第三十一話「見下げてごらん」
5月4日木曜日、みどりの日。
今日も俺は家に一人。
さすがに明日がライブなのだから、今日はウィメンズ・ティー・パーティーが家に来ることはないだろう……と、思ってはいる……思ってはいるが……
とりあえず今日パーラーが来たらマックス・ローチの「限りなきドラム」 ウーター先輩が来たらアイズレー・ブラザーズの「3+3」をオススメしようと思って、書庫からCDを取り出しておいた。
5月1日と2日は居間にいる時にピンポンを鳴らされて、縁起が悪いと思ったので、今日は居間ではなく、2階の自分の部屋に引きこもり、午前中はベッドでゴロゴロしていた。
しかし、午後になると、このままゴロゴロしているのは嫌だ、今日もどこかへ出かけたいという気持ちが強くなった。
せっかくのゴールデンウィークなのに、家にい続けるのはもったいないと思った。
そして俺は、今日こそはナナと出かけられるんじゃないかと思って「今、暇?」とラインを送ったが、返事は「今日も友達と出かけてるから暇じゃない」だった。
ゴールデンウィークに連日友達と外出できるとは、ナナはB組でうまいことやっているらしい。
まあ、別にナナは、俺が心配しなきゃいけないほど人見知りでもコミュ障でもないが。
仕方がないので、今日も一人で自転車に乗って外出した。
自転車でたどり着いた先は駅前のイ○ンだ。
ここの2階にある映画館で、何か面白い映画やってたら見てみようと思ってやって来た。
そう、防府市には映画館……それもシネコンがあるのだ。
シネコンがある防府市が田舎なわけはないではないか……いや、決して都会でもないけれども……
閑話休題、さすがにゴールデンウィークの映画館は人が多かった。
そんな人混みをかき分け、今やっている映画のタイムスケジュールを見てみたが、残念ながら俺が「これはぜひ見たい」と思うような映画はやっていなかった。
さて、どうしたものか……3階のゲームコーナーでゲームでもやるか、それとも本屋で立ち読みして暇を潰すべきか……
などと、あれこれ考えていると……
「ん? 池川じゃないか。こんなところで会うとは奇遇だな」
誰かに名前を呼ばれたので振り返った。
しかし、そこには誰もいなかった。
「え? 誰ですか? どこにいるの?」
「いや、見えてんだろ、お前!」
しかし、右を見れど、左を見れど、見知った人はどこにもいなかった。
「いや、全然見えないんですけど……」
「ああ、もう……見下ーげてごらーん」
そう歌われた俺は下を向いた。
そしたら……
「うわー! アカちゃん先生!!」
そこにいたのは、俺のクラスの担任の、女子たちに「アカちゃん先生」と呼ばれているロリ教師の細川アカリ先生だった。
入学式の日は「うわー、ヤバい人が担任のクラスになっちゃったもんだなー」と思ったものだが、翌日にクレナお嬢がA組にやって来てからは、すっかり大人しくなって、個性も死んで、出番も激減した残念な先生だ。
「うるせー! 個性死んでねーし! 出番が少ないのは、この作者がホームルームや授業のシーンを全然描かねえからであって、私は悪くねえんだよっ!!」
「え? なんで俺の思ってることがわかるんですか? アカちゃん先生はエスパーか何か?」
まさかのモノローグ読みをされてしまって、俺は驚愕した。
あの自称・天神さま以外に、モノローグ読みをできる人がいるだなんて……ひょっとしてこの先生も神様か何かなのか?
