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第四十九話「和解」

「サ……サアヤさん、どうしたんですか? その髪……」


「切ったの……サトシくんに謝罪の意思を示すために……」


「え? 謝罪?」


 俺にはサアヤさんが何を言っているのか、まったく理解することができなかった。


「そうだよ……サトシくんに追い出されたあの日からサトシくん、私のこと完全に避けてるじゃん……ラインは既読スルーだし、そもそも会ってもくれないし……それで、そんなに怒らせちゃってるんだ、だったらちゃんと謝りたいなって思って……口で言っても信じてもらえないからって態度で示そうと思って……」


「だからって別に髪切らなくても……」


「本当はどっかのアイドルみたいに坊主頭にして謝罪しようと思ったんだけど、マッチとパーラーに止められて……」


「いや、そりゃ止めるでしょうよ!」


 改めてベリーショートを見てみると、まるで男子のようだった。


 サアヤさんは元々美少年顔だったので、髪がベリーショートになると、俗に言う「イケメン女子」のようになっていた。


 でも顔がいくらイケメンでも、おっぱいはFカップのままで、そのアンバランスさに、俺はなぜか興奮を覚えてしまっていた。


 おかしい……俺にはそういう趣味はいっさいないはずなのに……サアヤさんがボブだった時以上に、サアヤさんに対していけない感情を抱いてしまっているような気がする……


 え? この作品のタイトルの「男女逆転」ってそういう意味だったの?


 じゃあ俺、女装しないとダメ?


 そういう趣味こそ、マジでないんだけどなぁ……


「ザドシくん、この度はホントに……ホントにごめんねぇぇぇぇぇぇっ!!」


「ええー……」


 俺が頭の中で、いつものように余計なことを考えていたら、サアヤさんが突然、号泣し始めた。


「もうごれからはアポなしで家に押じがげだりじないし、いぎなり抱ぎついたり、おっぱい押じづげたりじないから……お願いだがら、お願いだがら、無視じないでぇぇぇぇぇぇっ!!」


 泣きながらしゃべっているものだから、セリフが濁点だらけになってしまっていたし、何より顔が涙と鼻水にまみれていて、実に汚かった。


 せっかくのイケメン女子が台無しだった。


「あーあ、池川くん、サアヤさんのこと泣かせちゃいましたねー」


「女の子を泣かせるとか、ホント、クズね……」


「いや、俺が泣かせたんじゃなくて、勝手に泣いてるだけ……」


そんなサアヤさんの号泣を見たパーラーとマッチになぜか責められ、俺はあわてて釈明したが、


「池川くん、女の子泣かせといてそれはないよ……」


「モ、モエピ……」


 モエピにまで理不尽に責められては、もはや言葉のひとつも出てこなかった。


「ど……どにがぐ……ごべん……なざいぃぃぃぃぃぃっ!! 許じでぇぇぇぇぇぇ!! ザドシくううううううううんっ!!」


 涙と鼻水にまみれ、鬼気迫る表情で俺に許しを乞うサアヤさんは、もはやゾンビのようだった、俺にはそう見えた。


 ここでなおもサアヤさんのことを拒絶し続けたら、最悪モエピにまで嫌われかねないので、俺はいつものように、白旗上げるしかないのであった。


「ああ、もうわかりましたよ、わかりました。もう無視するのやめますよ」


「ぼんどに?」


「いや、ボンドじゃなくてホントにね……」


「ラインの既読ズルーもやめでぐれる?」


「ええ、これからはちゃんとラインも返しますよ……でも……」


「でも何?」


「今、俺、いろいろあって恋愛とかしたい気分じゃないんで、お付き合いとかそういうのはできないですけど、それでもいいですか?」


「え?」


「そういう恋愛関係とかじゃなくて、普通の先輩後輩としてなら、仲良くしてもいいですけど、恋愛は……今は勘弁してください」


「わ……わがっだよ……でも、先輩後輩なんてよぞよぞじいがら、友達になろう、ザドシぐん」


「ザドシじゃなくて、サトシね……」


「だじかにわだじも、自分勝手に愛を押しづけぢゃっで、申じ訳ながっだなっで思っでるの……だがら、よぐあるじゃん……『お友達がらよろじぐお願いじまず』ってやづ……それでお願いでぎないがな、ザドシぐん……」


 サアヤさんは依然として涙声のままだった。


 ここで「嫌です」などと言ったら、また号泣されて、マッチ、パーラー、モエピの3人に超冷たい目線を向けられてしまうことだろう。


「ああ、もう、わかりましたよ、じゃあ友達でいいですよ、友達で……いいですから、明日からは部活サボらないでくださいね……サアヤさんが部活サボって、マッチもパーラーもモエピも困ってたみたいですから……」


