第六十二話「夢五夜(ゆめごや)」
昨日、この作品を更新できなかった理由は、毎度おなじみの「寝不足」「寝落ち」
これからも予告なく、いきなり作品の更新を休むかもしれませんが、なるべく2日以上連続で休まないようにしたいと思っているので、どうか1日休んだぐらいで見捨てないでください(笑)
生まれて初めて異性とキスをして……もとい、されて、大人の階段をほんの少しだけ登った6月も、あっという間に最後の日、すなわち30日を迎えていた。
今年の6月30日は金曜日で、俺は、内心めんどくさいなとは思いつつも、「月に1回参拝しないと、高校中退に追い込まれる」と「あいつ」に脅されているので、放課後、雨の降る中、傘をさしながら防府天満宮に参拝した。
先月、10円玉を賽銭箱に入れたら「あいつ」に、「来月は100円玉を……」などと言われたことを覚えてしまっていたので、仕方なく……渋々100円玉を入れた。
これでもし、「来月は500円玉を……」などと言われたら、今度こそ殴る、絶対に……次言ったら殴る!!
「あれ、池川くんじゃないか、こんなところで会うなんて奇遇だね」
参拝を終えて帰ろうとして、大階段に向かっている時に、男の声で呼び止められたから振り返ったら、そこにいたのは同じクラスの野球部員・姉小路ミツグくんだった。
「君も何かお願いしに来たのかい?」
「まあ、お願いしに来たっていうか、来ないといけない事情があるっていうか……」
「あ? 事情?」
「いや、こっちの話……そういうミチュグくんは何をお願いに来たの?」
「誰が『ミチュグ』だ! 僕の名前は姉小路ミツグだ!」
「ああ、ごめんね、高橋貢くん……」
「だから姉小路と言うておろうに!」
「そんなことより、ミツグくんは何をお願いしに来たの?」
「き、君がボケるからちゃんとツッコんでやったのに冷たいな……まあいい。僕はいよいよ来月から高校野球の山口県大会が始まるから、無事に甲子園に出場できるように、連日お参りに来てるのさ。いつもは練習のあとに来てるんだけど、今日はこの強い雨のせいで、練習ができないから早めに来たのさ」
「ふーん、そうなんだー」
「いや、棒読みだな、君……」
たしか姉小路は、「弱小校の『エースで4番』として、チームを甲子園に導くことができれば、女の子にモテモテのハーレム学園生活を送ることができる」とか思いながら野球をやっている、よこしまな奴なんだっけ?
そして、こいつが入学式前日に「ハーレム学園生活を送りたいんジャー」とか願ったせいで、俺が代わりに「ハーレム学園生活」を送るはめになってるんだっけ、たしか……
その「ハーレム学園生活」のせいで、姉小路とは同じクラスなのに、教室ではほとんど話したことがない……俺の席は、周囲をクセの強い女子たちに囲まれていて、男が話しかけるようなスキはないのだ。
あ、そう言えば、クレナお嬢が強引にどかすまでのわずかな間、姉小路は俺の前の席だったんだっけ……忘れてたな……
「も、もしもし、大丈夫かい? 池川くん」
「あ?」
「な、なんかボーッとしてたものだから……『棒読み』って言ったのが気に障ったのなら謝るよ、ごめん。だから無視するのはやめてくれないか?」
「あ? ああ、ごめんごめん、無視してたんじゃないよ、なんかちょっと眠くて、頭が回らなくてさ……」
長いモノローグのせいで変な間ができてしまったらしく、姉小路が心配そうに尋ねてきたので、俺は適当に嘘をついてごまかした。
「そうなのかい? じゃあ早く帰って寝た方がいいんじゃないか?」
「うん、そうさせてもらうよ。それじゃあ……」
俺は姉小路と別れて、大階段をゆっくりゆっくりと下った。
さすがに雨で濡れている大階段を走って降りたら、滑って転んで大事になってしまう可能性があるので、雨で濡れた手すりに掴まりながら、慎重に慎重に降りた。
姉小路は、願い事はアレだが、基本的にはいい奴であるらしい、願い事はアレだが……
それにしても、いくら山口県に、毎年のように甲子園に出ている野球の名門私立高校が存在していないからって、弱小進学校のヤマダ学園が甲子園に出場できると、本気で信じているのだろうか?