「いや、気づいてねーのかよ! お前はモノローグのつもりだったのかもしれねえが、全部しゃべってたぞ! 全部口に出てた!!」
「え? そうなんですか?」
俺はアカちゃん先生が神様でなかったことに安堵しつつ、自分の悪癖「アカちゃん先生の前ではなぜか、思ったことを素直に口に出してしまう」を思い出し、恐れおののいた。
ウィメンズ・ティー・パーティーの前では、モノローグを口に出すなんてことはしないのにな……
「ああ、そうだよ……そんなことより池川、お前土曜のお昼、絶対新喜劇見てるだろ?」
「わかりますか?」
「わかるよ! 私も録画してでも毎週必ず見てるからな! ていうか、担任の先生をめだか師匠扱いするのはやめろ!」
アカちゃん先生は身長149センチのめだか師匠よりも、さらに小さかった。
だから低身長いじりをするのはやむを得ないのだ……
「ええー、別にいいじゃないですか。乳首ドリルしないだけありがたいと思ってくださいよ……」
「今ここでお前が私のことを上半身裸にしたら、お前が逮捕されるぞ」
「え?」
「今ここでお前が私のことを上半身裸にしたら、お前が逮捕されるぞ!」
「え?」
「だから! 今ここでお前が私のことを上半身裸にしたら、お前が逮捕されるぞ!! なんで聞こえないんだよ!!」
「あの、すいません……『今ここでお前が私のことを上半身裸にしたら、お前が逮捕されるぞ』ってところが聞き取りにくい」
「そう言ったんだよ!!」
ここまでのやり取りをすませたあと、アカちゃん先生は笑顔で握手を求めてきたので、俺はがっちり握手をした。
「池川、お前はお笑いのわかる奴だったんだな。ただ、かわいい女の子に囲まれてデレデレしてるだけのハーレムクソ野郎だとばかり思っていたが……」
「いや、今時、担任の先生が生徒に『ハーレムクソ野郎』とか言ったら、最悪新聞沙汰に……」
「え?」
「いや、聞き取りにくいのくだりはもういいんですよ。そんなことより、アカちゃん先生、今日はお休みですか?」
「ああ、教師だってゴールデンウィークぐらい休みに決まってるだろう。私は部活の顧問もやってないしな」
まあ、今日は私服なんだから、休みに決まっているか……
それにしても、低身長で胸もぺったんこのアカちゃん先生を見てもなんとも思わない辺り、俺はノーマルな人間であるらしい……
「悪かったな! 胸がぺったんこで!! 人のコンプレックスをモノローグでバラすんじゃねえよ!!」
いけない……またモノローグを口に出してしまっていたのか……
「そ、そんなことより、ここにいるってことはつまり、今日は映画を見に来たんですか?」
「いや、映画を見に来たんじゃなくて、ミズキと一緒に服を買いに来たんだが、ミズキの奴が迷子になってしまってな……」
「迷子?」
ミズキ先生とは、俺のクラスの副担任で、アカちゃん先生の実の妹らしい。
しかし、低身長のアカちゃん先生と違って、背が高く、モデルのようなスタイルなので、みんな二人が本当に実の姉妹なのか疑っていた。
「実の姉妹だよ! うちのお父さんお母さんはそんな不誠実な人じゃないぞ!!」
また、やってしまっていたのか……なんにせよ、見た目的にはミズキ先生より、アカちゃん先生の方が迷子に見える……
「ミズキ先生とはぐれたんなら、スマホで連絡取れば……」
「電池が切れて、連絡取れない」
アカちゃん先生は急に、すねた子供のような口調になった。
「でもここ3階建てですよ。大人が迷子になるほど広くないと思うんですけど……」
「ぐぬぬぬぬ……」
なぜかアカちゃん先生は怒りに震えていた。
なんで? 今の言葉のどこに怒る要素があるの?
それまでのモノローグの方がよっぽどキレ要素満載だったじゃないかよ……
「あ、お姉ちゃん、こんなところにいた!」
俺が間もなく訪れるであろうアカちゃん先生大噴火に怯えて、黙り込んでいたら、ミズキ先生がやって来た。
「言ったでしょ! 一人で勝手にあっち行ったりこっち行ったりしちゃダメだって! お姉ちゃんはすぐ迷子になるんだから……」
「す、すまん……」
ミズキ先生に説教されているアカちゃん先生は見た目もあいまって、完全に子供にしか見えなかった。
とても28ちゃいには見えない……
「うるせー! いちいち年齢言うなっ!! もうここまで来たらわざとモノローグ口に出して、煽ってんだろ、お前!!」
ちっ……バレたか……
「あ、あら、池川くんじゃない、こんにちは」
アカちゃん先生の絶叫により、俺の存在に気づいたミズキ先生が挨拶してきたので、俺も挨拶を返した。
「こんにちは、ミズキ先生」
「池川くんは映画見に来たの?」
「まあ、そのつもりだったんですけど、面白そうな映画やってなくて、どうしようかなって思ってたところで……」
