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第四十七話「ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド」

 ナナにとどめを刺されたショックでズル休みしたばっかりに、押しかけてきたサアヤさんとクレナお嬢にブチギレて追い出してしまった翌日、俺は一人で、普通に自転車登校した。


 さすがに二日連続でズル休みするわけにはいかないし、追い出してしまった二人……あ、ロバータ卿も追い出したことになるから3人なのか……のことも気になったし……


 さすがにロバータ卿は俺のこと好きじゃないよな? あの修羅場で爆笑してたぐらいだからな……


 閑話休題、昔、おじいちゃんに聞かされた「ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド」って歌の中で、スキーター・デイヴィスが歌ってたけど、本当に、失恋したぐらいじゃあ世の中って、別になんにも変わらないんだなぁ……


 当たり前か……普通の高校生の俺が失恋してもネットニュースにすらならないし、朝になれば太陽は登るし、海に波は寄せるし、鳥は鳴くし、夜になれば空の星は輝く。


 何より俺の心臓は動いている。


 何もかもが失恋する前と同じだ。


 違うのはナナと一緒に登校できなくなったってことだけ、それだけ……それ以外は何も変わらない……


 だから、いつまでも落ち込んでる場合じゃないんだけど……うーん、でもやっぱりなぁ……ナナ……ああ……






「やあやあ、聞きましたよ、池川くん。昨日はせっかく休んでたのに大変なことになったみたいですねー」


 1日ぶりに登校した俺を出迎えたのはいつものようにパーラーだった。


 しかし、今日のパーラーはゴシップ大好きおばさんが格好の獲物を見つけた時のような、いやらしい笑みを浮かべていた。


「聞いたって誰にだよ?」


「やだなー、サアヤさんに決まってるじゃないですかー。いきなりラインで『どうしよう? サトシくんに嫌われちゃった……この世の終わりだよ……もう死のうかな……ねえ、パーラー、首ってどうやって吊るの?』などと物騒なトークを連発してくるもんだから、あわてて電話したら、昨日、サアヤさんは池川くんちにお見舞いに行って、そしたらいきなりクレナさんがやって来て、ついカッとなって喧嘩しちゃって、それで池川くんがブチギレて追い出されちゃって云々……」


 本当に女子の前でやったこと言ったことは全部友達に筒抜けだな……まさか、あのエロ漫画とか「裸、見たいの?」のくだりもパーラーは知っていたりするんだろうか?


 いや、さすがのサアヤさんもそこまでは話さないだろう……多分……おそらく……


「だってしょうがないじゃん……体調悪いって言ってんのに、目の前で大喧嘩始められたら、誰だって腹が立つじゃん? それに今時、連絡先知ってるのに、何も連絡しないでいきなり来るとかありなの?」


 俺はパーラーがエロ漫画の話をしたりしないよう、話題をそらすのに必死だった。


「でも昨日はズル休みだったんでしょう? ズル休みした分際で、『来る前には連絡しろ』だの、女がバッティングしたからって逆ギレするだの、いったい何様なんですか、池川くん」


「う……」


 パーラーの的確なツッコミに、俺は黙らざるを得なくなってしまった。


 本当にパーラーはなんでもかんでも知ってるな……まあ、サアヤさんが電話で話したんだろうな……うーん……そういうプライバシーを守ってくれないとこが俺はちょっと……


「ヘーイ! オハヨーソロー! Satoshi(サトシ) Summer(サマー)


 パーラーと話すとボロが出る気しかしないので、黙るしかなくなってしまった俺に、笑顔で話しかけてきたのは、登校してきたロバータ卿だった。


「お、おはヨーソロー……? ロバータ卿……あれ? クレナお嬢は?」


Kurena(クレナ)ハキョウハケッセキネー……Hey(ヘイ) Satoshi(サトシ) Summer(サマー) チョットダケヨー、アンタモスキネー」


 なぜかロバータ卿は「ニヘラァ」という擬音をつけたくなるような悪どい笑みを浮かべながら、俺の耳元で加藤茶になった。


「いや、あんた、どんだけドリフにハマってんだよ!!」


「ハッハッハッハッ!」


 俺のツッコミを聞いたロバータ卿はなぜか大爆笑していた。


 何がそんなにウケたのか、俺にはさっぱり理解することができず、放っておくことにした。


 ひとつだけ確実にわかるのは、ロバータ卿は昨日のあの出来事を面白がっているということだった。


 ということはやっぱり、ロバータ卿は俺のことをなんとも思っていないということか……よかった……イギリスの貴族の娘に好かれてふってしまったら、日英関係にヒビが入るかもしれないもんな……いや、入るわけないか……別に女王陛下の孫とかひ孫ってわけじゃないんだから……


