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第四十八話「本命はお前だ」

「う……うん、そりゃあるよ。帰宅部だからね」


「そうよね……それじゃあちょっと……来てくれる?」


「はい……」


 俺がマッチとパーラーに連れていかれたのはおなじみの軽音部部室だった。


「あ……池川くん」


 部室にいたのはモエピだけだった。


 まあ、ウーター先輩は事実上の不登校みたいなもんらしいので、いなくてもなんとも思わないが、サアヤさんがいないのはやっぱり、俺のせいなんだろうか?


「まあまあ、突っ立ってるのもなんですから、どこかその辺に適当に座ってくださいよ、池川くん」


「あ……ああ」


 パーラーに言われて、俺は部室にあるパイプ椅子に腰かけた。


 そして、テーブル越しに向かいに座ったマッチと話をすることになった。


「じゃあさっそく本題に入るけど、助兵衛(すけべえ)、あなたがサーちゃんのラインを既読スルーしまくってるせいで、サーちゃんが部活に来なくなってしまって、全然練習ができないの」


「ふーん……」


 マッチの「本題」に、俺は薄いリアクションしかすることができなかった。


「ふーんって……あなたのせいで軽音部は開店休業状態なのよ、どうしてくれるのよ?」


 マッチはそんな俺のことを鋭い目線でにらんできたが、俺にはどうすることもできなかった。


「どうしてって言われても……リズムセクションがいれば練習はできるでしょ、別に……モエピとマッチとパーラーの3人でリズム刻む練習してればいいじゃん」


「そんなものはとっくの昔にやってるわ。この1週間ほど、ずーっと3人でリズムを刻み続けて、もういい加減、飽き飽きなのよ」


「んなこと言われても、いったい俺にどうしろと……」


 戸惑う俺に返事をしたのは、マッチの左隣に座っていたパーラーだった。


「簡単ですよ、サアヤさんのラインを無視しないで返信してあげればいいんですよ、それだけでいいんです。なんだったら今すぐ返信してくださいよ、お願いしますから……」


「そうは言われても……」


 ここで甘い顔するとサアヤさんはまた調子に乗るような気がする……そしてまた何事もなかったかのように家に押しかけてきたり、エロい誘惑をしてきたりするのではなかろうか……


 そうなるのが怖くて、俺は返信するのをためらっていた。


「ねえ、助兵衛。助兵衛は本当のところ、サーちゃんのことをどう思ってるの?」


 俺が返信する気配を見せないので、マッチが話題を変えてきた。


「どうって?」


「好きとか嫌いとかあるでしょう?」


「べ……別に嫌いじゃないけど……」


「好きでもないのね」


「まあ、現状はね」


 俺は正直な気持ちをマッチに伝えた。


「そう、だったらサーちゃんのこときっぱりとふってくれないかしら?」


「ええっ!? なんで?」


 マッチの提案はまったくもって予想外のものだった。


「バンドの中心であるギターボーカルのサーちゃんが恋にうつつを抜かして、そのせいでバンドの活動が不安定になるのは、はっきり言って迷惑なのよ。だったらいっそ、早めにとどめを刺してくれた方が被害が少なくてすむはずよ、サーちゃんは意外と立ち直るのが早いからね……それに……」


「それに?」


 マッチはドス黒い笑みを顔に浮かべていた。


「助兵衛にきっぱりふられたら、それがきっかけで、サーちゃんがいい曲書いてくれるかもしれないでしょう」


 マッチ……お前はやっぱり残酷な奴だな……


「失恋は創作の最高のスパイスよ。古来より失恋がきっかけで生まれた名作はたくさんあるわ、ベルリオーズの『幻想交響曲』とかね」


「そうは言われても俺、サアヤさんに正式に『好きです。付き合ってください』とか告白されたわけじゃないのにふるとか、自意識過剰でキモくない?」


「あなたはいつでもキモいでしょ、おっぱい星人」


 マッチ……お前はやっぱり……


「ま……まあ、考えておくよ……今日の俺はまだサアヤさんに会ってないし……」


 俺はこれ以上話をすると、また理不尽なことを言われたり要求されたりするような気がして、席を立とうとしたが、


「いや、何を帰ろうとしてるんですか、池川くん。話はまだ終わってないですよ」


「話ってなんだよ?」


 パーラーにそう言われては椅子に座り直すしかなかった。


「いや、ここいらではっきりさせようと思いましてね……池川くんの本命がいったい誰なのかを」


「は……はっきり……? 本命って……」


「そうね、サーちゃんや、あのお嬢に迫られてるのにどちらにもなびかないってことはつまり、助兵衛には他に好きな女がいるってことよね」


「う……」


 マッチの指摘に俺はわかりやすく動揺してしまった。


「どうやら図星のようね、その助兵衛が好きな女が誰なのか教えてくれれば、私とパーラーで協力してあげなくもないわよ」


「協力?」


「そうよ、助兵衛に彼女ができれば、いくらサーちゃんやお嬢でも諦めざるを得ないでしょう。そうするために、助兵衛が好きな女と付き合えるように協力してあげるって言ってるのよ」


「なるほど」


 俺がナナにカノジョができて諦めたのと同じような状況にするということか……


「助兵衛にとっても、自分で直接ふるよりも彼女を作る方が楽だし、幸せでしょう? さあ、言いなさいよ、誰が好きなのか」


「で……でも……」


「大丈夫ですよ、池川くん。ボクたちは秘密を守れる女なんですから。池川くんのあの爆乳幼なじみの秘密、学校の誰も知らないでしょう? ちゃんとボクたちが秘密を守ってるからですよ」


 その「爆乳幼なじみ」こそが俺の想い人なんだけど……だからパーラーとマッチがどう頑張っても付き合うことは不可能なんだけど……


 どうすべきか?


