が引き止めようと体を動かした時には、もうそういうことになっていた。


「な……何よ? 離してよ! のろけ話でもするつもり!? サトシくんとお幸せにね! さようなら!!」


「いや、ちょっと待ってください! 私の話を聞いてくださいよ!!」


「嫌だ! のろけ話なんか聞きたくない!!」


 福原さんとサアヤさんはエスカレーターの近くで揉み合っていた。


 平日の夕方で、他のお客様がほとんどいないのが、唯一の救いだった。


「うわー、絵に描いたような修羅場ですねー」


「助兵衛、あなたのせいでこうなったんだから、あなたがなんとかしなさいよ」


「なんとかって言われても……」


 そんな二人を、俺とパーラー、マッチの3人は傍観することしかできなかった。


 なんで、俺はここで二人の間に割って入ることができないんだろう?


 やっぱり男らしくなくて、情けないな……


「あなたが誰なのか知りませんけど、勘違いです! 私、池川くんのカノジョじゃありません!」


「いいよ、そんな嘘つかなくても!」


「嘘じゃありません!」


「じゃあなんで、サトシくんと一緒に下着買いに来たの!?」


「それは……私のカノジョの誕生日プレゼントを買うのに、池川くんに付き添いで来てもらったからです!」


「え? カノジョ!?」


 俺と福原さん以外の3人は、まったく同じ言葉で驚きを表現した。


「そうです! 私、レズなんです! だから池川くんとは絶対に付き合いませんから、安心してください!」


「ワーオ、これは超展開ですねー」


「助兵衛、あなたの女友達には何人レズがいるのよ……」


 パーラーとマッチにそう言われても、俺は何も答えることはできなかった。


 いくら、この場を丸く収めるためとは申せ、こんなところで、おそらく初対面のサアヤさんたちに、そんな大事なことをあっさり明かしてしまってよいのだろうか?


 学校ではあんなにレズバレを気にしていたというのに……思わぬ展開に福原さんもつい熱くなって、我を忘れてしまっているのかもしれない……


「え? そ……そうなんだ……ふーん……」


 福原さんの決死の告白に、サアヤさんの嫉妬の炎がたちまちに消え去るのを、俺は感じた。


「ごめんなさい、私、池川くんにカノジョがいるって知らなくて……私が無理言って付き添ってもらっただけで、池川くんは何も悪くないんで、池川くんと別れたりしないであげてください!」


 え? 俺のカノジョ?


「え? わ、私、池川くんのカノジョじゃないし、付き合ってもいないよー。えー? そう見えちゃうー? エヘヘヘヘ」


 ついさっきまで泣き出しそうな表情をしていたサアヤさんは、急にわかりやすく、にやけ出した。


「またまた、嘘なんかつかなくていいんですよ。付き合ってもないのに、やきもち焼いたり、束縛したりするなんて、ヤバい人じゃないですかー」


「そ……そっか……じゃあ、私、サトシくんと付き合ってる……のかな?」


「え? 付き合ってないんですか!?」


「いやー、なんていうか、そのー……」


「まあまあ、そんな細かいことは別にどうでもいいでしょう?」


 答えに窮したサアヤさんを助けるためか、マッチが話に割って入った。


「なんにせよ、丸く収まったみたいで何よりじゃない。助兵衛はこの子と付き合ってるわけじゃないのよね?」


「だから最初からずっとそう言ってるのに、お前らが話聞かねーから!」


「その子が持ってる下着は池川くんが着用するわけじゃないんですね」


「違うわい!!」


「え? 池川くんって、女性用の下着を着用する趣味があるの? だからこんな揉め事に……?」


「それも誤解じゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「それじゃあ、サーちゃん、そろそろ暗くなるから帰りましょうよ」


 俺の渾身の叫びをマッチは完全に無視した。


「あ、うん、そうだね。でも帰る前に……サトシくん、ごめんね。また私、思い込みでサトシくんに迷惑かけちゃったみたいで、本当にごめん」


 サアヤさんは頭のてっぺんが地面につきそうなほどに、深々と頭を下げた。


 ていうか、体、柔らかいな……


「あ、いや、別にいいですよ、そんな……」


「本当にごめん。私、このやきもち焼きな性格、直そうと思うから、見捨てないでね……」


「いや、見捨てるも何も……」


「それと、私はサトシくんがブラを着用する男の子だったとしても、ちゃんと受け入れてあげるから安心してね!」


「だから、俺はブラなんか着けてねぇぇぇぇっ!!」


「それじゃあね、バイバイ」


 俺の渾身のツッコミもむなし、サアヤさんたちはエスカレーターに乗って、帰っていった。


 俺と福原さんは3階に残された。


「ごめんね、池川くん。池川くんにはカノジョがいないって、ナナちゃんに聞いてたものだから、誘っても大丈夫だと思ったんだけど……」


「いや、だから、サアヤさんはカノジョじゃなくて……」


「あんな、やきもち焼きのカノジョがいると、池川くんも大変だねー」


 本当に、俺の周りの女子たちは、俺の話を聞いてくれない……俺、自分では大きな声で話してるつもりだけど、実際はめちゃくちゃ小さい声で話してるのかな?


 いや、そんなことはないと思うけど……


「それにしても、池川くん、さっきはありがとうね」


「え? 何が?」


「だって、さっさと本当のことを言えば楽だったのに、私がレズだってことをあの3人にバラさないようにしてくれてたんでしょ? そのせいで自分が不利な状況になるのも(いと)わずに……」


「え?」


「池川くんって、見かけによらず、意外と男気があるんだね、ビックリしたよ。こんな素敵な幼なじみがいるなんて、ナナちゃんは幸せ者だね」


「そ……そうかな? そんなことより、福原さんはよかったの?」


「よかったって何が?」


「だって、あんな連中にレズだって打ち明けちゃって、本当にいいのかなって……」


「いいよ。池川くんの男気に心動かされちゃったんだもん。池川くんの男気に、私も女気(おんなぎ)で応えたかったんだよ」


「お……女気って?」


「あ、私、そろそろ帰らないと門限に間に合わなくなるから帰るね。池川くん、今日はなんか迷惑かけちゃったみたいでごめんね、付き添ってくれて本当にありがとう。それじゃあ、またね」


 福原さんもエスカレーターに乗って、俺は一人になった。


 しかし、俺はすぐ帰宅する気にはならず、休憩用に設置されているソファーに座って、いろいろ考えていた。


 なんで俺って、いろいろ誤解されたり、勘違いされたりするのだろうか?


 それもこれも全部、自分がはっきりと自己主張をしないから起こることなのか?


 俺がはっきりしないで生殺しにしているせいで、サアヤさんはああいう言動をしてしまうし、福原さんに余計なカミングアウトをさせることになってしまった。


 今日ほど、自分の気弱な心を憎いと思ったことはない。


 ああ、やっぱり恋愛ってめんどくさいな……


 神の力で、いくらモテたとしても、自分の一番好きな人が、「他人のカノジョ」なんだから、なんの意味もないじゃないか……


 なんにせよ、これからはもっと強い心を持つようにしないといけないな……


 でないと、これからもいろいろな揉め事に巻き込まれることになるぞ……


 でも、性格なんて、そんな簡単に変わらないよなぁ……


 長年、平凡な容姿であったがゆえに染みついた、この事なかれ主義な性格を、ちょっと顔がよくなったぐらいで、180度変えるなんて無理無理……


 俺はなかなかソファーから立ち上がることができず、うだうだ座り続けていた。

次回もサブタイトル未定だけど、その「他人のカノジョ」の誕生日会になるはずですよ、お楽しみに。

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