「それにしても、クレナお嬢が欠席って……やっぱり俺のせいなのかな?」


 俺は一人言のつもりで言ったのだが、パーラーには聞こえてしまっていたみたいだった。


「そうかもしれないですねー。なんにせよ池川くん、もういい加減、サアヤさんかクレナさん、どっちか選んだ方がいいんじゃないんですか?」


「え? 選ぶって、どういうこと?」


「このままサアヤさんとクレナさんを両方キープみたいな形にして、生殺しにしてたら、また同じようなことが起こって揉めますよ」


「う……」


「そうよ、助兵衛(すけべえ)は被害者ぶってるけど、結局あなたが優柔不断ではっきりしないからこんなことが起こるんじゃない。ひとおもいにどっちかふって殺してしまえばいいのよ……」


「いや、殺してしまえばって物騒だな……」


 別に俺が二人のことを好きになってしまって、こうなっているわけじゃないのに、パーラーにもマッチにも責められていることが俺には不満だった。


「『どっちも選ばない』とか『両方ふる』って選択肢は俺にはないのかよ?」


「ないですね」


「ないわね……」


「いや、なんでだよ!!」


「おい、お前ら席に着けー! ホームルームはじめっぞー!!」


 俺のツッコミは、意気揚々と教室に入ってきたアカちゃん先生の大声にかき消された。


「今日はクレナ様がお休みだからなー、お前らいつもみたいに甘やかさないからな、覚悟しろよ、コノヤロー! 今日は本来の私らしく、のびのびやってやっからなー!! 鬼の居ぬ間になんとやらだぞー!!」


 アカちゃん先生はクレナお嬢が欠席したことを心底喜んでいるみたいだった。


 本当にわかりやすい人である……だからこそ「裏表がなくて信頼できる」とかで女子には大人気なんだとか……パーラーにそう聞いた。


「そんなに普通の女子には裏表があるのか?」と問うたら、パーラーは「フッフッフッ……池川くん……世の中には知らない方がいいこともあるんですよ……」と、怪談を語る人のような口調で言っていたっけ……こわいなー、こわいなー……






 結局その日は、宣言通りに言いたい放題のアカちゃん先生にイライラしただけで終わった1日で、ナナにもサアヤさんにも会うことはなく終わった。


 サアヤさんからは謝罪のようなラインが山のように届いたが、なんかむかつくから全部既読スルーした。


 さすがに俺にも「あなたひどい人ね、私に首吊れ言いますか」とかいうラインを送ってきたら返信したかもしれないが、風説の流布の加害者であるサアヤさんがそんな脅迫みたいなライン、送ってくるわけもなかった。


 クレナお嬢の方も欠席したのは一日だけで、次の日からは普通に登校したが、俺が落とした雷が効いたのかなんなのか、なんだかよそよそしい態度を取られるようになってしまった。


 ひょっとしてついにクレナお嬢に嫌われてしまって、平和な学園生活も終わりを迎えるのかとビビっていたが、特に何事も起こらず、5月の日々は過ぎていった。


 そうやって何事も起こらない平穏な日々を過ごしていた5月下旬、いつものようにさっさと帰ろうとしたら、


「ねえ、助兵衛。サーちゃんのことについて、ちょっと話があるんだけれど、時間ある?」


 下駄箱で待ち構えていたマッチとパーラーに呼び止められてしまって、さっさと帰ることはできなかった。

次回「本命はお前だ」 お楽しみに。



脚注(興味のない方は無理して読まずに、飛ばしていただいて結構です)

スキーター・デイヴィス(Skeeter Davis)の「The End of the World (ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド)」→アメリカの女性カントリー歌手スキーター・デイヴィスが1963年に放った全米2位の大ヒット曲、それが「ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド」 「私が彼にふられたことによって、世界は終わりを迎えたというのに、なんで世の中普通に動いてんのよ」と歌う、究極の失恋ソング。作詞家の人がお父さんを亡くした時に抱いた感情を恋に置き換えて詞を書いた結果、大ヒットすることになったらしい。日本では長いこと「この世の果てまで」という邦題で知られていたが、あまりにも歌詞の内容と合っていないからか、近年は「エンド・オブ・ザ・ワールド」とカタカナ表記されることも多くなっている。「ジ・」を省く理由は私にはわからない(笑)

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