もし信じているのだとしたら、いい奴っていうか、ただのバカだよな……絶対世の中、そんなに甘くないって……
「はい、どうも、こんばんはー!!」
防府天満宮に参拝した日の夜、夢の中に出てきた、自称・天神さまはなぜか、巨大なてるてる坊主の格好をしていた。
「な……なぜに、てるてる坊主?」
「なぜって、梅雨だからに決まってんじゃん」
自称・天神さまは風にあおられる、てるてる坊主かの如く、体の部分を左右に揺らしながら話していた。
「でもよかったよねー、雨が降ったおかげで、先月失った1万円を取り戻すことができたんだからー」
その、てるてる坊主の言葉で、俺は先月 被った大損害のことを思い出した。
「あっ、そうだよ、お前が適当なこと教えるせいで、ダービーで大損害を……」
「代理購入とは言え、未成年のくせに馬券買うから天罰がくだったんだろうねー!」
「ぐっ……」
「そもそも馬券の代理購入って、大人でもやったら怒られるやつなんだけどねー!」
「うっ……」
そこを突かれると、俺は何も言えなくなってしまった。
「でも残念だったねー、あと1週間早く来れば、宝塚記念でキタサンブラックが負けることを教えてあげられたのにー」
「いや、未成年が馬券買ったら天罰がくだると言った矢先に!」
「でも、わしの本命シャケトラじゃったんじゃけどね……」
「そして、やっぱり外してる!」
やはり、自称・天神さまとのやり取りは漫才にならざるを得なかった。
「キタサンブラックが負けるのはわかっとったから、とりあえずルメール本命にしとけばなんとかなると思ったんじゃけどなぁ……」
「俺の親父と同じこと言ってんな……」
「まあまあ、別にいいじゃん。わしが雨を降らせ、十河を操ったことによって、お主は1万円を取り戻すことができたんだから……」
「あ?」
クレナお嬢と広島に行った日に雨が降って、そごうさんがクレナお嬢を説得してくれたおかげで、おじいちゃんおばあちゃんちに一人で行けて、おこづかいをもらえたのは、今、目の前にいるこの、巨大てるてる坊主のおかげだったと申すか?
マジで?
「信じるか信じないかはあなた次第です!」
「いや、都市伝説みたいになってる!」
「まあ、そのおかげで賽銭箱に100円玉が入って、わしは満足じゃよー。来月はぜひ1000円札を……」
その言葉を聞いた俺は有無を言わさず、てるてる坊主に殴りかかったが、俺の右ストレートは、ひらりとかわされて空振りに終わった。
「どうした? どこを狙っておる?」
「いや、急にス○ロボのボスキャラみたいになってる!」
その後も何度か殴りかかったが、自称・天神さまは精神コマンドの「ひらめき」でも使っているのか、すべてかわされてしまった。
「ガハハハハハ、わしはここじゃ!」
「いや、それ、もういいから……」
いい加減、疲れた俺は、自称・天神さまのてるてる坊主に殴りかかるのをやめた。
「そう? それにしても、お主、神様であるわしに何度も執拗に殴りかかってくるとは、ふとい奴じゃのう。わし以外の神様だったら殺されても文句は言えんぞ。わしが寛大な神様でよかったのう、ホッホッホッ……」
言われてみれば、たしかに俺は相当、不遜なことをしているような気がしてきて、何も言えずに黙っていた。
「ところでお主もようやくサアヤと付き合う決心を固めたみたいで何よりじゃのう」
「あ? 誰がサアヤさんと付き合うですって?」
しかし、自称・天神さまが思わぬことを言ってくるものだから、しゃべらずにはいられなくなった。
「誰って、お主がに決まっとろう」
「ちょっと待ってください! なんでそんな話になってるんですか?」
「なんでって、前回はっきり言ったじゃーん、『お嬢と付き合うつもりはない』って」
「そ、そりゃたしかに言いましたけど……」
「お嬢と付き合わないんだったら、サアヤと付き合うんでしょ? ナナにはふられてるし、モエピには相手にされてないし、パーラー、マッチはこっちから願い下げなんでしょう? じゃあもうサアヤしかいないじゃーん」
「た、たしかにそうですけれども……」
「ていうか、お主、接吻なんて性的接触をしておきながら、サアヤとは付き合わないっていうの? とんだサイテークズ男じゃん!」
「いや、接吻はしたんじゃなくて、されたんです! 同意もしてないのに不意討ちでね! これ男女逆だったらえらいことになってると思うんですけど!」
「ああ……まあ、たしかに、女性にむりやりキスしたせいで、来年、とある男性有名人が大変なことになるよねー」
「あ?」
「あっ、いっけねー、これまだ言っちゃいけないことだった……そんなことより、お主、なんでサアヤと付き合わないのよ?」
「なんでって……付き合うなら一番好きな人と付き合いたいじゃないですか」
「え? お主、サアヤのこと一番好きじゃないの?」
「わかりません」
「いや、わからんて……」
「一番好きかもしれませんけど、でもそれでサアヤさんと付き合って、『やっぱりモエピの方が好きだな』とかなったらダメじゃないですか」
「うん、ダメだね。そういうの『浮気』って言うもんねー」
「でしょう。正直に言えば、ナナのことも本気で好きになったのは小学校高学年になってからで、それまでは特になんとも思ってなかったし……」
「それってつまり、思春期の第二次性徴で、ナナのおっぱいが急に大きくなったのを見て好きになったってこと?」