「ボンドに? ありがどう! ザドシぐん!!」


「って、うわぁっ、そんな汚い顔で近寄らないでくださいよ!!」


 サアヤさんが涙と鼻水だらけの顔で迫ってくるものだから、俺は思わず後ずさりしてしまった。


「えっ!? マッチ、パーラー、私の顔、汚い?」


「はい、めちゃくちゃ汚いですよ、涙と鼻水だらけで……」


「ぞ……ぞんなぁ……」


「ホントに汚いわね、サーちゃん……せっかくのイケメンが台無しじゃないの……ほら、鼻チーンってしなさい、チーンって……」


「ありがとう……マッチ……チーン」


 サアヤさんはマッチが差し出したポケットティッシュを使って、思いっきり鼻をかんだ。


「うう……サトシくんに情けないところ見られちゃったなぁ……」


 鼻をかんだサアヤさんはようやく、涙声ではない、普通の声に戻った。


「安心してくださいよ、今さらその程度で嫌いになったりしませんから……」


「ホントに? ありがとう、サトシくん!!」


 顔が綺麗になったサアヤさんはいきなり俺に抱きついてきた。


「いや、抱きつかないでくたさいよ! 友達でしょう……」


「なんでー? 女子は友達同士でも抱きついたりキスしたりするよー」


「それは女子同士の話でしょ……俺は男で……」


「いいじゃーん、サトシくん。今だけ女の子になってよー」


「いや、意味がわからない……ていうか、ついさっき、泣きながら『もういきなり抱きついたりしない』って言ってませんでしたっけ?」


「そんな昔のことは忘れました」


「いや、あんたはハンフリー・ボガートか!」


 やっぱりサアヤさんは甘やかすとすぐにつけあがる女であるようだった。


 でも今さら「抱きつくんなら、やっぱり友達って話はなしってことで」とも言えなかった。


 自分の胸に押しつけられている、サアヤさんのFカップの感触に、俺は(あらが)えなかったのだ……情けない……


「あの二人、『サアサト』ですね」


「うん、異存はないわ、たしかに『サアサト』ね」


 マッチとパーラーの言っている『サアサト』の意味は、俺にはさっぱり理解できなかった。





「それじゃあ今日のところはこれで……」


 いろいろけりがついたので、俺は帰ろうとして、軽音部の部室のドアに手をかけていた。


「サトシくん、そんなわけで私とサトシくんは明日からは友達だから、無視したりしないで、普通に接してよね」


 そんな俺にサアヤさんが釘を刺してきた。


「そういうサアヤさんこそ、友達らしく接してくださいよ。男は普通、友達同士で抱きついたりとかしないんですからね!」


「わかってるよー、私、決めたもん。もうサトシくんの嫌がることは絶対にしないって……」


「本当にお願いしますよ……それじゃあこれで……さようなら皆さん……」


「うん、また明日ね、サトシくん、バイバイ」


 俺は部室のドアを開けて、廊下に出た。


「結局、池川くんの本命って誰だったんですかね?」


「どうせ、あの爆乳幼なじみでしょ、助兵衛(すけべえ)はおっぱい星人なわけだし……」


「え……でも、たしか国司(くにし)さんは……」


「だから私たちに本命が誰か言えなかったんでしょ。さしもの私たちも助兵衛をレズとくっつけることはできないからね……」


「なるほど……たしかに……」


 パーラーとマッチは依然として部室の中にいるし、サアヤさんに聞こえないように小声で話しているはずなのに、なぜか二人の声は俺にははっきりと聞こえていた。


 どうもゴールデンウィークが明けてからというもの、本来聞こえるはずのない声が聞こえるようになっているような気がする……全部が全部聞こえるってわけじゃないんだけど……


 まあ、なんでそうなってるのか、心当たりはもちろんあるけれども。


 俺に超人的なチート能力を付与できる「奴」なんて一人しかいない。


 思えば5月も下旬。


 そろそろ防府天満宮(ほうふてんまんぐう)に参拝しに行かないといけないのか……


 そして、さすがに気づいている、防府天満宮に参拝した日の夜、夢に「あいつ」が出てくるということに……


 ああ、嫌だなぁ……行きたくないなぁ……でも行かないと高校中退に追い込まれるんだよな、たしか……さすがに中退はまずいよなぁ……中退になったら親父に申し訳ないから行くしかないよ……行きたくないけど、本当は……


 俺は暗い気持ちを抱えながら、その日は一人で帰路についたのだった。

次回「夢四夜 (ゆめよんや)」 そんなわけで、あのおっさんが出てくる回ですよ、お楽しみに。

次回で「高校一年生五月『つのりゆく愛』」は終わりで、次々回からは「高校一年生六月『雨にぬれても』」が始まります、ご期待ください。



脚注(興味のない方は無理して読まずに、飛ばしていただいて結構です)

和解→って、全然普通の言葉なんだけど、作者にとって「和解」と言えば、やっぱり志賀直哉の小説のタイトル。文学に理解を示してくれなかったことにより長いこと不仲だった実のお父さんと和解する過程を描く、志賀直哉お得意の自伝的小説のひとつであり、生粋の短編作家の志賀直哉にしては珍しい中編小説でもある。もちろん志賀直哉の「和解」は真面目な小説であり、顔を涙と鼻水まみれにしたりなどは決してしない(笑)


「そんな昔のことは忘れた」→1942年公開の超有名な映画「カサブランカ」で主演のハンフリー・ボガードが逆ナンしてきた女に「昨日は何してたの?」とか言われた時に返事として言ったセリフ。このあと「明日は何するの?」「そんな先のことはわからない」と続き、映画史に燦然と輝く名言となった。当たり前のことだが、字幕翻訳者ごとに違う訳し方をしているので、日本語表記には揺れがあるが、作者が見た時の字幕は「そんな昔のことは忘れた」だった。「そんな昔のことは覚えていない」という訳もあるらしい。

余談だが、ハンフリー・ボガートのあだ名と言えば「ボギー」であり、のちに日本で「あんたの時代はよかった」などと歌われることになるのであった。

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