 本当のことを言うべきか……それとも誰か適当な女の名前を出してごまかすか……


 俺がチラと目線を向けると部屋の端っこにモエピがいた。


 今日は弱気の日なのか、会話に参加してくることはなく、ただ見ているだけのモエピ……ていうか、モエピはナナがレズだってこと知らないよな……パーラーめ、危うくモエピにバレるところだったじゃないか、やっぱりパーラーは信用ならねえ……


 閑話休題、モエピはアイドルを目指しているだけあって、よく見てみると……いや、よく見なくても、すごくかわいかった。


 なんでこのかわいさでアイドルオーディションに落ちるのかまったくわからなかった。


 って、そうか……モエピはアイドルを目指しているんだよな……アイドルを目指している子にとって恋愛なんて……学生時代の元カレなんて、邪魔な存在でしかないんだよな……元カレとの写真が流出して炎上したアイドルなんて数知れずだし……全然法律上なんの問題もない、普通の健全な交際でも炎上するんだから、処女厨ってのは恐ろしいもんだ……モエピのことを思えば、モエピと付き合いたいなんて、口が裂けても言えるわけもなかった。


 何より、モエピがいるここで「俺が好きな子はモエピだよ」とか言ってしまったら事実上の告白になってしまうではないか、モエピには何度も「池川くんは全然好みのタイプじゃない」と言われているのに……ナナにとどめを刺されてからまだ日が浅いのに、自ら傷つきに行ってどうするんだ?


 だからと言って、マッチやパーラーを好きと言うわけにもいかないし……マッチは見た目美人だけど、毒舌すぎて引くし、変なあだ名ばっかり付けられてる恨みもあるから「なし」だし、パーラーはボクっ子だし、おっぱいもぺったんこだから、はっきり言って女としては見ていない……パーラーのことはほとんど男友達とおんなじような感覚で接している……って、俺、男友達いたっけ? この作品には男はほとんど出てこないじゃないか……


 などと、真実を言うべきか否か迷っている俺のせいで、軽音部の部室を重苦しい沈黙が包み込んでいた。


「ねえ、パーラー。部室に来ればサトシくんに会えるってホント?」


 ガラガラと大きな音を立てて引き戸を開け、軽音部の部室に突如現れたのはサアヤさんだった。


「ああ、サアヤさん、遅かったですね」


 どうやらパーラーがラインで連絡したっぽい、「今、部室に来れば池川くんに会えますよ」とか送ったんだろう、パーラーのことだから。


 パーラーはそういう奴だから……


「サトシくん、久しぶりだね」


「そうですね、サアヤさん……って、えええええええっ!?」


 久しぶりにサアヤさんのことを見た俺がなぜ驚きの声をあげたのか?


 俺が家から追い出した日は肩まである、男子ウケ抜群のボブだったはずのサアヤさんの髪型が、耳が丸見えで、絶対男子ウケしなさそうなベリーショートに変わっていたからである……

次回「和解」 お楽しみに。



脚注(興味のない方は無理して読まずに、飛ばしていただいて結構です)

本命はお前だ→説明不要のロックンロール界のスーパースター、エルヴィス・プレスリーの18曲もある全米ナンバー1ヒット曲(ちなみにビートルズの20曲に続いて歴代2位の多さである)のひとつ「Stuck On You (スタック・オン・ユー)」に付いた邦題、それが「本命はお前だ」 エルヴィスは人気絶頂の1958年に徴兵されて、当時の西ドイツの米軍基地に配属されていたので、活動停止を余儀なくされたのだが、その兵役を終えて最初に放った、復帰第1弾シングルにして、当たり前のように全米1位になったのが「本命はお前だ」なのである。


ベルリオーズの「幻想交響曲」→フランスのクラシック作曲家エクトル・ベルリオーズ(Hector Berlioz)は、若い頃、舞台女優のハリエット・スミスソン(Harriet Smithson)に恋をして、ラブレターを送るなどの求愛行動をするが、当時はまだ無名の作曲家だったためまったく相手にされず、ハリエットに対し、憎しみの感情を抱くようになる。その憎しみの感情や怨念を込めに込めて作ったのが、代表作となる「幻想交響曲(Symphonie fantastique)」であり、ベルリオーズは失恋のショックによって、クラシックの世界に「標題音楽」という新たなジャンルを作ってしまったのである。

ちなみに、「幻想交響曲」の成功によって、ベルリオーズはハリエットに相手にされるようになり、結婚までしてしまうが、元々すさまじい妄想力を持っていたベルリオーズにとって、実際嫁にしてみたハリエットは自分が思っていたのとはまったく違う女性だったらしく、結婚生活は早々に破綻。二人は長いこと別居生活を続け、まったく幸せにはなれなかったらしい。恋なんて結局、そんなものであるらしい……

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