「いや、そんなことは……あ、いや、夢の中で嘘ついてもしょうがないか……おそらくはそうでしょうね。どうせマッチの言う通り、俺なんてただのおっぱい星人なんで……」
「なるほど、クレナにときめかないのも、クレナが貧乳だからなわけだ」
「ええ、おそらくはそうなんでしょうね!」
あまりにも情けない真実に、ついつい語気が荒くなってしまったが、自称・天神さまは特に何も気にしていないみたいだった。
「でもサアヤはFカップだから、おっぱい星人の君にはうってつけじゃなーい」
「そうかもしれませんね……でも俺は自分のことを信用できないんです」
「信用できない?」
「子供の頃からいろんなアイドルとか声優のことすぐ好きになって、誰が一番好きなのか今でもよくわかってないですし、クレナお嬢のことも今は好きじゃなくても、ナナの時みたいにある日突然、好きになるかもしれないし、もし、そうなった時にサアヤさんと付き合ってたら、ゲス不倫男に一直線だし……」
「ああ、もう話が長いなぁ……つまり、何が言いたいのよ?」
「何って……広島まで追いかけてきたのを見て、サアヤさんが俺のことを本気で好きなのは充分すぎるほどに伝わってきました。でも俺は多分、そこまでサアヤさんのことが好きじゃないんです。それなのに、なし崩し的にサアヤさんと付き合って、『やっぱり他の女の子と付き合いたくなったので別れてください』ってなったら、サアヤさんに失礼でしょう?」
「まあ、たしかに失礼だけど……多分、サアヤはそうなってもこう言うはずだよ、『そっか……サトシくんがそう言うなら別れてあげるよ。でもね、もし、その女の子とうまくいかなかった時は、また私のところに帰ってきてね。私、いつまでも待ってるから!!』って」
「いや、てるてる坊主の格好しながら、その渋い声で女子のものまねをされても、気持ち悪いだけですよ……それに、サアヤさんをそんな『都合のいい女』みたいにさせるわけにはいかないでしょう?」
「だからって、今みたいに付き合わないで、キープみたいな形を続けて、生殺しにするってのも、それはそれで残酷だと、わしは思うけどなぁー」
「そうかもしれませんね……でも俺は……せめて自分の方から告白したいと思うようになるまでは、誰とも付き合いたくないんです。ナナの時みたいに、後先考えず、衝動的に告白しちゃうぐらい好きになる人が現れるまではね……」
「あっ、そう……サアヤと付き合えば、この夏休みにでも童貞卒業できたはずだけど、しょうがない、お主がそこまで言うなら、童貞卒業はまたまた延期に……」
「え?」
「おっと、今月はここでお別れのお時間です。また来月お会いしましょう、さようなら!」
てるてる坊主の格好をした自称・天神さまは、どこぞへ帰るためにぐんぐんぐんぐん上昇していった。
「あ! いや! ちょっと待って! 俺、サアヤさんと付き合ったら童貞卒業できるの!?」
「次の回も一生懸命頑張ります! ごきげんよう!!」
「いや、あんた、いかりや長介かよ!!」
俺が的確なツッコミを決めたここで、ぱっちりと目が覚めた。
夢の中とは言え、自分の思っていることを素直に言えたからか、いつもみたいにうなされて汗びっしょりなんてことはなく、珍しくスッキリしていた。
それにしても、サアヤさんと付き合ったら夏休みに童貞卒業とか言ってたよな、あいつ……やっぱり付き合おうかな? そしてあのFカップおっぱいをバインバイン……
って、いやいや、ダメだろう……体だけが目当てで付き合うとか、本当にクズ男のやることじゃないか……
それに、もし俺がサアヤさんと付き合ってしまったら、クレナお嬢はどうなってしまうのだろうか?
金持ちが本気出したら俺一人殺すぐらい、たやすいんじゃないだろうか?
殺すは言い過ぎにしても、俺一人の人生を潰すぐらいなら、金持ちは赤子の手をひねるように簡単にやってのけてしまうのではなかろうか?
性欲に負けてサアヤさんと付き合ってしまったばっかりに、嫉妬に狂うクレナお嬢の差し金で高校中退に追い込まれてしまい、落伍者の人生を歩むとか?
まったくないとは言い切れない……
なんて書くと、俺が保身のために「誰とも付き合わない」という選択肢を選ぼうとしているという風に思われるかもしれないが、夢の中でも述べた通り、「俺が一番好きな女性がサアヤさんだと言い切れる自信がない」のだ。
世の中で不倫だとか浮気だとか、そんなことが起こるのは「一番好きじゃない人と、とりあえず妥協して付き合ったり、結婚したりするから」なのではないかと俺は思っている。
そして俺は浮気も不倫もしたくない。
だから付き合うなら、自信をもって「この人のことが一番好き。この人以外の誰に誘惑されても、絶対に浮気なんかしない」と断言できるような人と付き合いたい。
現状、そんな風に思える人は誰か……? 正直に言えばナナだと思う。
でも、レズのナナとは絶対に付き合えないし、そんな風に思っているのに、妥協してサアヤさんと付き合うのはやっぱり失礼だと思う。
だから今はまだ「誰とも付き合わない」という選択肢を選ばせてほしい……俺が誰と付き合うのかは、これから先の心の動き次第で決めたいんだ……
って、俺は土曜日の朝から何を頭の中で熱弁しておるのだ?
別に誰も聞いてないってのによ……
ああ、眠い……もう二度寝しよう、二度寝……
次回、サブタイトル未定も、7月になってモエピにアプローチしてみるサトシに、なぜかナナのカノジョの福原セイラさんが急接近? お楽しみに。