「そうなんだ」
「おい、ミズキ。ようやく出会えたんだ! さっさと服を買いに行くぞ! 誰かさんのせいでだいぶ時間をロスしたからなぁ!!」
アカちゃん先生は映画館から立ち去るために歩き出した。
「あ、お姉ちゃん、また勝手に……時間をロスしたのはお姉ちゃんが迷子になったせいでしょう! もう、勝手なんだから……じゃあ、池川くん、また来週の月曜日に会いましょう」
「はい、さようなら、ミズキ先生」
俺は映画館から去っていく細川姉妹のことを手を振りながら見送った。
「ああ、そうだ、池川! 最後にこれだけは言っておくぞ!」
アカちゃん先生は突然立ち止まって振り返り、大きな声で叫んだ。
「な、なんですか? アカちゃん先生……」
アカちゃん先生は無言で立ち去っていった。
「いや、なんも言わんのかーい!!」
俺は新喜劇のツッコミ役ばりに、大きな声を出した。
「あの、他のお客様のご迷惑になりますので、お静かにお願いしますね」
「あ、すいません……」
その結果、映画館で働くお姉さんに注意されてしまった上、他のお客様たちの冷ややかな視線をひしひしと感じたので、もう映画館にはいられなくなって、エスカレーターに乗って、3階のアニ○イトに避難したのだった。
アニ○イトの本や漫画はすべて袋に入っていて立ち読みすることはできず、普通の本屋でも立ち読みできるのは雑誌や文庫本ぐらいなもので、仕方がないからゲームコーナーで、有名なアイドルアニメのキャラのフィギュアをゲットしようと挑戦してみるも、俺は下手くそなため、まったくゲットすることはできず、1000円ほどドブに捨ててしまった。
まあ、映画見るよりは安くすんだわけだけど……わけだけど……
「ああ、真姫ちゃん……いつだって俺のスウィートハートは君だけなのに……やっぱり真姫ちゃんはツンツンなんだね……おお……真姫ちゃーん……」
そんな気持ち悪いことをつぶやきながら、イ○ンの外に出て、そのあとは自転車で、暗くなるまで適当に知らない道を走り続けた。
そして今日も18時台に帰宅し、いつパーラーやウーター先輩が来てもいいように身構えていたが、今日は誰も来なかった。
さすがにライブの前日に押しかけてくるようなヤバい奴はいないか……
今日もチカさんが作ってくれたおいしい食事を食べたあと、風呂に入って、自分の部屋に戻って、ベッドの上で一日を振り返った。
でも今日はアカちゃん先生と新喜劇ごっこしただけの日だったんだよな、結局。
なんか、むなしい……
明日はライブがあるから、今日よりは楽しい日になるかな……なるといいな……
そんなことを思いながら、俺は気がついたら寝落ちしていた。
次回「クレイジーサイコレズ」 お楽しみに。
何度か1日2回更新を試みたけど、やっぱり自分には無理だとわかったので、これからは1日1回更新でいきます。朝、昼、夜のいつに更新するかは、その日の予定とか体調次第なので、固定できません、申し訳ない。
あと、PVを増やす目的でこれからもタイトルを細かくいじるかもしれませんが、最初の「ガールズバンドの」と最後の「エモすぎる」は変えないので、気にしないでください。なぜなら、この作品の公式略称は「ガルエモ」だから。
脚注(興味のない方は読み飛ばしていただいて結構です)
限りなきドラム→マックス・ローチは「ドラムでメロディーを叩くことができる」と評された偉大なジャズドラマー。83年というジャズのレジェンドミュージシャンにしては長い生涯の中で、とても把握し切れないほど数多くのアルバムに参加しているが、「限りなきドラム(原題「Drums Unlimited (ドラムス・アンリミテッド)」)」はローチのリーダーアルバムの代表作。全6曲中3曲がローチのドラムソロで、それを聞けば「ドラムでメロディーを叩く」の意味がわかる。たしかにローチのドラムは歌っている。
3+3→アイズレー・ブラザーズが1973年に出したアルバム。それまで3人でやっていたアイズレー・ブラザーズに新たに3人のメンバーが加入したから「3+3」 その新メンバーの一人、アーニー・アイズレーのギターソロが光るグループの代表曲「ザット・レディ」や、ジェイムス・テイラーのカバー「寂しい夜」 ドゥービー・ブラザーズのカバー「リッスン・トゥ・ザ・ミュージック」 シールズ&クロフツのカバー「想い出のサマー・ブリーズ」などが入っている名盤。このアルバムを境に、アイズレー・ブラザーズはただのボーカルグループから、ファンクバンドへと進化していくことになる。タイトルは「スリー・プラス・スリー」と読むのが正しいのだろうが、日本人はどうしても「さんたすさん」と読みがちである。




